大切をきずくもの

 004
「神子殿、お話をよろしいでしょうか…」
「あ、良いですよ。何か、ありましたか?」
何とか笑顔を作って、平然と向かい合おうと気を引き締める。
動揺を見せてはダメ。そんな顔をしたら、彼が気にかけてしまうから、笑ってなけりゃダメだ。
あかねは、そう自分に言い聞かせて、いつものように笑いながら頼久を受け止めた。

だが、彼にはあかねの様子が、普段と違うことは一目瞭然だった。
それだけ、ずっと彼女を見つめて来たから、わずかな異変でも気付いてしまう。


少し寒い秋の風が、散り行く枯葉を舞い踊らせる。
カサカサと、乾いた音が二人の間を回っては吹き抜けて来る。
数分の沈黙を置いて、頼久の口が開いた。
「……先程の…私の見合いの話なのですが……」
どきん、とあかねの心音が大きく響く。
「あ、ああ…あの話?頼久さんに言ったことは、嘘でもお世辞でもないですよ?強くて頼りになって優しくて…素敵ですもん、頼久さん。」

おかしなもので、普通だったら綿と向かっては照れくさくて言えない本音が、今はすらすらと出てくる。
頼久に対して思っていることは、何一つ嘘ではない。
いつだって、彼が後ろで支えてくれたから、その存在があったから歩いていられた。護ってくれる彼の手が、そこにあるという安心感が、地に足を着いていられたのだとあかねは思っていた。
だが、それは永遠に続くものという確信は、何も無かった。
ましてや、神子と八葉の関係が消えた、今になっては。

「だ、だから、もったいないですよ、独身でいるなんて。きっと頼久さんなら素敵な人が見つかるはずで……」
きっと、彼と一緒に生きて行けたら、幸せになれると思う。
どんな時でも、裏切らない強い意志を持った、優しい人だから。
………そんな人と共に生きられる女性が、少しだけ羨ましいと感じる。


重い気持ちを抱いたまま、たどたどしい笑いを作る彼女を見ながら、頼久は呼吸を整えた。
「神子殿、私は…命が尽き果てるまで、お側にいたいと願う方がおります。ですから、その方以外の女性と、身を固めるつもりはございません。」
はじめて、彼はあかねを真っすぐに見た。
そうしなければ、想いが通じないのではないか、と直感で思ったからだ。
言葉で伝えなければ、分からないものがあると、さっき天真は言ったけれど……。
でも、言葉だけでは賄えない、そんな感情もきっとあるはずだ。
大切な想いこそ…きっとそんなものなのではないか。

あかねの瞳は、いつも滾々と湧き出る泉のように潤っている。潤うそのゆらめきを見つめて、胸の奥が穏やかに波打つのを感じる。
彼女だからこそ、澱みの無い彼女こそが、すべてを誓える人だと……本心がそう告げている。

「神子殿、あなたのそばで、生涯あなたをお護りする役目を、私に与えて頂けませんか?」

他の誰でもなく、誰よりも彼女のそばで、自分がこの手で、この腕で、この命で護りたいと思うのは…そんな大切なものは、ただひとつだけ。
忠誠という言葉では、表せない想いがあるからこそ、彼女のそばで、彼女に手が届く場所で生きていたい。
今は、素直にそんな答えが浮かんでくる。


しばらくして、あかねが驚いたような顔をしてこちらを見ていることに、はっとして気付いた頼久は手に滲んだ汗を振り払った。
「あ、あの…いや、そういうつもりで申し上げたわけではなくて……その…私があなたをお護りするためにも、その……あなたのそばで……」
天真が調子に乗って、あんなことを言ったものだから、つい口を滑らせてしまった。
結ばれるとか、そんな答えで片づけられる感情ではないのだ。
ただ、望むのは……
「あなたのそばでしか、私は生きたくはないのです……」
彼女のそばにいられれば、それでいい。それだけでいい。それ以外は何も望まない。
男と女の絆より、もっと深くて確かな絆が欲しい。



「そばに…いてもいいんですか?」
あかねの、小さな声が近くで聞こえた。
「勿論です。私は…神子殿のそばで生きられることが、何よりの喜びで……」
「違うの!。そういう…そういう意味じゃないんです。『そばにいてもいい?』って言ったのは……」
彼女が頼久の言葉を遮ると、少しこちらから目を逸らして息を飲んだ。
口元が少し震えつつ、顔をうつむかせたまま、さっきよりもかすかな声が囁きのように告げる。
「わ、私が……頼久さんのそばにいても……良いんですか?って……そういう意味で言ったんです…」

彼が、自分のそばで生きていたいと、そう言ってくれた。
だから、敢えて彼に答えて欲しかった。
『本当に、私のそばで生きても良いの?』と。そして、『あなたの生きる日々の中に、私がいても良いの?』と。
頼久の人生に、自分が存在していても良いのかと……。


「それ以外は、望みません」
短くて、これ以上的確な意味を持たない言葉が、すっと自然に口から出た。
力を入れずに、口が自動的に動いたこと自体がきっと、自分自身が抱き続けていた本心であり、答えなのだろう。
絆を築きたい人は、彼女しかいない。今は、そう確信できる。

「神子殿…」
すっと伸びた小さな手が、頼久の手の上に重なった。彼の手を覆うには、あまりに小さすぎるその手が体温を伝える。
そして、そこから暖かさが染みこんでくる。
少しだけ潤んだ瞳をして、あかねがゆっくりと顔を上げた。
その笑顔を見たとき、頼久はもう片方の手をあかねの手の上に、そっと重ねた。

彼の手が、彼女の手を暖める。そしてその彼女の手が、彼の手を暖める。
繰り返し繰り返し、そうしながら相手の存在を確かめながら、流れゆく時間の中に二人は立ちつくす。
枯れ葉が舞い、風は冬の気配を感じさせながら吹いていくけれど、永遠に続くであろうぬくもりは、それぞれの胸の中に春の気配を残す。


-------その景色の中に、大切な人の笑顔が刻まれていく。不変の、想いとともに。


+++++


「じゃ、天真先輩が嗾けたんだ…」
「そ。じれったいからさ、あいつら。どーせなら結婚しちまえ、って。」
「そんなこと言ったの!?」
「まあ、それは勢いってモンだけどさ。でも、それくらい直球で言わねえと、またぐずりそうだしさー」
少々乱暴かと思ったけれど、時にはそんな後押しも必要なのかもしれない。
言い出せないままじゃ、伝わらないこともたくさんあるから。


「あ、この林檎、美味いな。すげー甘い。」
詩紋の籠に入っていた林檎を、一個取り出してかじった天真が、蜜のつまった中身を見せて言った。
「ホント?それじゃ、これ使ってケーキとか焼いてみようかなー。」
「また菓子かよ?」
甘いものはそれほど得意ではない天真が、苦笑いしながらそう言うと、林檎の香りを楽しみながら詩紋が答えた。
「だって、来る前にあかねちゃんと話してたんだよ。頼久さんの誕生日が近いから、その時には何かケーキみたいなの作ってあげたいなーって。」

「バースデーケーキか。ウェディングケーキ…には、まだ時間かかりそうだけどな。まあ、今のあいつらには、それくらいで丁度良いか。」
天真が言った言葉に、詩紋は笑った。
そうして、自分もひとつ林檎をかじってみた。



キャンドルに火を灯して、願い事をしながら吹き消せば……もしかしたら、バースデーケーキが、ウェディングケーキに変わるかも?
夢みたいなことかもしれないけれど、思っているよりもそれは現実的なことかもしれない。
遠すぎない未来に、そんなことが起こりそうな……何となく、そんな予感がする。




-----THE END-----



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