君薫る風を待つ

 005
外に出ると、満天の星が瞬いている。
雲一つない暗黒の空だが、星と月明かりが重苦しさなど吹き飛ばしている。
しかし、気温はかなり冷え込んでいた。
入口で出迎えるだけなのに、皆が厚手のコートを羽織って待機しているほどだ。

分厚い木の戸が門番によって開かれると、馬車が静かに王宮内へと入って来る。
とぼとぼとランタンをぶらさけて、護衛官たちを先導に歩いている。
やがて、入口の前でそれらは足を止めた。
皇太子に護衛官たちがまず頭を垂れると、すぐに彼らは馬車の裏側に向かった。
車の後ろから、まず友雅の姿が見えた。
足下を確認してから、一歩ずつ王が車から下りて来る。
ランタンを手に持った護衛官を前に、王は出迎えた者たちの前にやって来た。
「長旅、ご苦労様でした。ご無事での帰還、大変喜ばしく思います」
「うむ。有意義な渡航だった。留守の間、世話をかけてすまなかった」
「とんでもございません。どうぞ今宵はゆっくりお休み下さい」
国に戻って、道中の疲れもピークに達しているだろう。
浴場には疲労回復の薬湯が用意され、寝室もすぐに休めるようベッドメイクが整っている。

「友雅も、早く中へいらっしゃいな」
「ああ、私は車の中の荷物を整理してから……」
突然小さな手が、友雅のマントをぎゅっと掴んだ。
はっとして立ち止まり振り返った瞬間、しがみついてきたのは……。
「…友雅、荷物なんて明日で良いから。早く一緒に部屋に戻りなさい」
二人の姿をちらっと見ただけで、彼女は一言それだけを告げて中に消えて行く。
まだ冬の気配が抜けない夜。
コートが必要な夜なのに…そこから動けないでいる。
見上げれば、星。
そして…月の明かりを見て、やっと友雅は我に返った。
「あかね殿、寒いよここは。殿下のおっしゃったように、部屋に戻ろう」
自分にしがみついている彼女の背を、覆うように手を伸ばして。
従者に荷物の片付けを頼み、友雅は彼女を連れて瑠璃の館へと向かった。



三日振りに戻って来たが、自分の部屋には行かなかった。
まず、彼女を部屋に連れて行ってから。
王宮に戻れば、あかねのことが最優先だからだ。
「おかえりなさい…」
部屋に戻ってから、やっとあかねが言った。
それまではずっと自分にしがみついているだけで、廊下を歩いている間も何も言わなかった。
「ようやく、いつもの生活に戻れる。やっぱり旅は、疲れることばかりだね」
そうは言っても、月に一度の彼女との外泊だけは別だ。
王宮を出て、二人で宿を取って。
もちろんそれは仕事の一環ではあるのだけれど、その間は普通の恋人同士として振る舞える。
時には夫婦と間違われて、照れくさかったり、でも嬉しかったり。
一緒にいるのが愛する人であれば、短い旅でも気持ちは充実しているものだ。

「今夜はその…ゆっくり休んで下さいね」
王を迎えた皇太子と同じように、あかねは友雅にそう言う。
「そうだね。じゃあ、ここで休ませてもらっても…良いかい?」
こくり、と小さくうなづく。
旅の疲れを癒すのには、彼女のぬくもりが必要不可欠なのだ。


窓辺の花は、新しいものに入れ替わっていた。
白百合はなくて、薄いピンクと白い薔薇が花束のように飾られている。
ベッドの前に立った友雅は、寝室の中に馴染みのある香りが広がっていることに気付いた。
花の香りじゃない。これは……そう、ベッドサイドのテーブルに置かれた、友雅にとっては親しみのある緑色の小瓶。
「どうしたんだい?どこかで買って来たのかな?」
「ううん…。あの、殿下が下さったんです」
何故か眠れない日が続いていたあかねに、特効薬だからと持って来てくれた。
この香りを枕に忍ばせておけば、きっとよく眠れると言って。
「…眠れた?」
「眠れた…ことは眠れたんですけど……逆にその……」

目覚めたら、その人がそばにいなかった。
夢だと、気付いた。
そうしたら…………。
「今度は無性に寂しくなっちゃって…」
あなたがいないことが寂しくて、胸の奥に空いた穴が塞がらなくて。
「また寝たら、また同じようなことになりそうで…。寝るのが怖くて……」
何度も寂しいと自覚することが、辛いから。
「たった三日なのに、おかしいですよね?これくらいの日数、一人で過ごせなきゃどうしようもないのに。分かってるのに、でも…」
分かっていても、どうしても心が嘘を拒んだ。
彼の香りに包まれて眠るたび、いつもなら抱きしめてくれていた腕も、ぬくもりも夢から覚めたら消えていて。
それを寂しいというのだと、くりかえし思い知られた。
「全然平気じゃなかったんですっ、友雅さんが…いないのが私…」


突然、目の前に立ちはだかった暗闇。
背中に柔らかな感触、代わりに受け止める彼の体重。
ベッドの上で抱き合う、三日振りのシチュエーション。
「やっぱり、私と君とはいつも同じ気持ちでいられるんだね」
頬に掛かる髪を払い除けて、潤みがちな瞳を見つめながら、頬を撫でる。
ぬくもりがそばにいなくて寂しかったのは、自分だけではなく彼女も同じだった。
離れれば離れるほど、それを感じる。
離れられないことに気付かされる。
「たった三日だけれど、その三日はとても長い。あかね殿がいないだけで、とてつもない時間を過ごしているように思える」
一緒にいるときはあっという間なのに、不条理だ。
もっと長くいたいと思うのに、そういう時だけは早く終わってしまうなんて。

だからもっともっと…こうしてここで。
触れ合える位置で、抱き合える距離でそばにいたいと思う。

三日間、あかね殿のことをずっと考えていたよ。
目につくものすべてに、君と重なるイメージを探しては、君と同じように寂しさを感じて。
情けないくらいに寂しくて。
ここに君がいないことが不自然に感じて。

それくらい二人が一緒にいることが、あたりまえになっていたんだ。



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Megumi,Ka

suga