White Snow Flowers

 03
子どもが遊ぶためとは言え、小高い山を作るには結構な量の雪を運んだ。
そこそこの勾配を付けて表面を整え、一晩置いたら明日にはしっかり固まっているだろう。
「お疲れー。中に入って麦湯でも飲んで暖まろうぜ」
作業を終え、天真はあかねたちを連れて家に戻った。
「おーい、蘭!麦湯用意してくれー」
戸を開けて奥に向かって声を掛けたが、何故か無反応。繰り返し呼んでみたが、様子は全く変わらない。
「ねえ、もしかして出掛けたんじゃない?」
あかねの言葉を聞いて土間を見ると、そこにあるはずの蘭の深靴が消えている。
しかしまだ雪が残る中を、一体どこへ向かったのか。
これまで悪天候続きで、ろくに市も立っていないというのに。

「妹君が行くところなど、ひとつしかないと思うがねえ」
皆の視線が集まると、友雅は静かに笑みを浮かべている。
「会いたい人に会えないのというのは、辛いものだよ」
つまり、蘭が出掛けた先は…彼の家。
ここ数日、二人を雪が隔ててしまったけれど、そのせいで高まった気持ちが行動を起こしたのだ。
「まあ、私は天気がどうあろうと、常に自分の気持ちに従っているけれどね」
"盛ってるように聞こえるけど、アレってホントの話だから"、と隣で詩紋がコソコソと耳うち。
出仕のついでと言いながら、おそらく友雅にとっては出仕の方がついで。
あくまでも、あかねに会うのが常に彼のメイン。
「そろそろ君も恋をしてみたらどうだい?そうすれば、妹君の気持ちが少しは理解出来ると思うよ」
「うるせえわ!」
友雅の一言に愚痴で返しながら、天真は蘭の代わりに麦湯の用意を始めた。

古い長屋のひとつを手直して出来た、森村兄妹の家。
小さながらも土間の奥には部屋が二つあり、ちゃんと個室に仕切られてある。
天真の部屋はこざっぱりとしているが、蘭はやはり女の子。土御門家で不要になった衝立や几帳を譲り受け、華やかな空間に飾り付けられている。
「彼氏さん、ここに連れて来たりしないの?」
「するか!連れて来たって入れねえし!」
蘭の恋人の寿巳と会ったのは、はっきり覚えていないくらい昔のこと。
特に話すことがあるわけでもなく、それなら別に会う必要もない。
っていうか、妹の男をすんなり家の中に上げられるか!と。
「それじゃあ仕方ないね。妹君はいつも彼の部屋で、逢い引きをしているということかな」
ーーーーーー!!!
しらっとした態度で、友雅は熱い麦湯を啜る。
「いくら晴れたと言っても辺りは雪だよ。足元が滑りやすくて危険だ」
昼間でもそれなりに寒い。足場も悪い。そういうときは、お家デート。
部屋の中は火桶で暖められ、他人に気兼ねすることもない。
邪魔が入らない、二人きりになれる場所。しかもそこは彼の部屋。
「恋人同士にはもってこいだね、羨ましいよ」
するり、と天真の手から椀がこぼれ落ちた。
幸い割れてはいなかったが、彼は硬直している。
天真の頭の中ではあらゆる想像や妄想が溢れ出し、ショートしてしまったっぽい。
「友雅さん煽り過ぎですよっ」
しかしそれも、友雅の計算のひとつ。
「妹君が心配なら、むしろここに招いた方が良いんじゃないかな」
二人だけの空間よりも、天真の目が届くところにいれば。
そのうちコミュニケーションも取れるようになるかもしれないし、そうなれば彼女たちの関係も一層良好になると思う。
…天真のことだから、一筋縄では行かないだろうけど。

「さて、私は主上に呼ばれているから、ここで先に失礼するよ」
「えっ!お仕事に行く途中だったんですか!?」
随分とゆっくりしていたから、てっきり今日は休みなのかと。
引き止めてしまったのは迷惑だったかと思ったが、時間の余裕を持った上でのことだと聞いてホッとした。
入口まで彼を見送りに着いて行くと、別れ際に友雅の唇が耳元に近づいた。
「今夜、忍び行くからね」
どきっとするほど甘い囁きをあかねに残し、友雅は宮中へと出掛けて行った。


+++++


夕餉も終わり、床の準備も整えて、燈台の明かりを少し落とす。
火桶の炭も消えないように補充した。甘くて深い香を炊いて、ごろりと寝転がりながら来る人を待つ。
夜も更けた頃に、静かに戸が開く。
几帳の裾が上がり、愛しい人が姿を見せる。
「寝ずに待っていてくれて嬉しいよ」
「来るって言ってましたから、そりゃ起きて待ってますよ」
延ばした腕が互いの背中に絡みつき、まずは唇同士が逢瀬を始める。
そのまま彼に抱きかかえられて、床のある場所へ移動する。
「主上と謁見の時間に遅れませんでした?」
「大丈夫。むしろあかねとは最近どうなのか、と尋ねられたよ」
別に何の問題もなく、相変わらず日々睦まじく過ごしていると答えた。
敢えて言うなら、未だに共に暮らせないことか。
「それでもこうして通っていれば、二人で朝まで夢を見られるからね」
寄り添っているだけで暖かい。
相手の存在がぬくもりとなって、冬の寒さを忘れさせてくれる。

「そういえば、あれから天真の妹君は帰って来たのかい?」
途中で抜けた友雅だったが、かなり煽った手前気にはなっていた。
だが、少なくともあかねたちが滞在していた時には、蘭は戻ってこなかった。
久しぶりに会えたのだから、時が経つのも忘れてしまうだろう。こればかりは仕方のないことだ。
「天真くん、もっと彼氏さんと交流すれば良いのに…」
「心配性なのだよ。分からないでもないが、突き放してばかりでは可哀想だね」
相手は真面目な好青年だし、兄の天真とも親しくなろうと考えている。にも関わらず天真が門戸を固く閉ざしていては、進展するものも停滞してしまう。
「頑な頭を少しずつ溶かしてやらないとね」
例えば、春に近付くにつれ、外を覆っている雪が姿を消して行くように。
徐々に時間を掛けて、焦らず慎重に距離を狭めながら、いつか真正面に向き合える日が来るまで。
「私も藤姫殿から許しを得て、堂々とあかねを我が家に移したいものだが」
「なかなか時間や手間が掛かっちゃって…」
あかねは言うけれど、背後に意図的なものをずっと感じている。
焦らずにと自分に言い聞かせるが、時には焦りたくなることもあるわけで、そういう場合はやはり衝動的になりがち。
雪が止んだと同時に飛び出した蘭の逸り立つ心が、友雅には伝わって来た。

「近いうちに、また丹波に行こうか」
年の初めにぎっしりと詰め込まれた行事も、ようやく一段落しつつある。
そうしたら休暇を取ることが可能になり、遠方に出掛けても差し障りなくなる。
二人だけで過ごせるあの場所なら、雪が降ろうと問題ない。
外に出られないのも、尚更好都合。
四六時中二人きりの時間が続くなんて至福だろう。
「ものは考えようだ。嫌だと思っていることも視点を変えれば、良いことに転じることもある」
「ですよね。だから天真くんも、彼氏さんと話し合ってみれば良いんですよね」
と、あかねが言うと…友雅が苦笑しているのに気付いた。
「私、変なこと言いましたっ?」
ほんのわずかな思考のすれ違い。
こちらは甘美な時間を思い描いていたのだけれど…真っ直ぐな君との差に笑うしかない。
「ふふ、やはり私は君が好きなんだな、と自覚しただけだ」
「えっ!?突然何を言い出すんですかっ!」
急に頬を赤らめた彼女の腰を引き寄せ、自分の重みを預ける。
詳しいことは、言葉よりも行動で確かめてもらうとして。

今宵は昼間が暖かかった反動で、ぐっと寒さが強まって来た。
そんな夜は……いつもより熱を欲しがる。
冬将軍が立ち去るのは、まだ先の話。
もうすぐまた空の上から、白い雪の花が舞い落ちて来るだろう。
でも今は、それさえも融かしてしまうほどの熱が愛おしい。




-----THE END-----




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2017.02.01

Megumi,Ka

suga