あの日から、明日から   page02
「これまでの時計は私の看護師の歴史も詰まってるし、友雅さんがお祝いにくれたものだから粗末に出来ません」
だけど、職場では正確さが最優先される。ならば最新のものが良いに決まっている。
「こんなに立派な時計だもの。仕事に有効活用させてもらいます」
そのかわり、今まで使っていた時計は、これからも手元においておく。
刻まれた記憶と想いは永遠だから、例え壊れて動かなくなっても手放したりはしない。
「来週から大切に使い始めます。時計に恥じないように、今後も頑張ります」
「そうか。まあ頑張りも程々にね。無茶を超えてはプロ失格だよ」
「分かりました。初心に戻って-------」
「だめだめ。初心に戻ったら頑張りすぎてしまうから。少し気楽に構えられる余裕が大事だよ」
最初の頃の緊張感は大切だが、盲目になったら自分が倒れる。
常日頃からの緊張感を保ちつつも、どこかで気を解すタイミングを計れるようにしなければ、不測の事態にも冷静に対処ができなくなる。
「バランスが一番重要なことだ。あかねはもう新人ではないのだから、バタバタして周りを巻きこんではいけないよ」
「はい」
新しくプレゼントされた時計を抱きしめて、友雅の言葉をしっかりと心に刻む。
あの日彼がくれたナースウォッチにも、自分への期待が込められていたのだろう。
誰よりも近くで、誰よりも応援してくれる彼のためにも、更にレベルの高い看護師になろうと改めて誓った。


食事が済んで、おまちかねのデザートタイム。
綺麗なベリースイーツに終始ご満悦のあかねを、友雅はシャンパンのみで眺め楽しむ。
「そうだ!さっきの時計、どこかに見覚えがあると思ったんですけど、もしかして友雅さんのとお揃いですか?」
「今頃気付いたのかい?フレームだけは違うけど、同じものだよ」
友雅のフレームはシルバー、あかねがもらったものはピンクゴールド。
ストラップも彼と同じダークブラウンではなく、ややくすんだ落ち着きのあるピンク。
そして裏面には、彼女の名前がアルファベットで刻印してある。
「AKANE.Mって、橘のTじゃないんですね」
「仕事用だからね。旧姓の元宮の方が便利だろう」
そのかわりと言っては何だが、専用ケースのネームはTにしたと言われて、確認してみるとなるほど確かに縫い取りが『AKANE.T』。
どちらを見ても持ち主が分かるようにしたらしい。
「高品質のメーカーだから、半永久的に使えるよ」
彼の父も生前に同じメーカーの時計を使っていて、修理に出したことは一度もなかった。
まさに一生ものといえるナースウォッチ。真っ直ぐ前だけを見て看護師の道を歩く彼女にはぴったりだ。

「そっかー。橘先生とお揃いかー」
「私とお揃いではご不満かな?」
「とんでもない。恐れ多いくらいですー」
彼とは実力も立場もレベルが違いすぎる。
でもこの時計は、彼が自分に相応しいと思ったからこそ選ばれたもの。
これからは時計を見るたびに、背筋がピンと伸びて気が引き締まるに違いない。
「私、最初の時計を貰ったときもすごく嬉しかったんですよ」
念願の看護師の資格を得て、希望していた今の職場にも就職が決まったことを伝えたとき、次のデートの時にお祝いを渡すからと言われた。
そのときに渡されたのが、今まで愛用してきたナースウォッチ。
実用的なプレゼントの中身は、自分が歩み始めた道を応援してくれているように思えて。
「勿論そのつもりだったよ」
「分かってます。友雅さんだもの」
どんなことがあっても、彼は守ってくれるし背中を押してくれる。
だから安心してそばにいられる。歩き続けることができる。
「今後はお揃いの時計で、同じように時を刻んで行くのだね」
「あ、そういう意味もあったんですか?」
「そんな風に考えると、仕事用でも何となく愛おしく思えるだろう?」
ポケットの中に忍ばせた時計が、二人をいつも繋いでいる。
勤務先でもプライベートでも、一秒一秒時を紡ぎつつ。

「友雅さんが妙にロマンチックなこと言うから、そんな気分に浸りたくなっちゃったじゃないですか」
「ホワイトデーだし、浸っても構わないんじゃないかい?」
シャンパンのグラスを置いて、スイーツの手を止めて。
もっと甘くて美味なものを二人で味わうために、顔を近づける。
「…いちごとシャンパンの味がミックスした感じ」
ほんのりチョコのほろ苦さもあったけれど、唇の感触はそれらを甘く変えてしまう。
「デザートはこちらの方が美味しそうだね」
そう言って、友雅はあかねを抱き寄せる。
パティシエの作ったベリーたっぷりのスイーツも良いが、二人でしか味わえないこれの方が美味しい。







----------------THE END









お気に召して頂けましたら、ポチッとしていただければ嬉しいです♪







------NEXT-----BACK-----TOP-----HOME-----