魔法の夜は二人でワルツを

 004
「ですが、友雅殿は我々と違い、このような場は慣れておられるでしょう」
現在はあかねを護る命が最優先の彼だが、これまで通り国王の側近の立場は続いている。
重要な会談や来賓を応対する場には、声が掛かればすぐに出向く。長年培った王からの信頼は未だに衰えていない。
故に、騎士団や護衛官の自分たちと比べれば、パーティーでの立ち振る舞いなど手慣れたものだろう、と頼久は思った。
その証拠に、こんな盛装でも友雅は平然としている。
「取り敢えず、出来るだけ早く切り上げられるよう、何とかしてくれよ。」
相手と言葉を交わすのは友雅がメインになるであろうから、引き延ばさないように適当な時間で下がれるきっかけを作ってもらいたい。
豪華な料理は興味があるが、緊張感で締め付けられたディナーでは、きっと味も感じられないと思う。

しばらくして、二人のメイドが彼らの控え室にやって来た。
「失礼致します。巫女様のお支度が整いました」
着慣れないドレスに加え、メイクもたっぷり時間を掛けたようで、友雅が彼女の部屋を出て2時間近くが過ぎている。
「では、姫君をお迎えに行ってくるよ」
華やかな晩餐会やパーティーは、滅多に表舞台に出ることのない上級巫女にとって新鮮な経験。
毎日微量たりとも力を抜かず、新任ながら向上心を忘れない彼女。
今夜はそんな彼女のために、息抜きになるだろう特別な夜。
他国の宮殿内で王族と…なんて、おそらく緊張感は拭いきれないだろうが、彼女がわずかでも楽しく感じられるよう、隣で肩を支えていてやろう。

あかねの部屋に戻り、メイドがドレッシングルームへと案内してくれる。
室内に足を踏み入れたとたん、ほのかに花の香りがした。
これは香水だろうか。だが、人工的な香りではなく、摘みたての薔薇のような甘いフレッシュな香りだ。
「姫君、お姿を拝見しても宜しいかな?」
三回ほどノックをしたあと、ゆっくりとノブを回す。
何やらバタバタと慌ただしい音がするが、阻止されたわけではないので遠慮なくドアを開けた。

そのとたん。
さっき感じた花の香りが、重みとぬくもりを合わせて腕の中に飛び込んで来た。
「ひゃっ…ぷ!」
彼の胸に真正面から体当たりして、目の前を遮られ足下が揺らぐ。
それでも倒れなかったのは、しっかりと自分を受け止めてくれたからだ。
「あ、あの…お待たせしました…」
慌てて顔を上げると、視線同士がぶつかった。
見下ろす友雅の目の中に、映り込んでいる自分が分かる。慣れないドレスとメイクを施した、いつもとは違う自分の姿。
やりすぎてはいないか、やっぱり少し控えめにした方が良いのでは、と思いながらも手を出せないまま注文通りに仕立て上げられて、今もまだちょっと気恥ずかしさがある。
何よりも、彼にはどんな印象を抱かれるのか。
それが一番気になっていたのだ…けれど。

「友雅さん…あの…」
彼の腕を掴んだ手に力が入ったせいか、友雅がようやく口を開いた。
「ああ…すまない。姫君の姿に見とれてしまって、思わず我を忘れていたよ」
一瞬見せた放心状態に近い表情のあとで、いつもの笑顔があかねを見つめ直した。
「いや、本当に美しい姫君だ。エスコートする側としては、気が引けてしまうよ」
「わ、私だって友雅さんの、そのカッコ…」
改めて友雅の姿を見てみたが、何と言うかまさにその、物語に出て来る王子か騎士とも言える出で立ちで。
仮装とか盛装とかいう類いの華やかな服装なのに、着慣れているかのように違和感のなさ。
友雅さんのこんなカッコ、一度も見たことない。
それなのに、まるで普段から着ているみたい。あまりにぴったりで、そして華やかさも更に五割増で。
「見せびらかさずに、このまま独り占めしたいけれど…残念ながらそうも行かない。さ、行こうか」
外した手袋をポケットに差しこみ、友雅の素手があかねの前に。
手を取ってもらいながら、ドレスの裾で隠れたつま先をそっと踏み出して。
以前にも、こんな風に手を引かれて歩いたことがある。継承式の時だ。
それまでも、それからも、彼はいつも自分の隣にいてくれる。
非日常なドレスアップ姿に緊張していても、彼の手が添えられているだけで落ち着きを取り戻せる。

「おぉ〜っ!?」
あかねが部屋から出て来たとたん、天真たちがびっくりした様子でこちらを見た。
「あんまり、その…じろじろ見ないでよ〜…」
「いやー何て言うか、こういうのが馬子にも衣装っていうのかって」
「何それ!そうはっきり言わなくても良いでしょ!」
ぱしっと天真の肩を叩く。
「天真、あかね殿に失礼だぞ。とてもお綺麗でよくお似合いです」
「え?あ…ありがとうございます」
そういう頼久も、騎士らしいきりっとしたスタイルで、いつも以上に凛とした雰囲気が感じられる。

「少々お時間は早いですが、そろそろ食堂へご案内致しましょう」
二人の執事が、揃ってあかねたちを迎えにやって来た。
そして、さっきと同じように友雅に手を引かれ、背後から頼久たちが着き、宮殿中央の食堂に続く長い廊下を進む。
窓にはめられた薔薇模様のステンドグラス。
アクセサリーのようにガラスが連なるシャンデリアが、長い道のりを天井から照らしている。
やがて、ひときわ重厚感のある扉の前に来ると、一旦あかねたちはそこで立ち止まった。
執事たちがドアを開くと、そこにはまばゆいほどの豪奢な世界が広がっていた。
ワイングラス、純白の食器にナプキン、テーブルの上を彩る鮮やかな花。
本来なら、来賓の主であるあかねが王に近い席なのだが、配慮をもらって友雅の席と交換してもらった。
そうすれば、王との間にワンクッション出来る。少しはあかねの緊張を和らげるだろう、とのことだ。

「隣にいるよ」
席に案内されるとき、友雅が小さく耳元でひと言告げた。
すぐ隣にいるから、何があってもフォローは出来るよ、という意味で。
どんなことがあろうと、どういう場面でも彼が護ってくれる。
だから、彼がいてくれるだけで安心できる。


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晩餐会は、2時間ほどで終了した。
両陛下及び皇太子等の王族が同席する夕食ではあったが、華やかな国風とは裏腹に親しみやすい人々で、終始会話も和やかに進んだ。
晩餐会ではあかねしか女性がいなかったこともあって、王妃が頻繁に声を掛けてくれた。
そのたびに緊張もしたが、友雅が間に入ってくれてスムーズに言葉は流れ、楽しい夕べを過ごすことが出来た。
「何だっけ、レッドカラントとかいうワイン、美味かったな」
「デザートのパイにも入ってたよね。甘酸っぱくて私もあれ美味しかった!」
「レッドカラントは、この国の名産だからね。色々加工されているんだろう」
天真が期待していた料理も、想像を超える豪華さだった。
肉はもちろん、海があるため魚介類も多くテーブルに並び、更に山で取れた新鮮な果実や野菜など。
すべての食材の味を活かしたシェフの腕前も、唸ってしまうほどの完璧なメニューだった。
「朝食につきましては、皆様のお時間に合わせてご用意させて頂きますので、お目覚めになりましたらご連絡下さいませ」
陛下は毎日八の刻に朝食を摂る習慣なので、そちらにご同席されても結構です、と執事は言った。
「いえ、おそらく本日の疲れがあるかと思いますので…申し訳ありません。ブランチくらいと考えて頂ければ良いのですが」
「承知致しました。では、そのように伝えておきます。皆様、今宵はゆっくりとお休み下さいませ」

執事が立ち去り、完全に姿が見えなくなったのを確認して、はあ、と天真がため息をついた。
「さすがに朝飯まで、王様と一緒ってのは勘弁して欲しいよな」
はっきりと口にした天真の言葉に、皆は苦笑いだけで肯定も否定もしなかった。



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Megumi,Ka

suga