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天然恋愛のススメ
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| 004 |
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「そんなことをおっしゃられても、これだけは頼久は譲れません!」
あかねはびっくりした。そんな風に頼久が、強い口調で自分に反論することなど、一度だって今までなかったことだったからだ。
が、だからと言って引き下がるあかねでもない。
「頼久さんが何を言ったって、しばらくは返さないよ!。だいたいこれだって、頼久さんのためなんだからね!!」
頼久がもっとリラックス出来る時間が生まれるように。身体に張りつめた緊張を、少しでも緩める時間が生まれるように。もっと、彼が自由になれるために。そんな意味があるのに。
しかし、今度ばかりは頼久も強気だった。
「私のためであるのなら、その刀を返していただきたく思います」
そう言って、頼久は立ち上がった。そして、さっきあかねが刀をしまい込んだ屏風の後ろに廻った。
艶やかな黒塗りの鞘。それを片手で握りしめて、するりと慣れた手つきで抜き出す。
虹色の光が、刃の輪郭から放射される。しっくりと、自分の手に馴染んだ感覚。その柄の手触りを確認してから、頼久は再び刀を鞘に戻した。
そして、その刀をあかねの前に差し出した。
「あなたを守る為に、私にとってこの刀は必要なのです」
その声ははっきりとした迷いのない強い口調で、あかねの心の深い淵を光の矢のように撃ち抜いた。
面と向かってこんな事を彼に言われたのは、もしかして初めてなんじゃないだろうか。
「あなたを失いたくないのです。そのためなら、私は刀と共に生きる覚悟が出来ています」
「だから、そんなのは嫌だって言ってるじゃない!。私だって、頼久さんを失うのなんて嫌だもの!!」
…勢いあまって、つい言ってしまった。
口にした言葉に、我に返るまで5秒程度。そのあとに、少しずつ体温が上昇してくるのを感じた。
一応……なんというか、あかねにとっては告白のつもりの発言だった。だからこんなに顔がほてりはじめているのだけれど、その言葉の意味を果たして頼久が、ちゃんと理解してくれれば…いいのだが、どうだろう?
顔を上げて良いのやら、何だかさっきまで強気になって言っていたのに、突然身動きがぎこちなくなった。
頼久の手には、しっかりと刀が握られたままで。
その手は見ることが出来るけれど、顔を見ることが…気恥ずかしい。
そんなあかねの肩に、頼久の手が触れた。
「あなたを守るのは、私でありたいのです。ですから、この刀を手放せないことを…許して頂きたい。」
暖かくて、大きくて、その手はしっかりとあかねの肩に鼓動を伝える。
ゆっくりと顔を上げて、頼久を見上げる。
強い口調とは裏腹で、あかねを見下ろす頼久の目は穏やかで。
あかねは、気付いた。
この瞳に………惹かれた自分を。
「で、でも、お屋敷にいるときくらいは、刀はやっぱり外した方がいいと思うけど。家にいるときくらいは、そうしないと身体が持たないと思うけどな……」
「構いません、それで神子殿を失わずに済むのでしたら…。」
頼久は、笑顔で答える。その笑顔が、あかねにとって、どんなに眩しいものなのかは気付いていないだろう。
「まあ…頼久さんは八葉だからね…。神子を守るのがお仕事だもんね…取り敢えず」
その笑顔を受け止めながら、あかねは言い返した。口にしてからむなしさを覚えた。
本当はそんなことで、自分を見て欲しいなんて思っていないのに。
もっと違った意味で、もっと大切な意味で……大切に思ってくれたらいいのに。あかねは考える。
しかし、それまでそっと触れていた頼久の手が、もう一つの手をあかねの肩に置かれた。そして、その両手は強く、しっかりと、彼女の肩を掴む。
「誤解なさらないで下さい!!私は……あなたを失いたくないのです!!」
同じ事を言っているのに、その言葉の意味がさっきよりも強く感じられたのは何故なんだろう。
輝く頼久の瞳の色に、あかねは縛り付けられたように動けなくなった。
「私が失いたくないのは……神子殿ではなくて…………あなたなのです!!」
全身の神経が、ぴたり、と止まった気がする。
目の前にいる頼久は、今、自分が言ってしまった言葉を抑えるかのようにして、あかねの肩から離した手で慌てて自分の口を塞いだ。
そして、照れたように頬が赤くなる。呆然として、呆気にとられているあかねの視線から、頼久はわざと顔を反らした。
「……これは…私の戯言でござます。どうか、聞き流して頂きたい。私が失いたくないのは、神子としてのあなたではない…。あなた自身を、この場から引き離したくはないのです…」
あかねは、何も言葉が出ない。放心状態に近いのだが、しっかりと頼久の声は聞き取れる。でも、その言葉に返事が出来ない。
頼久は、目を合わせないようにしながら、話を続ける。
「願わくば…このまま、この頼久の目の届くところに、ずっといて下さったら…と、他愛もないことを時折考えます。神子殿が……あなたが、いつも私のことを気遣って下さることを…本当に心から嬉しいと思いました。ですが…その優しさに触れるたびに私は……声にならない戯言をつぶやいてしまうのです……」
カタカタ、と蔀を揺らす風の音が聞こえる。雀のさえずりも、屋根の上から聞こえる。
几帳が揺れる。香の香りが漂う。
その中で、頼久の声がする。
「あなたの瞳の光が……私だけのものになれれば……と。子供じみた夢語りのようなことを考えてしまう…。私は、そんなことを考えてしまう、未熟な人間です」
風に、かすかに揺れる頼久の髪。照れたように、苦笑する顔。その仕草の一つ一つを見逃さないように、じっとあかねの瞳は彼を見つめた。
「せめて、この未熟な考えを断ち切ろうと、私は八葉としての役目を十二分に果たしたいと思います。あなたを失いたくないと、その想いを忠誠の意味に変えて、あなたを守りたいと…今は思います」
気持ちの整理なんて、きっと出来るはずがない。ならば、それらをごまかすきっかけが欲しかった。
すり替えられる、同意語の言葉を探した。それが、頼久にとって『八葉』の役目だった。
叶わない子供の夢語りに引きずられるくらいなら…………と、その時。
「子供の夢語りなんかじゃないよ………」
あかねの口が開いた。頼久は顔を上げる。二人の視線が、真っ直ぐにつながる。
「どうして戯言なんかで済ませちゃうのよ!!あたし、そんな風に思ってなんかいないのに!!」
いきなり、あかねの手が頼久の腕に伸びて引き寄せる。そして身を乗り出した彼女の顔が、目の前に近づく。
「……あたしだって、頼久さんを気遣うことの意味の中に、八葉の意味なんて持ってないよ」
きらりと光る瞳の奥。それはいつもにも増して光り輝いて。あとになって気づいたのは、彼女の瞳が潤んでいた事。
「頼久さんだから気にかけてるんだよ…他の意味なんか…ないよ」
小さな手のひらの暖かさ。ぬくもりとかすかな香が薫って、目の前で彼女が言葉を続ける。
「あたしだって、ずっと同じこと考えてたんだから…!ずっと、ずっと…頼久さんのこと、独り占めしたいって、ずっと思ってたんだからっ!!!」
そう言い終えたあと、堰を切ったように潤んだあかねの瞳から、大粒のしずくがぽろぽろと流れ出した。そして、声を上げて、頼久の胸に飛び込んで泣きわめいた。
肩が震えて、声を惜しげもなく吐き出して、そしてこれまでの積み重ねた想いを打ち明けて。
もう、残っているものなんて、何もなかった。からっぽの身体を預けて、ただ大声で泣いた。
両手で左右からそっとあかねの身体を抱きかかえて、その存在を腕の中に閉じこめる。
幾度となく、願ったぬくもり。愛しさの中にある、忠誠心にまぎれた本当の想い。
人として愛することを、自然に人を愛することを、教えてくれたのは…あなただった。
我慢なんてしなくていいから。自分に嘘なんてつかなくていいから。
どっちみち、そんなことしたって忘れられっこないし。
だって本気だったんだもの。こんなに真剣に、好きになった人なんてあなたしかいなかったもの。
飾りもなにもない恋心だけど、それだけ透明度は飛び抜けてる。
汚れの一つもない、澄み切った綺麗な恋心。
それは、あなたの瞳を見れば分かる。
そんなあなたの瞳に恋したのだから。
-----THE END-----
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