夏の瞬き

 002
「頼久さん、今日はちょっとお出かけしたいんですけれど。お時間ありますか?」
突然あかねが振り返って、頼久に尋ねた。
「はい。神子殿の仰せでしたら喜んでお供致します。どちらへ?」
「墨染。桜の時期はとっくに終わってるけど……行ってみたくなったんです。」

…そこは頼久が好きな場所の一つで、一人になりたいときにふと出掛けることがある。そんなことを以前、彼女に話したこともあっただろう。
だが、今の時期に何故そんなことを彼女は思いついたんだろうか。

「他はどなたがご一緒で…?」
「ううん。私と頼久さんだけです。」
「二人で……ですか?」
「うん。いけませんか?」
「いえ、そのようなことはありませんが……」

頼久は少し戸惑った。いつもは誰かしら、自分の他にも八葉である者がいるのが殆どだったはずなのだが、今日は二人だけで。
無意識のうちに心が逸る。


そんな彼の感情の揺れ動きに気付いているのかいないのか、あかねは頼久に背を向けると、やっと見えてきた太陽に向かって顔を上げた。
まだ朝だというのに、天から注がれる光には夏の暑さを感じられる。

「墨染…って、頼久さんが好きな場所でしょう?。他の人なんか連れて行きたくありません」
背中を向けたままであかねがそう言うと、頼久の心にほのかな熱が浮かんだ。



「神子殿…………!?」
頼久が追いかけようとすると、先にあかねが駈け出した。追いかけっこをするようにして、前を走るあかねを捕まえようと、その後ろ姿を追いかける。

この手でつかまえたくて。
あなたを離したくなくて…その姿を懸命に追いかけて。


やっと引き止めたあと、その瞳を改めて見つめ返す。
「神子殿…さっきのお言葉は…………」
あかねは頼久の視線から顔を反らして、その頬を桜色に染めたまま口をつぐんだ。
触れた手のひらが暖かい。この胸に秘めた熱のように。

その体温は彼女の心を表しているようにさえ思えて。
その手の力強さは…彼の心の強さを表しているように思えて。
胸がときめく。

「えっ…と…そろそろ朝餉の時間ですよねっ!?早く食べて…出掛けましょ!」

一瞬緩んだ頼久の手からすり抜けたあかねは、風をなびかせて母屋に向かって駆けて行こうとしたとたん。
「神子殿!お待ち下さい……!!」
刀の輝きに似た鋭さのある声が、あかねの足を止めた。
ゆっくりとこちらに歩いてくる足音が、背中の向こうから聞こえてくる。
少しずつ、少しずつ頼久の気配が近づいて……あかねの肩に手が触れた。

「神子殿……今のお言葉の意味を、私は…自惚れて受け取ってしまっても…よろしいのでしょうか…?」
言えずに抱えている想いが無駄なことではないと、そう思ってしまってもいいのか。
……あなたを愛していると、言える権利が私にはあるのか。
何度も繰り返した。唱えるように、その姿を見るたびに。
「…そんなこと…聞かないでくださいっ!」
「ですが………このままでは、私は自分の想いを切り捨てていいのか…分かりません。」

自分は未熟な人間だから。自分の心を抑えることさえ出来ないから。
何かきっかけを見つけなかったら……先に進む勇気が出てこない。
「御願いです。おっしゃって下さい…。私は………」

"あなたに愛を告げてもいいだろうか?"

頼久が一呼吸おいて、やっとその言葉を口にしようとした直前で、あかねの声が先に沈黙をうち破った。
「好きな人が好きな場所に、好きな人以外とは一緒に行きたくなんかないですっ!!」

愛しても良い?あなたを?私が……愛することを、あなたは受け止めてくれるということか。
この想いは…決して無駄ではなかった?
このまま、あなたへこの想いを捧げても…良いと?
一瞬のうちに晴れていく白い靄。そしてその向こうに…夏の青空。

「神子殿……あなたに、どうしても聞いて頂きたいことがあるのです。」

あんなにかたくなだった心の塊が、何故だかとたんに柔らかくほぐれてきていた。
今なら…伝えたい言葉を、言えそうな気がする。

ならば、言えずにいた言葉を言おう。
胸に閉じこめておくには大きすぎて、このままでは弾けてしまいそうだから。
ずっと、言いたかった言葉を言おう。
あなただけに、あなたの心だけに向けて。

………………………………あなたが、好きです。


彼女に告げることができたら……あなたは私の手を握り返してくれるだろうか?
さっき彼女が言った言葉に、酔いしれても構わないだろうか。


「私は、ずっとあなたのことを--------------------------」



二人を包む夏の日差しが眩しい。




-----THE END-----



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