巷に花の咲く如く

 011
男たちの視線が、美しい露綺に集まる。彼らの目に映る彼女の表情は、ほんのりと頬を染めながらも少し寂しげでうつろな雰囲気だ。
「まあまあ、皆揃って責め立てるようにこやつを見ないでやってくれ。悪気があってやったことではないのだからな」
晴明が彼女をかばうようにして、つややかに長く伸びる黒髪を手で撫でた。

とは言っても、自分で納得行くことが出来ない限りは、とことん突っかかるのが天真の短所でもあり長所でもある。
「悪気はねぇって言っても、そのせいで泰明がしばらくおかしくなってたんだろーが。完全に俺らに害がなかったってわけじゃねーだろう」

確かにあかねは無事だった。ただ草むらに倒れていたとしても怪我一つなかった。
しかし彼女があかねに化けて泰明に近づいたおかげで、彼はしばらくの間八葉としての役目を担うことが出来なかったのも確かで、その間にも鬼の力は京を脅かしていたには違いない。そうなると、泰明の気を乱したという現実は認めざるを得ないだろう。
腑に落ちない顔つきの天真と、どう答えて良いのか分からずに首をかしげている鷹通。
しかし、友雅だけは違った。
しばらく彼女の様子を眺めながら、ふと何かに気づいたらしく、手に添えていた扇を彼女の方へすっと向けた。

「そうか、なるほどね…。そう言う理由なら害を与えたと責め立てることも出来ないね」
「んだとぉ?友雅、おまえなんか気が付いたってのかよ?」
友雅は晴明と顔を見合わせた。そして何かお互いに気づいたように笑って、天真たちの方を向いた。
「こんなに美しい女人の一途な恋心を、男として咎められるわけないだろう?」
「……なんだってぇ?!」
と、大声を出したのはもちろん天真。しかし声を出さずとも、隣にいた鷹通も思わず腰を上げて身を乗り出した。

「露綺はな、庭先に咲いている石楠花の精なのだよ。従順で私に仕えているものの中でも自慢の一人として可愛がっておったのだ。しかし…こやつもまた、人に近い心を生み出してしまったようだな。」
晴明はそう言った。

言われてみればこれまでに何度か晴明の屋敷で、彼女のような女人たちを数人見かけてきた天真たちだったが、その女人たちに比べて彼女の表情は豊かに思える。式神や花の精たちのような無感情の美しさではなく、どことなく輝く何かが彼女の瞳には感じられた。

「思えば露綺は泰明が生まれてから、私に従ってずっとそばに仕えていたからな。知らぬ間に泰明に対して恋心でも抱いてしまったのだろう。そんな泰明が今度は神子殿に気を取られてしまっておるとなれば、いてもたってもいられなかったのだろうな。だから毎晩神子殿に姿を変えて、泰明の部屋に忍び込んだりしておったんだろう」
「し、忍び込んだって…まさかっ!!」
あらぬ想像が天真の頭の中を駆けめぐった。とたんに今度は友雅の笑い声が聞こえる。
「天真は想像力がかなり豊かなようだねぇ。そこから先に進んでいたとしたら、泰明殿は今以上に砕けてしまっていただろうよ。何とか彼女の誘いの一線を遮る理性が彼にはあったらしい。彼女の顔を見れば分かるさ」
と、友雅は言ったのだが、男と女のみそかごとにはまだまだ初心者級の天真には、露綺の変化など読みとれない。

「普段ならば、本人なのか怪かしなのかなどすぐに気づくであろうが、恋に目覚めてしまっては盲目にならざるを得ないのだろう。しかも神子殿のお姿となればな…突き飛ばすことも出来まい。心では求めておるのだからな。さぞあいやつも混乱しただろうよ」
晴明の笑い声が響いた。露綺が紅色に頬を染める。
「露綺、おまえも悪さが過ぎるぞ?神子殿に化けて近付けば、あやつが受け入れてくれるとでも思ったのだろう?まったくおまえもついに、恋に盲目になってしまったのだな」
そう優しい口調で露綺に話しかけてから、晴明は自分の手にしていた扇で軽く彼女の前を扇いだ。

その次の瞬間、鮮やかな紅色の花びらが一斉に目の前に舞い散った。
そして、彼女は消えた。



■■■


強くはないが、ほどけそうにはない手の力。泰明の手のぬくもりが、あかねの身体を包む。
「ど、どうしたの…泰明さん?」
目を閉じて、泰明はしばらく何も言わなかった。じっと、あかねの身体を抱きしめていた。
「…違うな。こんなことにも私は気づけなかったのか…」
そう泰明がつぶやいたのは、かれこれ10分くらいは過ぎた頃だっただろう。
「おまえの香りとあいつの香りは違う…それさえ気づかなかったのか、私は」
「…泰明さん?何のこと?」
あかねは首を傾げる。泰明はそのままあかねの腕に顔を埋めた。
「おまえの姿に化けた相手を…私は見極められなかった。鬼も怨霊も見極められる私の目が、おまえの姿をしているというだけで、何も判別できなかったとは…情けないな」
泰明の言うことは、あかねには半分も理解できなかった。ただ、何か彼が自分の変化に気づいて気を乱していることだけは確かに分かった。

ふと、あかねの頭に友雅の言葉が浮かんだ。
ここにやってきた理由。この屋敷を訪れた意味は---------。
もしかしたら、泰明は自分のことを………。その言葉を思い出したとたんに、泰明の触れている自分の身体の中が脈打ち始めた。

「おまえの姿をした者に惑わされそうになった…。普段ならば分かるはずなのに、おまえが近付いてきていると思ったら…身体が動かなくなってしまった」
泰明がつぶやくたびに、あかねの鼓動が大きく高鳴る。聞こえてしまうだろうか、彼ならばこの胸の中の想いさえ見透かされそうだ。
「何故なのだろうか。おまえがそこにいると思うと、自然に手を伸ばしたくなってしまう。伸ばされてきた手を、払いのけることが出来ないのだ」
その言葉を、そのまま捕らえて良いのだろうか…いや、彼の言葉はどんなに薄い布でさえも包まれていない。生まれたままの意味をもつ言葉だけが、彼の口から吐き出されてくる。

「お師匠は……私がおまえに恋をしているからだ、と言われた。」
「ええっ!?」
思わず声が高らかに乱れた。そんなことをいきなり言われても答えようがない。
「そうなのだろうか……?おまえはどう思う?」
「ど、どう思うって……そんなこと何とも言えない……☆」
客観的に見れば、確かにそれは…そうなのかもしれないけれど。でもだからと言って、自分からそんなことを認めるなんて出来やしないだろう。
「私は恋という感情が、まだ良く把握していないのだ…おまえは知っているか?」

恋とは。

相手を愛おしいと思う。相手のことで頭がいっぱいになって、全てが相手の存在を中心に回り出す。
出来るだけそばにいたいと思う。隣にずっと寄り添っていたいと思う。冷えた手を暖めたいと思う。
そして、あなたを守りたいと思う。

シンクロする心の感情。同じような感情が自分の中にもある。繰り返し思いついた言葉をあかねは繰り返した。
「…そのような感情を恋と呼ぶのであるならば……やはり私はおまえに恋をしているのだろう」
とくんとくん、と少しずつ鼓動が早くなる。泰明から香る菊花のかすかな香りが鼻をくすぐる。

「おまえのそばにいたいと、思うのだ………」
身体を包む泰明の手。そっとあかねは触れる。
「私…………」
言葉を続けようとしたとき、ぎゅっと力が強く込められて身体が抱きしめられた。
「おまえに恋して……おまえのことしか考えられなくなっている…………」
あかねは声を出したかった。だけど、どことなく恥ずかしくて言い出せなくて、そのあとは続けられなかった。

『私、あなたのそばで、あなたを守ってあげたい』


■■■


舞い散った花びらを手に取り、そっと息を吹きかけるとそれらは庭へと舞飛んでいった。元々生えていた場所へ戻っただけだ、と晴明は言った。
「叶わぬ恋をしてしまったのであれば、元の場所でしばらく気を休めるのが良いだろう。」
ほのかに花の香りを残して、彼女は本来の姿へ戻っていった。
「でもよ、泰明だってそーだろうが。あいつの恋が叶うとは限らねえだろう?」
天真が言い返すと、晴明は笑う。

「さて、どうですかな?」


■■■


こちらから、泰明の肩を抱いた。抱きしめて、そっと互いに抱きしめ合った。
「暖かさも違うな。おまえの方が暖かい。」
その言葉に、あかねの体温は更に上昇して行く。そんなことも彼は気づいていないのだろう。
「しばらく……こうしていてくれ」
泰明がふと、小さな声で言った。あかねは何も言わずに彼の背中に手を回した。包むように。



花は季節ごとに咲き乱れる。

そしてここにいる二人の中に、一輪の永遠に枯れない花が、今咲き始めた。





-----THE END-----




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