巷に花の咲く如く

 002
朝から雀の声が聞こえていた。庭先からは素振りの音。
起き出して障子を開けると、頼久が滴る汗をぬぐうことも忘れて剣で宙を割いていた。

「おはよう、頼久さん。毎朝熱心だねー…」
まだ眠そうな寝起きのあかねの声に、頼久は腕を止めて、やっと汗を拭った。
「おはようございます、神子殿。これくらいは当然のことです。いざと言うときのために、常に日を追う毎に強くならなくてはなりませんから」
「頼久さんらしいね。私も強くなるように頑張らなくちゃね」
あかねは朝日を全身に受けて、思いっきり身体を伸ばした。

「そういえば神子殿、本日は物忌みの日ではありませんでしたか?」
小鳥のさえずりとともに、池に棲む鯉たちが目を覚ましたらしい。軽やかな水音が聞こえた。
「うん。そう。でも、別に何ともないんだけどねー…。変わったこともないし。普段と同じなんだけど」
手足を振り回して元気さをアピールするあかねを、頼久は微笑みながら眺めた。
「何もないのは幸いでございますけれど、油断は大敵でございますよ、神子殿。あいにくと本日は、私は所用でおそばにいることが出来ないのが心苦しいのですが…」
「大丈夫だよ。気にしないでお仕事頑張ってきて。今日は他の方に来て貰うように藤姫に昨日お願いしてあるから心配しないで」
「承知しました、神子殿。それで、本日はどなたをお呼びになられているのですか?」
「あ、今日はね…………」
名前を告げようとしたその時、藤姫が大きな声であかねを呼ぶ声がした。

「神子様--------っ!!神子様〜っ!?」

藤姫が取り乱した様子で、あかねの部屋に駆け込んで来た。
「ど、どうしたの藤姫……こんな朝早くから。何かあったの?」
息を切らそうが、朝早かろうが、完璧に着こなした十二単はいつも通り。おそらくそんな重いものを来ていなければ、そんなに息絶え絶えにならないのだろうに…と余計なことを考える。
「落ち着いて下さい、藤姫様。どうなされたのです?」
頼久は庭から部屋にあがり、あかねと共に藤姫のそばにやってきた。
「あ、あの……本日の神子様の物忌みに、付き添っていただくようにお願い致しました泰明様なのですけれど…」
「泰明さんが、どうかしたの?もう来てるの?」
「いえ、それが実は……………」
深呼吸をして、落ち着くのが先である。それから話してくれと藤姫を二人は説得した。
やっと呼吸が整ってきたあと、藤姫が驚くことを告げた。

「泰明様が…神子様の付き添いのお断りに参りまして…」
「…………え?」

声を揃えて、藤姫の顔をじっとあかねたちが見る。
「泰明殿が断りに参ったのですか?」
頼久が尋ねると、藤姫はこくりとうなずく。
「つい、今し方なのですが…わざわざこちらに朝早く参って…『本日は付き添えない』と一言おっしゃってお帰りになってしまいましたのです…」
「理由もなにも言わなかったの?」
「はい…すぐに帰ってしまわれて…。どうしましょう、本日は物忌みでありますのに…。頼久は既に用が入っておりますし…どなたか……手すきの方はおられませんでしょうか…」

全くの予定外のことに、藤姫もうろたえざるを得ない。
八葉の中でも比較的予定や約束には完璧な泰明が、突然に用事をキャンセルするとは異常としか思えない。
しかも大切な神子の物忌みの日。八葉である立場ならば、どんな急用が泰明に生まれたとしても、師匠である晴明が何かしらの手回しをしてくれるはずだろうに。
泰明の行動と、神子の付き添いの相手を捜すこと。どちらも藤姫にとっては重大な問題勃発で混乱しないではいられない。

「天真に予定を聞いてみましょうか?」
頼久が隣から、助け船を出した。
「確か夕べの膳の席で、本日は神子殿が物忌みでございますから、一人で街にでも出掛けてくると申しておりましたので、事を説明すれば神子殿に付き添って下さるのではと思うのですが、いかがいたしますか?」
「それは誠ですか?ならば安心ですわ…頼久、天真殿にお話を聞いてきてくれますか?」
「承知致しました。お待ち下さい」
二人の主人に軽く頭を下げて、頼久は席を立ち上がった、そして、離れにある天真と詩紋の部屋に向かって歩いていった。
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Megumi,Ka

suga