大切をきずくもの

 003
「はっきり言ってさ、おまえはどういうつもりで、あかねを護りたいと思ってんの?」

頼久は、自分が言うべき答えを探した。
だがそれは、おぼろげには気付いていながらも、どこかで抑制しなくてはいけないような、無意識の箍が掛けられていて取り出せない。
「それは主従関係?だったらさ、もう神子と八葉なんてもんは存在しないんだしさ、おまえがあいつを護る理由なんかないんじゃねえ?」

天真の言うことはもっともで、頼久には反論する隙もなかった。
あかねが龍神の加護から解き放たれた時から、彼女は普通の少女に戻り、そして頼久自身もまた八葉ではなくなった。
八葉とは、神子を護るために存在するもの。その神子がいなくなれば、意味のないものである。
もう、あかねと頼久をつなぎ止める理由は、何も無い。
「おまえじゃなくても良いんじゃん。俺だって、それくらいのことは出来る。詩紋だって、ちょっと頼りないけれども、出来ないことじゃない。別に、おまえじゃなくても良いんだよ。」
分かっているのに、その言葉が苛立つ。
彼女を護るために自分が必要不可欠ではないと、事実を叩き付けられて心が乱れる。
その意味が、分かりかけているのに、重い何かが感情を説き伏せようとしている。

「じゃあさ、逆はどうなんだ?あかねが…他の男の元に嫁ぐことになったら、どうする?」
「神子殿が……」
考えた事もない例えを言われた頼久は、その状況を組立てるまでに時間が掛かった。
しかしそれは、決してあり得ないことではないことだと分かると、微妙な感情が揺れ動き始めた。
「そうなったら、おまえがあいつを護る理由はないよな?」
あかねが誰かと結ばれたら、その男が彼女を護るだろう。
そうしたら、自分は何を支えに生きて行けば良い?
あかねを護るために、と歩いて来た道に、先がないと気付いたときに、どこに方向転換をして行けばいい?


「……私は…」

そんなことじゃない。
護りたい意味は、ただ彼女の盾になるというだけじゃないのだ。
分かっている。とっくに分かっていて、わざと自分をごまかしていただけだ。
「生涯、神子殿をお護りしたいと思っている」
辿り着きたいのは、彼女のいる場所。彼女が見える、その場所にずっと居たい。
「命が果てる時まで、あの方を護りたい。」
その役目を、自分が担いながら生きていたいのだ。

「で、その理由は?」
「息絶えるときまで、神子殿の側にいたいと…そう思う。」
「それは、忠誠ってヤツか?それとも特別な感情で、か?」
誓った想いは、彼女の為に命を捧げること。それは変わりはしないけど。
「忠誠は永久に消えるものではない。だが………」
今、その必要性がなくなった今でも、その感情に捕われていることは-----------
「それらを含めて、私なりの特別な想いがある。だからこそ私は…………」
「他の女と結ばれることなんて、考えられない、ってことか?」

誰かと結ばれて家庭を築くなんてことが、自分に出来るかどうか実感できないし、想像もできない。
それならば、ずっとこの刀に命を注いで生きる方が、性に合っている。
この刀に込めた想いと共に、大切な人を護るために生きることこそ、今の自分には大切だと思えるからだ。
その相手は……彼女しか思い描けない。
「それだけ、あかねが大切だってことか?おまえにとっては」
命に代えても、命を捨ててでも、護りたいと思った……はじめての女性。
それほどに大切に、他人を思ったのは、彼女がはじめてだった。
そして、そんな人には…もう二度と逢えないような気がする。


「だったら、さっさとあいつと一緒になっちまえば?」
「なっ……何をそんな馬鹿なことを…」
悪い冗談だ、と頼久は取り乱しつつ天真を睨んだが、彼の方は平然としていて、悪びれる様子は全く無い。
「それが一番手っ取り早いだろうが。おまえがあかねと結婚すれば、おまえはあいつの一番近くでずっと護ることが出来るし、おまえの親父さんだって身を固めれば嬉しいだろ。一石二鳥じゃん。」
「私はそんな……」
そういうつもりではなくて、ただ彼女のそばにいたい、それだけの理由で………。
「今更、ぐだぐだ言ってごまかすなよ。それじゃあせっかくのあかねの気持ちも、無駄になっちまう。」
顔を上げると、天真が笑ってこちらを見ている。
「おまえのために、ここに残ったんだぜ?その意味くらい、少し推測しろよ。」

『頼久さんが護ってくれたから、最後まで頑張れたんです。だから、今度は私が頼久さんに、お返ししなくちゃいけないですよね。』

すべてが終わったあとに、あかねはそう言って手を握ってくれた。
そうして、京で生きていくことを選んで、今もこうして変わらない毎日を過ごしている。
それが、どんなに穏やかで優しい時間であるか-------彼女が残ってくれなかったら、それさえも気付かなかったはずだ。
彼女と共に、同じ時間を生きることの意味。頼久の中にある、一番大切な答えはそこにある。


「ま、『結婚しろ』とか言ったけどもさ、それは極端なことだから流してくれて良いけど。でも、気持ちくらいはちゃんと伝わるように言っとけ。あいつ、ああ見えてどっか鈍いからさ。」
明るく笑いながら、天真は頼久の肩を叩いた。

こういう的確な判断力は、彼には敵わないと思う。
いつも肝心なところで躊躇してしまうのは、自分の悪い癖なのだと改めて思う。
彼に背中を押してもらえなかったら、立ち往生して動けなかったかもしれない。
時には、乱暴なくらいの力が功を奏することもあるのだと、そう感じる。
「……すまない、天真。やはり私は未熟者だな…」
「あーもう、そんなことでグダグダ言うな!さっさとあいつんとこ、行ってこい!」
天真は思い切り、頼久の背中を突き飛ばした。その足が、あかねの方へ向くように。
やっと心に決意が浮かんだのなら、早い方が良い。

「世話が焼けるヤツら……」
腕を組みながら、天真は頼久の後ろ姿を眺めながら、そうつぶやいて笑った。

+++++

あかねが言ったとおり、連れられて来たその場所の林檎の木は、小振りな実が枝垂れるように実っていた。
「ほらね、すごいでしょ?小さいけど、すごく良い香りのする林檎なんだよ。」
手に届く枝から一個もぎ取ると、それを詩紋に手渡してくれた。甘酸っぱい爽やかな香りが、ふわりと沸き上がる。
だが、その香りが清々しいだけに、作り笑いで無理に元気さを装おうあかねが、詩紋
には痛々しく見えた。

「ねえ、あかねちゃん…」
あんなことを言ったけれど、本当は頼久の結婚話に動揺しているに違いない。
確信なんてないのだが、彼があかねのそばにいることは当然だと、詩紋たちもそう思っていただけに、その話題には驚きを隠せなかった。
表立ったことは何も無いが、お互いに特別な感情を抱いているのだと思っていたが。
いや、頼久はそれだから、見合いの話を断っているのだろうか?
なかなか本当の所が見えない。


「あ、頼久さん…」
問題の張本人が、木の枝をかき分けて姿を現した。
「詩紋、申し訳ないが、神子殿と話をさせてもらえないだろうか。」
あかねと話を?
何となく、さっきとは様子が違って見える気がするけれど……。もしかして、天真が何か後押しでもしたか?
いつもよりも瞳が輝いていて、強い光が秘められているが、あかねを見る時は穏やかになる、その瞳。
「は、はい!分かりました!じゃあ、僕は天真先輩のところに行ってるんで!」s
慌てて、詩紋はその場から逃げるように立ち去った。

何か、二人の空気が変わる何かがありそうな気がする。



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Megumi,Ka

suga