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君薫る風を待つ
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| 006 |
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「ちょっと待っておいで。すぐに戻って来るから」
急に友雅は立ち上がると、マントも羽織らずに部屋を出て行った。
土産に持ち帰ったものがあるので、それを取りに行って来ると言い残して。
再び部屋の中で一人になったあかねだが、数日間の寂しさはなかった。
一時、彼に抱きしめてもらっていたからか。
それとも、すぐに彼が戻って来てくれるという、確実なことがあるからか。
「どっちにしても…友雅さんが帰って来てくれたから、だよね…」
それだけで、こんなに気持ちに変化が出来てしまう。
我ながら単純で、未熟で情けない気もするけど…。
……好きなんだもん、しょうがないや…。
ころん、とベッドに上に寝転がる。
枕に忍ばせた彼のコロンも、明日はきっと寂しく感じない。
コンコン
ドアをノックする音がして、あかねは飛び起きるとすぐに鍵を下ろした。
「ちょっと開けてもらえるかな。両手が塞がっているんだよ」
「え?どうしたんです……うわっ!」
言われた通りにノブを引くと、目の前に赤や白の小さな花が飛び込んで来た。
そして、ほんのり甘い花の香り…。
友雅の腕に抱えられた、いっぱいの花を咲かせた木の枝の束。
「これ…え、葉っぱが無いのにこんなに花が咲いてる!初めて見た…こんなの!」
「珍しい花木だね。私も初めて見たよ。東南の国から伝わったものらしい」
葉がひとつも着いていないから、枯れているのかと思ったらそうでもないようで。
元から花のあとに葉が茂り、いずれは実もつくのだという。
「それで、その実を漬け込んで作ったシロップが、これなんだそうだよ」
取り出したボトルの底には、果実と思われる実がごろごろと漬け込まれている。
液体の色は琥珀色。或いは紅茶のような色にも見える。
ボトルの蓋を開けて、鼻を利かせてみると……
「あ、何だか甘酸っぱい香り!」
「そうだね。さっぱりして美味しいらしい。湯や氷水で割って飲むと良いそうだ」
「へえ〜。じゃあさっそく作ってみます!友雅さんも飲みますよね!」
あかねはカップをふたつ取り出し、シロップを三分の一ほど注ぎ入れた。
そしてポットからお湯を注ぎ足してみると、あの甘酸っぱい香りが湯気とともに立ち上ってくる。
「んんー、美味しそう!」
彼にカップを手渡して、ソファに腰掛けて少しずつ口に運ぶ。
熱いけれど、甘い。甘いけれど酸っぱい。
でも……そのバランスが絶妙な喉ごしと味わい。
「美味しい!すっごく甘酸っぱくって美味しいですよこれっ!」
「うん、良い味だ。シャンパンとかで割っても良いかな」
果実酒はいろいろあるが、こういう酸味がしっかり利いたものは珍しい。
手のひらに乗るほど小さな実が、砂糖漬けにするだけでこんなシロップに出来上がるとは。
「いろんな植物があるんですねえ…」
「そうだね。まだまだ私たちの知らないものがこの世にはある、ということだね」
それほどに、世界は広い。
果てしないほど、考えるのも嫌になるほど…その最果てがどこかさえも検討が着かないくらいに。
「それだけ世界が広くても、あかね殿だけは見つけられたのだから、運命というものは不思議だね」
カップから伝わる熱が、手のひらを暖めて行く。
持ち帰って来た枝の小さな花たちが、彼女の顔に重なる。
「やっぱりよく似てるね。あかね殿は、この花そのものだ」
「え?この花……?」
初めて見るこの花が、自分に似ているって?
あかねは首をかしげながらそれをじっと見ると、くすっと友雅が笑った。
「甘くて優しい香りがするし、何より愛らしさがそっくりだ。初めて見たときから、そう思ってたんだ」
「そ、そーなんですかっ…?」
「そう。だから、目を離せなかったんだよ」
窓辺を飾る華やかな薔薇も、君の美しさには相応しいだろう。
けれどそれよりも、こんな風に小さく愛らしい花こそが、君そのものと感じる。
薔薇の気高さなどより、優しく可愛いこの花に君を重ねたから…
「だから、どうしても持ち帰りたかったのかな」
土産にしたいと思いながら、それを欲しかったのは実は自分だったりして。
「我がものにしたかったのかもしれないね。君に似ている花だから…尚更に」
コトン、とテーブルにふたつのカップが置かれる。
まだ湯気も中身も残っているけれど、甘酸っぱいドリンクよりも甘いものが欲しくなったから。
「……友雅さん」
腕の中で、あかねが名を呼んだ。
「ふふ…もう寂しくないです。今夜はちゃんと、ゆっくり寝られそう…」
「ゆっくり寝るつもり?私は、まだその気はないのだけど」
三日間の出来事を、まだまだ君に話し足りない。
それに、三日間の間に君が経験したことを、まだ全部聞き出していない。
「眠いのなら、眠くならないようにしてあげないと、いけないかな」
おやすみのためのキスじゃなくて、目が覚めるようなキス。
恋人同士が時間を過ごすために必要な、とびきりのエッセンスが入ったキスを交わせば、眠気なんて吹っ飛んでしまう。
「やっぱり香りだけじゃ、つまんないですね」
枕に顔をうずめて、あかねが笑いながら言った。
彼のコロンがそこにあっても、彼自身がいなくちゃ意味が無い。
「形のない香りより、ここにいる私に触れなさい」
ぎゅっと抱きしめられて、柔らかいブランケットに二人は包み込まれる
眠れないけど、心地良い。
あなたのぬくもりが-----------すべてを暖める。
春の訪れを伝える花の蕾が開く前に、私はあなたのそばで花になる。
-----THE END-----
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