「誰かと自分を比べたりしないこと。それは全然良いことないからね」
相手より優れていると感じれば他人を見下す行為になるし、自分を卑下すれば自信のない人間になる。
長所も短所も十人十色。どうしても変えられない問題は、殆どが別の方面で補える。
「今までどおりの千歳なら、いつかは王子様が手を差し伸べてくれるかもしれないよ」
その王子様は、彼女が求めている人なのか。それともまた違う出会いが待っているのか。
---------未来のことは誰にも分からない。
でも、必ずどこかで幸せに巡り会えるはず。

「ところで、今年のブラウニーは随分と凝っていたね」
ここで話題をガラリと変えて、友雅たちは自分が受け取ったブラウニーを取り出した。
文紀のブラウニーは、キャラメルナッツとドライラズベリーを飾ってホワイトチョコでデコレート。
友雅のブラウニーは、ドライフルーツのオレンジにビターチョコでデコレート。少ししっとりしているのはラム酒を振りかけているから。
「なんとか映えと言うんだったかな。そういう感じだね」
「絵を描いてるみたいで楽しかったわ。味も少しずつ変えられるでしょ」
一人一人の相手のために、デザインしたり味を考えたりと手間のかかる作業。
そんなことさえも楽しんでしまうのだから、本当にみんな素敵なレディたちだよ、と味わいながら友雅は思う。
「これ本当に美味しいよ。キャラメルとラズベリーの酸味がすごく美味しい」
「色も綺麗でしょう?赤い実がルビーみたいで」
家族の団らんが盛り上がっている最中に電話が鳴り、友雅が立ち上がって受話器を取った。
「千歳、電話だよ」
「私に?こんなに遅くに誰かしら」
「良いから早くおいで。王子様からの連絡だよ」
次の瞬間、椅子から飛び降りた千歳が友雅の元に駆け寄って来た。
彼女に受話器を渡すと、彼は静かにその場から離れる。
千歳の声と表情が明るく変わるのを、遠巻きに眺めながら皆は見守った。



うっすら薔薇色をしたシャンパンから、きらめく泡が浮き上がる。
子どもたちが寝静まったあと、大人だけのバレンタインがスタートする。
「千歳に元気が戻って良かったよ」
グラスの縁を叩き合わせてから、一口飲んでまたグラスを置く。
「で、女性同士でどんな話をしたんだい?」
「それはですねー…女の子同士の秘密です」
「ずるいな。私も協力者の一人として、聞かせてもらう権利はあると思うよ」
友雅はあかねを抱き寄せ、そのままベッドにごろりと寝転がせる。
少しの間ふざけてじゃれ合ったあと、笑いながらあかねがこちらを見た。
「ほんのちょっとだけ、私の体験談を話しました」
恋をした経験者からの言葉。年の差関係を経験した自分のことを。
それらが成就するまでのいきさつを…少しだけ伝授したつもり。
「成功するとは限らないけど、成功者のアドバイスなら納得してくれるかと思って」
上手く行く保証はないが、可能性はゼロじゃない。
ほら、目の前に居る両親を見てごらんなさい。
あなたたちが今ここにいるのは、私たちが結ばれたからだと。
問題の多い道でもある。理解されない部分もたくさんあるだろう。
だけど赤い糸さえあれば-----絶対に幸せを掴むことができるのだ。
「あの子の赤い糸、誰に繋がっているんでしょうねえ」
知りたいような知りたくないような。でもきっと、素敵な誰かと繋がっているはず。
願わくば、彼女が憧れるその人であれば最高だけれど。

「詩紋が話していた女性二人は、専門学校の同級生だそうだよ」
「えっ?何で知ってるんですか」
「あかねたちが湯船で暖まっている間に、ちょっとね」
なるほど。妙にタイミング良く詩紋が電話を掛けて来たと思ったら、裏でこっそり手を回していたか。
菓子専門学校の同級生で、彼女たちも洋菓子店に勤めているパティシエール。
同窓会をやろうかと思っているので、食事ついでに詩紋の声を聞きに来たらしい。
「詩紋くんて…お相手いないのかな。聞いたことないけど」
「彼もまた頼久並に真面目だからね。仕事が楽しくて全然頭が回らないようだ」
学生の頃から目指していた憧れの職業。叶えた夢の世界にどっぷり浸かって、プライベートまで呑み込まれているみたい。
「バレンタインにチョコを貰った経験は殆どないって聞いたよ」
「うそ、詩紋くんモテそうなのに!?」
「スイーツに関しては彼の方が本職だし、同業の男性は結構多いそうだよ」
味覚のセンスも技術もプロの相手には、手作りはもちろん市販のチョコのチョイスにも気負いしてプレゼント出来ないらしい。
「そっか。じゃあ…詩紋くんがもらったチョコは千歳のだけかぁ」
あの子の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
優しい詩紋のことだから、一生懸命作ったブラウニーを快く受け取ってくれるのは間違いないけれど、何だかこちらまで笑顔になってしまう。

「これからも毎年、バレンタインにはあの子と一緒にブラウニーを焼こう」
「一緒に、ということは私も来年またもらえると確信して良いのだね?」
「もちろんですよ、ずっと焼きますよ。友雅さんが飽きるまで」
「私が飽きるわけがないだろう」
今も昔も、君の焼いたブラウニーの味は変わらない。
それは、込められた君の想いと味わう私の想いが同じである証だろう。
何年経ってもこの味が変わらない限り、飽きることなどありえない。
恋する心と同様に。

生まれた年月、生活環境、それらは恋の前では些細なこと。
認めあって補いあって、恋はいずれ愛へと変わる。
「シャンパンもう少し飲みますか?」
「そうだね。あかねも、もう少し酔ってくれた方がいいかな」
「どういう理由ですかそれは」
分かっているくせに、と艶っぽく笑って唇を重ねて、グラスにシャンパンを注ぎ入れる。


改めて、乾杯。
恋するすべての人に、私たちみたいな幸せが訪れますように。





----------------THE END









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Bitter Sweet Valentine page03