ミントグリーンのクロスを広げ、ランチョンマットとカトラリーを並べる。
テーブルの中央にはバカラのワインクーラーと、夕方届いた赤いバラのアレンジメントを飾る。
彼には赤いバラが似合うと、ずっと思っている。
華やかで妖艶で、一輪だけでも目を惹き付ける存在感。
毎年こうして彼の誕生日には赤いバラを用意することが、いつのまにか定番になった。
鷹通の母が手伝ってくれたので、料理の仕込みは完璧。
彼が帰ったらすぐに温めるだけで完成する。
簡単だけど洒落たメニューを、かれこれ一ヶ月前から模索してきてようやくお披露目の日がやって来た。
あとは主賓が気に入ってくれると良いのだけれど。

時計が22時に近付いてきた頃、インターホンの音が部屋に響いた。
『申し訳ないが、中からドアを開けてくれるかい』
「ちょっと待ってくださいね」
言われた通りに内側のロックを外し、少しドアを押し開けた。
「え、これどうしたんですか?」
玄関先に立っていた友雅の足元に、大きな緑の木々の鉢植え。
赤いリボンに金糸の刺繍でHAPPY BIRTHDAYと書かれているのを見ると、お店で客からもらったプレゼントか。
「抱えて入るからドアを押さえていて欲しいのだけど」
「良いですよ、どうぞ。気をつけてくださいね、かなり重そうですし」
あかねの心配も何のその、友雅は鉢を両手で軽々を抱え上げて部屋に入った。

細かい緑の葉が生い茂った鉢植えは、取り敢えず風通し
良い窓際に一旦置くことにした。
夜風に揺れて、何とも涼しげな風情の木。
「以前、誕生日プレゼントに何が良いか聞かれてね。特に思いつかなくて観葉植物と答えたら、これが届いたのだよ」
「でも綺麗な観葉植物ですよ。えっと…シルクジャスミンって書いてある」
シルクジャスミンという名ならば、花が咲いたり香りがしたりするのだろうか。
しげしげと観察していると、
「あ、つぼみがある!やっぱり花が咲くみたいですよ!」
グリーンも花も楽しめるなんて、お得感のある観葉植物だ。
「ふふ、あかねが喜んでくれるなら、これをお願いして正解だったね」
「友雅さんのお誕生日のプレゼントですよー?私が喜んでも仕方ないじゃないですか」
「そうは言っても、部屋に飾る以上はここに住む者全員が喜ばないと」
何だか理由が微妙だけれど、広いリビングに大きな緑はインテリアとして映える。
心地良い雰囲気が一層深まった気がする。


友雅がシャワーを浴び終えてリビングに戻ると、ディナーの用意がすべて完了していた。
氷を入れたワインクーラーには、プロセッコのボトルを添えて。
「全然凝った料理じゃないですけど、見映えはそこそこに仕上げました」
「あかねの言葉はご謙遜でしかないからねえ」
ソファに腰を下ろすとグラスを手渡される。
ボトルを傾けて、ゆっくりとあかねから冷えたワインが注がれていく。
交代して今度は彼女のグラスにワインを注ぐ。
小さな気泡がフルーティーな香りを立ちのぼらせる。
「お誕生日おめでとうございます!」
グラスを触れ合わせて乾杯、と行くつもりが--------------その前に友雅の唇が。
「お祝いなら、まずはワインよりこっちの方が良いな」
「もー、はじめに言ってくださいよ」
二人はグラスをテーブルに置き、空いた両手を互いの背中に絡ませた。
改めて重なりあう唇。
ソファの上に寝転がりながら、何度も繰り返すキスこそがディナーの食前酒。
ほどよく気持ちが高揚してきて、夜風さえも涼しく思える。

「…さっきスマホで、シルクジャスミンのこと調べてみたんですよ」
あかねに言われて、テーブルの隅に置かれた彼女のスマホを手に取った。
それを受け取ったあかねは、検索したシルクジャスミンのページをもう一度見る。
「シルクジャスミンっていうけど、本当はジャスミンじゃないんですって」
「へえ、香りの良いからつけられた名前なのかな」
「かもしれませんね。でもね、実際の名前がね…もっと良いですよ」
スマホの画面を友雅に見せた。
「ゲッキツ?」
「ですって。漢字で書くと月橘。素敵じゃないですか?」
月の橘。
この名前を知っていて、選んでくれた植物なのだろうか。
「センス良いお客様ですねー。やっぱり『JADE』のお客様ってレベル高いですね!」
沖縄や東南アジアなどの暖かい地域に多く自生しているが、観葉植物としても割と簡単に育てられるとか。
月夜に甘い香りの花を咲かせることから、月橘という名前がついたという話も。
「ロマンティックですね」
「夜の香りだなんて、少しエロティックでもあるかな」
月明かりの中でひっそりと花が開き、甘い香りを漂わせる。
一体どんな香りがするのだろうか。つぼみが開くのが待ち遠しい。
「そのためには、夜中も寝ていられないね」
「咲きそうな夜が来たら、友雅さん付き合ってくれます?」
「構わないけれど、その香りを知ったら余計に眠れなくなるかもしれないね」
甘い花の香りに包み込まれて、普通に夜を過ごせるほどお互いに聖人君子ではないから。

だけど、そんな夜を過ごすのも楽しみ。
月明かりと花の香りと…恋の魔法に酔いしれて。
「いろいろな情報で気分盛り上がっちゃった。まだディナー始まってないじゃないですか〜」
「今日は残り少ないけれど、時間を気にすることはないさ。夜はまだまだこれから」
あかねを抱き起こし、改めてグラスを手に取る。
「改めて乾杯ですね」
グラス同士のキスの音。ひんやりしゅわっと白ワインが喉を通る。
「新しい一年、友雅さんに良いことがありますように」
「ではこれからも、愛させてもらうとするよ?」
今まで通り、いやいや今まで以上に。
現状で満足させておくつもりはないよ。更に上を行くつもりだから覚悟して。

だから今夜も、そして明日も、私を惹き付けておくれ。
花のような君の甘い香りで。





-----THE END









HAPPY BIRTHDAY TOMOMASA


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Moonlight Fragrance