秋風の曲

 004
再び部屋の中は二人だけになったのだが、何となくさっきよりも空気が重い。
泰明の様子を伺いながら入った時とは、ちょっと違う重さ。
少しだけ、胸の奥で鼓動が鳴っている。部屋の中が静かなだけに、やたらにその音が気にかかる。

二人の間には、あかねが作って来た菓子がある。つまみかけたそれは、少しほろほろとこぼれて屑を残している。
舌先で溶けた甘さは、ほのかに口の中をまろやかにさせた。
自然に近い、やわらかで穏やかな甘さだ。
これを、自分の為にあかねが作って来たのか。自分の誕生を祝う意味で。
自分を思い、彼女が作り上げたものなのか。

「あ…っ」
泰明が手を伸ばし、もう一度それをつまんで口に入れた。一体、彼の中でどんな心境の変化があったというのか。
つまんだものは小さなかけらなのに、時間をかけて泰明は味わっている。
何も感想は言わない。ただじっと、その味を確かめているようだ。
……黙られると、逆に緊張しちゃうんだけど。
あかねはそう思いつつも、泰明の様子を観察していた。
一度食べたのだから、不味いというわけでもないのだろうけれど…。晴明は、美味いと言ってくれたけれど、問題は泰明の口に合うか、だ。

「…また、作ってこい」
「え?何て…今、言いました?」
聞こえなかったわけではないのだが、いつもの彼なら言いそうにないような事だったので、空耳だったのかと念のため聞き返してみた。
「私のために作ったと言っただろうが。なら、また作って持ってこい。」
聞きようによっては横暴な口振りにも思えるけれど…これはつまり、あかねが作って来たこの菓子を、彼が気に入ったと思って良いのだろうか。
それなら問題はないのだが…。
「はあ。それじゃお言葉に甘えて…」

まあ、気に入らなければ何度も作れ、とは言わないだろう。
本人から許可が出たのなら、この調子で当日にはもっとしっかりしたものを作ってみよう。
詩紋にアドバイスをもらって、木の実やら何やらを集めて、ちょっと良い材料は何とか口実を作って鷹通か友雅あたりに手を貸してもらって…。
当日はこれ以上に、泰明を唸らせてやる。
-----なんて、そんな気合いを入れているあかねに、泰明がぽつりと言った。

「さっきは、すまなかった」

硬直。あかねは固まった。
泰明が?今……謝った?自分に向かって?あの、泰明が?
「つまらぬことで、おまえを苛立たせてしまったな」
「えっ…えっ?はぁ?えっ…と……ええ?」
言葉が混乱している。さっきの発言も驚いたけれど、今回は想像を絶した展開だ。
泰明が自分から謝って来るなんて、目の前で見ているのに、その声を聞いているのに、まだ実感が無い。
「また、作ってこい。待っている。」
彼は、残されていた菓子に再び手をつけて、それらをほおばった。
黙々と口にしているが、その姿を見ていると何だか……胸がふんわりと暖かくなってきた。

ま、いいか。
さっきは随分とやりあってしまったけど、それも水に流してしまおう。
こんなに素直に彼が謝るなんて、滅多に無い事だし。今回は大目に見て寛大な気持ちで受け止めてあげよう、とあかねは決意した。

「じゃ、楽しみにしてて下さい。来週のお誕生日には、もっと豪華なものを作って来ますんで。残さないで食べて下さいね」
「分かった。」
答えながらも、まだ彼はちまちまと菓子をつまんでいる。
こうして見ていると、微笑ましい光景に違い無いのだけれど。


「だが」
一通り食べ終えた泰明が、唐突に切り出す。
そうして、少し顔をうつむかせて。
「だが……今度は、真っ先に…私のところに持ってこい」

途端にあかねの身体が、カーッと熱を上昇し始めた。
そんな、普通は平然としてるくせに、今になってそんな…恥じらうように顔なんか反らしちゃって、ぽそっとさりげなくそんな事を言ったら…ドキドキがピークに達してしまうじゃないか。
「他の者にやるのは許さん。それがお師匠であってもな」
…さっき、晴明に言われたばかりなのに。
『女人の心には敏感にならないと』って、言われたばかりなのに、やっぱり全然彼は分かっていない。
彼が告げる言葉ひとつひとつに、あかねの心が揺さぶられていることに。
「分かったのか?」
「は、はい…分かりました……」

両手で頬を押さえて、何とかあかねは普通に返事をするくらいのことは出来た。
こんなにも、手のひらに熱が伝わって来ている。
顔を映せる鏡はどこにもないけれど、きっと頬は真っ赤になっているに違いない。
その姿を見ても、彼は気にならないんだろうな…。
こんなに、乙女心を動揺させといてっ。
-----なんて、そんなこんなな感情を自分の中に閉じ込めて、庭先からの秋風に身を傾けた。



「それじゃ、もう今日は帰ります…。取り敢えず用件は済んだので。」
菓子をすべて泰明が食してしまったので、包んで来た布はたたむだけとなってしまった。
それらを水干の袂にしのばせて、あかねは立ち上がった。
…今日は随分と疲れたなあ、とためいきをつきながら、入口へ向かって歩く背後を、泰明が見送る為に着いて来た。

「じゃ、お邪魔しました。また、今度来ます」
あかねは深く頭を下げて、門を出て行こうとした時だった。
「神子」
泰明が呼ぶ声に、後ろを振り向く。
彼が、あかねを見ている。
風に舞う、小さな木の葉が駆け抜ける。

風の音のあとに、泰明の声がした。


「北山に、萩が咲き始めている。来週にでも……共に行ってみないか…?おまえに見せてやりたい。」




-------THE END



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