魔法の夜は二人でワルツを

 003
あかねが眠っていたのは、おそらく小一時間ほど。
最初はそれほど眠気もなかったのに、ベッドに横になったらいつのまにか意識が途絶えていた。
全く自覚していなかったけれど、やはり緊張感から疲労に繋がっていたのかもしれない。
「お目覚めだね」
目を開けると、ベッドの脇にあるソファに友雅が腰掛けていた。
「あ…友雅さん。ずっとそこにいたんですか?」
「残念ながら、寝顔を見ていられたのは5分ほどだ。ちょっと色々とあってね」
起き上がろうとするあかねを、そのままで、と彼はせき止めた。
すでに儀式は無事終わったのだ。ゆっくり休んでいても、何ら問題はない。
「先ほど国王からお言葉を頂いたよ、"心から感謝する"ってね。王妃も喜ばれていたそうだ」
「そうですか…良かった」
目に見える変化ではないから、本当に成功したのか不安もあった。
だが、皆が喜んでくれたならそれで良い。望んでくれたどおりに執り行なえて、あかねはホッと胸を撫で下ろした。

「それでね、頑張ってくれた上級巫女殿に感謝を込めて、今宵は晩餐会を開いて下さるそうだ」
「ば、晩餐会…?」
お言葉に甘えてもうしばらく横になろうかと思ったが、友雅の話を聞いてそうも行かなくなった。
上級巫女は、公の場に顔を出すことはない。
民は上級巫女が存在していることだけを理解し、敬い、讃えるというものである。
祖国である龍京でさえ、宮中の外であかね=上級巫女というのを知っている者はほぼ皆無。彼女の保護者であった叔父母夫妻は周知しているが、それらは一切他言無用と決められている。
「本来ならもっと、賑やかなパーティーにしたかったそうだけれど、時間がないからね。それに、晩餐会の方が人数も限定されるから気楽だろうとのお考えでね」
気楽だなんて、とんでもない。
何せ国王主催の晩餐会だ。出席するのは王族のみと決まってる。
今でも自国の王と対面するときは緊張するのに、ほぼ初対面の他国の王族に囲まれてのディナーだなんて…。
「それに、何も用意していませんよ…?」
晩餐会という以上、ドレスコードも最低限必要なはず。
国賓として招かれた手前、そこそこの正装を準備してきてはいるけれど、晩餐会の身なりには心もとない。

「それについては心配しなくても良いよ。どうぞ、お入り下さい」
困惑しているあかねをよそに、入口の方に向けて声をかける。
友雅の声を合図に、数人のメイドたちが大きな箱を抱えて、次々と部屋の中に入って来た。
「え、ちょっ…と、うわあっ!」
箱の蓋を開けたとたん、思わずあかねは声を上げてしまった。
サーモンピンク、ワインレッド、ミッドナイトブルー…。
上質なレースと刺繍、艶やかなシルク生地。どれもこれも最高級品で仕立てられた、豪華なパーティードレスだ。
「あかね殿のために用意して下さったそうだ。好きなものを選んで良いんだよ」
「好きなものって言われても、こ、こんなすごいの、どれを着ていいのか…」
目の前にあるドレスは、あかねにとってあまりにも非日常的なもの。
宮殿の華やかな装飾と並んで、用意されたドレスも物語のお姫様が着るような華やかさ。
「わ、私がこんなの似合いますか!?」
「なかなか似合うんじゃないかと思うがね。普段の愛らしさとは違って、大人の女性らしさが醸し出されて良いと思うよ」

大人の女性…か。
ちょっと気後れしそうなドレスだけれど、これを着れば大人っぽく見られる?
少しは、彼に相応しい女性に見てもらえる…かな?
それまで躊躇していたあかねの心が、わずかに揺らぎ始めた。
いつもとは違う自分になれたら、もっと大人っぽくなれたら…と、彼の顔を見る。
こんな豪華なドレス、女性なら誰でも一度は袖を通してみたいと思うはず。
思いっきりドレスアップする機会なんて、これから先あるかどうか分からない。
そう思えば思うほど、気持ちが高揚して来る。
「じゃ、あの…御厚意に甘えて…」
この際だから、遠慮しないで挑戦してみよう。
似合うかどうかは別としても、やっぱりお姫様のようなドレス…纏ってみたい好奇心は止められない。

「では、ここから先は皆様にお任せ致しましょうか」
友雅はそう言うと、部屋を出て行こうとする。
あかねのドレスだけではなく、彼や頼久たちの衣装も用意されてあるのだと言う。
外交関係者や貴族などが相手ならともかく、国王との晩餐会となれば男性もドレスアップが必要とのことで。
「姫君のエスコートに恥じないよう、服装を整えておくよ」
笑いながら、彼はそう言い残して部屋を出た。
エスコートに恥じないように…なんて、それはこちらが言う台詞。
どんなにシンプルなスタイルでも、彼なら自身が華を醸し出すに決まっている。
その彼の隣に立って、恥ずかしくないような出で立ちになりたい。

「お召しになられるドレスは、お決まりですか?」
「え?あ…ええっと…」
あかねは我に返り、改めて用意されたドレスに目を向けた。
サーモンピンクは可愛いけれど、いつもの雰囲気と変わらない気がする。可愛らしさよりも、大人っぽさが欲しいところ。
ワインレッドは華やかで素敵だが、さすがにこのインパクトには気圧されてしまいそうな。
そうなると、消去法で最後に残ったのはミッドナイトブルーのドレス。
普段はあまり着ない色だ。意識することも、あまりないカラー。
「落ち着きがあって、上品で良いお召し物ですよ」
メイドの声が、あかねの耳に届く。
そっか…。色やデザインで暖色系の方が目を惹くけど、ブルーって落ち着いて見えるよね。
黒のレースとか、ブルーのオーガンジーとか…。ちょっと光沢があるから地味じゃないし上品、か。
いつもは子どもっぽい自分だから、華やかさより落ち着きの方が必要かも…。
「それじゃ、このブルーのドレスでお願いします」
「承知致しました。では、こちらのお色とドレスに合うアクセサリーと、メイクをご用意致しますね」
「えっ、メイク…も!?」
「もちろんです。私共にお任せ下さいませ」
そう言って、持って来たメイクボックスをメイドが開ける。
まるでパステルか絵の具みたいに、カラフルな色のチークやルージュがずらっと並んでいる。
どうやら本格的な、パーティーメイクを施されるようだ。
この国にやって来た時から、次から次へどきどきする展開が止まらない。


テラスの窓から、慌ただしそうなメイドたちの姿が見える。
時折肉や野菜を抱えた男たちが行き来しているところをみると、あの部屋はどうやら厨房らしい。
「晩餐会とか銘打ってんだから、そりゃ普通の飯の支度じゃねえよなー」
宮殿内であるから、普段から食事も豪華なものなのだろうが、来賓があるとなれば更に力も入るだろう。
旅に出る前に、この国の名産をチェックしておけば良かったな、とつぶやく天真の横で、頼久が少し呆れ気味に笑った。
「で、何時だっけ晩餐会って」
「確か、夕の六刻と言っていたよ」
時計の針は、もうすぐ五の数字の場所。あと1時間ほど掛かるというわけだ。
「このカッコでずっと待ってろってかぁ。既に息苦しいんだけどオレ」
比較的スタイリッシュな燕尾服とはいえ、リボンタイやカフスボタンやポケットチーフにサスペンダーなんて、着慣れない格好で長時間過ごすのは堅苦しい。
「まあ、そう言わずに。なかなか似合っているよ天真」
「おまえに言われたくないわ!」
国王も友雅のイメージを察したのか、彼に用意されたのはブラックのロングタキシード。
ネクタイを飾るチェーンのアクセサリーが、光沢のある生地にまたよく映える…というか、彼のイメージにハマりすぎだ。


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Megumi,Ka

suga