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魔法の夜は二人でワルツを
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| 005 |
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ひとつめの十字路で、頼久たちと別れた。
彼らの部屋は通路沿いに並ぶ10部屋のうちから、一部屋ずつ宛てがわれている。 来賓客が少人数で国を訪問することは、まずない。
大概はお着きの者たちを、ぞろぞろ連れてやってくるのが普通。
故に、用意されている部屋は一人部屋から二人部屋、数人で泊まれる部屋など様々の形式で用意されていた。
そして、十字路を過ぎた長い廊下の先には、来賓の中で最も尊い者が休むための特別室がある。そこが、あかねの部屋だった。
友雅の部屋は、特別室のすぐ手前。
側近であったり、主にとって重要な者が常にその部屋を使う。
出掛けるときは手を添えられて、緊張しながらこの廊下を歩いたものだが、晩餐会が終わったあとは肩の荷が下りた。
足下に気を配りつつも、どこかリラックス感があるから一人で歩ける。
あかねの部屋のドアが開かれた。
「さ、中へお入り」
金細工のランタンで部屋の中を照らしながら、照明のスイッチを探す。
カチッと音が響くと、天井から吊るされたシャンデリアに明かりが灯った。
「お疲れ様。これでようやく、あかね殿の役目は終了だ」
「はあ…今度はホントにホッと出来ますね」
彼女をソファに座らせて、友雅は窓の鍵を確認してからカーテンをすべて閉じた。
「どうする?すぐに休むかい?」
「えっと…」
どうしよう。
何もかも終わったのだし、気楽ないつもの姿に戻りたい気はある。
だけど、時間を掛けたドレスアップしたのだし、次にこんなドレス着られるのはいつになるか分からないし…。
「まだ脱ぐのが惜しい?」
答えを渋っていたあかねの本心を、率直に友雅が見抜いた。
「だって、せっかく着たのにもったいないし…やっぱ、もうちょっと着ていたいかな〜って気が」
「今日の予定はすべて終わっているし、君が疲れていないのなら構わないよ」
今すぐメイドたちがやって来て、晩餐会が終わったからすぐにドレスを脱いで返せ、なんてさすがにないだろう。
借り物のドレスも丁寧に扱えば、後日適当に処理してくれるに違いない。
「じゃ、もう少し着てて良いですよね」
「ああ。私も美しい姫君を眺めていられるのは、嬉しいからね」
タイを緩め、袖のボタンを外しながら友雅は答えた。
自分の生活感がない他人行儀の部屋で、お互いにいつもとは違う出で立ちで。
静かな空気さえも非日常に思えてしまうようなそんな夜は、彼の言葉も一層甘美に聞こえる。
だからなのか、胸の鼓動がどきどきしている。
晩餐会の緊張とは違う理由で、じわじわと帯びて行く熱を伴って。
「友雅さん…あの…私、ホントにこのドレス、似合ってますか?」
普段は会話がなくても平気なのに、沈黙に息が止まりそうで、あかねは自分から切り出した。
あまり縁のないカラーのドレス、少し濃いめのルージュに、ドレスと同じ色の宝石をあしらったアクセサリー。
幼い頃から自分の中にあったお姫様のイメージは、こんな感じだったのだけど…。
「今になって、何を言うかと思ったら。見とれていた男がここにいるのに、似合っていないとでも?」
「じょ、冗談とかじゃなくって…ですよ!ホントに、その、いつもより-------」
いつもより大人っぽく、いつもより女らしく。
少しでもあなたに似合う女性に近付けたのか、それだけが気がかりだった。
友雅の手が頬に伸びてきた。
手袋で覆われていない、素のままの手のひらからぬくもりが流れ込む。
「いつも以上に、君に見とれていた」
歪みのない視線は、まっすぐにあかねを見下ろす。
彼女の耳に揺れるイヤリングのチャームを、長い指先で軽く弾く。
「本心の言葉だと思ってもらえないなら、どう言えば信じてもらえるのかな」
夜の帳に溶けてしまいそうな、深いブルーのドレスに映える白い肌。
ところどころに飾り付けられた宝石は、空からこぼれてきた星屑を受け止めたかのようにきらめいて。
でも、そんな宝石の輝きよりも眩しいのは…愛しき君。
「ドアを開けた時、一瞬ぼうっとしてしまっただろう。あれは、本当に君の姿に見とれていたんだよ?」
「……ホントに?」
愛らしい笑顔や明るい笑い声。
和やかで暖かく、穢れない優しさから生まれて来る彼女の美しさを、ずっと愛おしいと思って来た。
目に見える眩しさと、見えないものの輝きと。
一緒にいればいるほど、それらに触れては心を奪われ、そして至福を感じていた。
だから、これが彼女の美しさなのだと、すべて分かり切ったつもりでいた。
「けれど、まだまだ甘かったね。君を知り尽くしていなかった」
改めて友雅はあかねの隣に座り直し、同じ目線で彼女と向かい合った。
そして、もう一度頬に手を伸ばす。
「ドレスを身に纏い、髪型を変えて、唇を染めて-----今宵は本当に別人のようだ」
女性の印象が、化粧で変わることは知っている。
知っているはずだったのに、あかねもきっといつもとは違う華やかな雰囲気になるだろう、と思っていたはずなのに、いざその姿を目の当たりにしてしまったら。
「どんな風に綺麗になるのかと、少し楽しみにしていたのにね」
「…期待、裏切っちゃいました?」
「裏切っていたら、言葉を失うはずないじゃないか」
笑いながら、友雅はあかねの背後に手を回す。
空いた背中に指先が触れて、ぴくっと震えたと同時に手を取られ引き寄せられた。
「久しぶりだな。こういうのを"ときめき"と言うのだったかな…そんな感じだ」
「友雅さん…」
近付く唇。受け止める唇。
二人の呼吸がひとつになって、自然とお互いの背に手が伸びる。
「嬉しい。友雅さんに…そう言ってもらえて」
抱きしめ合いながら、あかねは嬉しさを噛み締める。
少しでも良いから、彼の心を揺らしたかった。綺麗だと思われたかった。
大人の彼に近付きたくて、我ながら今回のおめかしは冒険だったから。
「でも、このドレス脱いで化粧も落として元に戻っても…がっかりとかしないで下さいね」
今の姿は魔法を掛けられた姿。
どこかで読んだおとぎ話のように、時が経って魔法が解けて、お姫様がみずぼらしい姿に戻っても、王子様と結ばれたい。
「大丈夫。その時は私の魔法も解けて、お互いいつも通りに戻っているだけのことだよ」
国に戻れば、あかねはこれまで通りに上級巫女として生きる。
友雅はそんな彼女を、一番近くで護り続ける。それが二人に与えられた運命。
と、同時にもうひとつ。
「魔法があろうがなかろうが、君は私の姫君に変わりないよ」
二人でひとつの、同じ想い。魔法なんかなくても変わらない想い。
「けど、せっかくの機会だから、魔法が掛かっている今のうちしか出来ないことをしようか」
あかねの手を取り、友雅は立ち上がる。そして、片方の手を彼女の背中に。
「ダンスのお相手をして頂けるかい?」
「ええっ?わ、私あまりよく覚えていないですよ!」
宮中で暮らすことが決まってから、上級巫女修行中にちょっとしたマナーも兼ねてダンスを教わった。
けれど実践する機会がなかったので、もうすっかり忘れていそう。
「平気平気。誰も見ていないし、私と君しかいないのだから」
伴奏もなく、ギャラリーもいない。静かな夜----二人きりの、この部屋で。
彼のリードに乗せながら、戸惑いつつもステップを踏む。おぼろげな記憶は、やっぱりたどたどしいけれど。
「……ふふ、舞踏会みたい」
「二人だけのね」
ベッドへ辿りつくのは、もう少し先。
魔法の時間に漂いながら、ゆっくりと異国の夜は更けて行く。
-----THE END-----
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