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巷に花の咲く如く
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| 006 |
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相変わらずの状態が続いている泰明の様子に、晴明もすっかりお手上げ状態の日が続いている。
「神子殿からの文も毎日のように泰明のことを伺いに届いておる…しかしこんな状態では、返事も出来ないではないか…」
とはいえ、のんびりなどしてはいられないのだ。神子と八葉の任務期間には限りがある。その日も着々と終わりに近付いている。どうにかしなくては…と師匠の晴明もやや焦りが出てきた。
何せ自分の一番弟子が京の運命を左右する任務を得ているのであるし、その本人が妙なことになっていては、師匠である晴明の責任問題も問われそうだ。
「どうにかせねばなぁ…」
そう言っているそばで、相変わらず泰明は肩に止まる蝶の存在にも気付いていない。
■■■
そんな泰明にも負けず劣らず、あかねの方も少々平常心を失いつつあった。
先日の友雅の発言を聞いてから、ずっと心拍数が乱れてしかたがない。
「はあ…」
京の町を歩いているときも、ついため息が出てしまう。
「神子…先ほどからため息が続いておりますね…どこか気分でも優れないのでしょうか?」
心配そうな顔をした永泉が、隣であかねの様子を伺っている。地の玄武である泰明がこんな状態であるため、天の玄武である永泉が今日はあかねに付き添ってくれていた。勿論八葉一人では不安なために、もう一人鷹通が同行している。
「具合が悪いのでしたら、どこかでお休みになりますか?」
「え?ああ、そうじゃないの!別にそんなわけじゃないんだよ★二人とも心配しないで★」
あかねは元気に振る舞ったが、二人には理解してもらえなかったらしく、永泉の勧めで三人は近くの寺で休憩を取ることとなった。
季節の変化は、京に咲き誇る草花が教えてくれる。藤の花が一層色濃く町中を彩ってきている。本格的な夏が近いという証拠だろう。
『そういえば…泰明さん、藤の花が好きだったなぁ……』
寺の庭に咲く花を眺めながら、ぼんやりとあかねは泰明のことを思いだしていた。
「神子殿…泰明殿のことを考えておられるのですね?」
「へっ!?」
鷹通の声が聞こえて、あかねはびくっと我に返った。
「あ、う、うん……あの……ね、友雅さんがあんなこと言うもんだから、ちょっと神経過敏になっちゃってて…」
照れくさそうにあかねは頬をかいた。
「泰明殿が神子殿に好意を持っておられるという、友雅殿の推測のことですか…」
永泉も隣でつぶやく。
「そ、そんなの…まさか…ねぇ?泰明さんがそんなこと…考えてるはずなんかないよね!友雅さんの勘違いだよね!」
あかねは少し頬を染めて無理に明るく笑ったが、やはり二人の反応はいまいちである。
鷹通にしても永泉にしても、どう返事をしていいのか分からないのだ。泰明の感情を読みとること自体が難解であると同時に、彼の持つ意志にはどんな部分があるのかも完全に理解出来ていないせいだ。
二人からの答えが返ってこないので、あかねの方も不安になる。というか、不安というよりも一つの感情を必要以上に考えすぎて、それ以外のことが思いつかなくなる。
胸の奥が、とても熱くなって。
「おや?まさかこんなところで私の名前を聞くことが出来るとは…遠出も悪くないものだ」
いきなり、あの響く深い声が背後で聞こえた。
「友雅殿!何故ここに……?」
ふいに現れた友雅の姿に、鷹通は思わず驚きの声を上げてしまった。
「こちらの御住職に帝よりのお使いがあってね。今用事を済ませて左近衛府に帰ろうとしたところさ。その途中で、偶然君達の姿を見たものだから、やって来たというわけだよ」
そう言って友雅は、物腰静かにあかねの隣に腰を下ろした。
「さて、どんな話をしていたのかな?私の名前も話に出ていたようだし…是非話題の輪に入れて下さらないか?」
「あのー…別に友雅さんの話をしてたんじゃなくって……」
「私の言ったことについてかな、例えば泰明殿についてのこととか?」
果たして友雅があかねたちの話を立ち聞きしていたのかどうかは分からない。それでなくてもカンや読みは鋭い友雅であるし、この三人の雰囲気をすぐに察知できたのかもしれない。
「友雅さんがあんなこと言うから…何だか妙に私、意識しちゃって大変なんですよーっ★」
あれから気付くと泰明のことを考えているし。勿論それは彼の現状が気になるというのもあるのだが、彼のことを考えたあとには、必ずどこかの鼓動が鳴り出して困る。
「おや?私の言ったことは仮説だから、泰明殿が本当にそんなことを考えているかは分からないよ。それは神子殿が自分で確かめるしかないよ」
「……確かめるって、どうやって……?」
「聞いてみたらどうだい?直接。彼は裏も表もない、ある意味とても透き通った感情を持っている。直接的なはっきりした答えを聞かせてくれるかもしれないよ」
「そ、そんなこと言っても〜聴けないですよ、そんなこと!」
顔を真っ赤にしながら、慌てふためきながらじたばたしているあかねに、今度は目の前にいる二人までもが口を開いた。
「ですが神子殿、友雅殿がおっしゃることも正論なのかもしれません。ここでじっとあの方の様子を伺うだけでは、進展は期待できないかもしれません。ましてや時間ももう残り少ない。それまでに泰明殿の気が正調に戻るようにしなくてはなりませんから…」
鷹通は真剣に言う。
「私も少なからず、そう思います…。友雅の言うことが本当かどうかは分かりませんが…答えを出すには、泰明殿にお聞きすることが一番でしょう。」
「で、でも……またこの間みたいに、引っ込まれちゃったらっ!?そんな無理強いなんて出来ないよ〜★」
何度も自分をどう思っているか、なんて突っ込んだことなど聞けやしない。知りたいのはやまやまだけれど…。
困ったようにしているあかねの隣で、友雅は艶やかに笑う。
「その時は、晴明殿に手伝って頂けばいいさ。愛弟子のためならば、御師匠も手を貸して下さるよ。」
自信たっぷりにそう言って笑顔を突きつけられると、それ以上言い返すことも出来ない。それに、鷹通や永泉までも無言で首を縦に振る。
どうしよう…後に引けなくなってしまった。
■■■
安倍晴明宅に友雅の文が送られてきた。中にはあかねたちと話し合った内容のことが記されてあった。
「全く…皆に世話をかける弟子で困ったものだ…」
晴明は文を畳んで、ためいきをついた。
実は晴明にも気に掛かることはいくつかある。日常を同じ屋敷内で生活している立場上、泰明の様子は毎日見ることが出来るが、毎朝泰明が寝不足のような表情で顔を出すことだ。
もしかすると夜の闇が京を包む頃、妖かしなどが泰明に襲いかかっているのではないか?
と考えてみたのであるが、この結界を張り巡らせたこの屋敷の中に、もしもそのような妖かしが外部から入り込んだとしたら…何かしら直感が働くはずだ。たとえ晴明自身が気付かなくとも、弟子の誰かは気付くだろう。
そのような妖かしが無関係なのだとしたら、何故泰明は眠れぬ夜を過ごしているのだろう。
「……どうも気になる。式でも見張らせておくか。」
そう言って晴明は、庭先に咲いている石楠花の姿を変えさせた。そして泰明の部屋の前に朝まで立つように、と指示して自分の部屋へ戻った。
瞼が、ぴくりと反応する。隣から漂うのは、甘い香り。最近夜になると、この香りが部屋の中に敷き詰められる。
細い指先が頬に触れたのに気付いて飛び起きようとしたが、それを阻止する手のひらが肩にあった。
「泰明さん………」
「神子…!正気になれ!」
「…何言ってるの?私は全然正気。狂ったような目をしているかしら?」
泰明は見下ろすあかねの瞳を見る。
どこかが…違うような気もする…のだが、この艶のある香りにその確信も曖昧になる。
「ならん…!おまえは龍神の神子…私などに触れてはならぬのだ!」
無理をしてでも、この手を振り切らなければ。見つめてはいけない。その瞳に操られてしまう。
自分を取り戻さなければ、泰明自身が壊れる。触れてはいけない。何があっても。
「去れ!」
とっさに泰明は叫んで、両手で手を組んだ。
………?
夜もかなり更けた頃。何故か晴明は目が覚めた。外は満月が輝いている。
くっきりと瞼が開き、睡魔が一切感じられない。何かの気を感じたのだろうか。
もしや泰明に何か異変でも起こったか?胸騒ぎという凶の気は感じないのだが、何か違う波が漂っているのは違いないらしい。
どこか落ち着かない気に、晴明は泰明の部屋へ向かうことにした。
「泰明?眠っておるか?……入らせて貰うぞ」
蔀はしっかりと閉められており、中からは灯りも漏れていない。返事もない。多分眠りに着いているのだろう。晴明は戸に手をかけた。
が、ふと気付いたことがあった。…………式がいない。何故だ?泰明の部屋を見張っておくようにと命じたはずなのに、彼女の姿がそこにはいなかった。
「………どうしたのいうのだ……」
月明かりの差し込む庭先の夜の闇の中、晴明はつぶやいた。いくつかの花びらが散っている。
何が起こったというのか。
不安とも言い切れない妙な気を抱えたままで、晴明は泰明の部屋の戸を開けた。 |
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