君薫る風を待つ

 004
「これは…素晴らしいものですね」
差し出されたものは、木彫り細工のリースだった。
技法のすべてを注ぎ込まれて、丹念に彫られた細やかな装飾に加え、精密な部分までしっかりと飴色になるまで磨き込まれている。
木彫りでありながら、まるで琥珀のような輝きさえ感じさせる。
宝飾品でさえこれに勝るほどのものは、そうお目にかかれないだろう。
「自国の中で選りすぐりの職人の技を兼ね合わせた、国宝級の品物です。お持ち帰り下さい」
彼の国王は、寄り添った皇后と仲睦まじく微笑みながら、それらを勧めてくれた。
国交を避けていた国が、自国の技術を集めたものを贈るというのは、つまりこちらを快く感じてくれたということ。
渡航した甲斐があった…と、そういう結果であろう。
「卓越したこの技術を守るためにも、災害などが起こった際は支援し合う関係を築いて参りましょう」
互いの王は強く握手を交わし、事無く今回の渡航は予定を終えた。


帰りの支度が整うまでの間、友雅はふらりと城内の庭に出てみた。
龍京と比べれば随分と小さな庭であるが、自分たちが見慣れた風景とは趣も違う植物が咲き乱れている。
「さて、どうしようかね…。まだ土産も見繕っていないし…」
あかねに手土産でも、と考えてはいたのだが、側近ともなるとやはり慌ただしいことが次々とあるもので。
それらにかまけていたら、買い物なんて余裕もなくなっていて、気付いたら帰路につく直前だ。
土産を忘れたら機嫌を損ねるとか、そんなタイプの彼女ではないけれども。
でも、三日間そばにいられなかった分、喜ばせてやれるものを携えて帰りたい気持ちがある。

「どうなさいましたか」
庭を歩いていた友雅に声をかけたのは、この国の王の側近の男性だった。
年は六十になるかならないかくらい。落ち着いた雰囲気の、王からすれば父くらいの年齢になるだろうか。
「しばらくゆっくりして頂きたいところですが、そうも行かぬようで残念ですな」
「ええ、あまり長く王が国にいないのは、民の不安でしょうし」
暖かな日差しに、深い緑がきらりと輝く。
小鳥は歌うように鳴きながら空を舞い、ふとどこからか…かすかな甘い香りがしたような。
「近くで花が咲いている…のでしょうか?」
「ああ、お気づきになりましたか。この柵の裏手にある花木でございます」
彼はそう言って、友雅を奥へと案内した。
古びた柵の戸を開いたとたん、その香りが更に深く香ってきた。

「これは…不思議な花木ですね。葉もないのに、花が咲いている」
小さくて丸みを帯びた花は、白だったり紅色だったり。
紅もまた濃いもの、淡いものと多種多様。
そしてその木は葉がないのも不思議ではあるが、枝振りや幹の形も奇妙なものであった。
「まるで踊りでも踊っているかのようですね。くねりながら細い枝を多く伸ばして、その先に花が…」
「遠く東の国から、古い時代に伝わった花木です。この辺りでは、我が国にしか生息しておりません」
東の遠方は、友雅たちにも未知の世界だ。
そんなところと、この小国は昔から国交をしていたのか。

「それにしても可愛らしい花だ。膨らんだ蕾もまた、愛らしくて味がある」
小さく硬いその蕾は、もうすぐ花開こうと色づき始めている。
しばらくすれば、このように花がゆっくりと開いて行くのだと言う。
「香りもありますが、この木は実も付くのですよ。その実は食用や薬にも使われます。用途のある花木です」
「へえ…そうか。それは良いね」
友雅はもう一度、花を見つめた。
何故だろう。華やかさとは違うのに、目を離せなくなる愛らしさがある。
このかすかな甘い香り…春の兆しが見え始めた頃のような、優しくて可憐な香り。

「この花木は、町の花屋などで売っているのかな」
ふと、友雅は思い付いた。
自分が何故、この花に惹き付けられたか、その意味に気付いたから。
「自国への手土産に、買って帰りたいのだけれど」
「何を申されますやら。それならば、遠慮なくここの枝を切ってお持ち下され」
彼は納戸からハサミを取り出し、あろう事かばきばきと目の前で花の咲く枝を切り始めた。
「そんなことをしても、良いのかい?」
「この花木は、枝を切り詰めた方が良いのです。実の付き方も悪くなりますし。花枝を喜んで頂けるのならば、こちらも大歓迎です」
雪のように白い花や、艶やかな紅、愛らしい薄桃…。
両手に抱えるほどの枝には、色とりどりの花がこんもりと咲き誇った。
「どこぞの女性への手土産ですかな」
「…ええ。私の一番大切な姫へ贈るつもりです」
この花のように愛らしくて初々しくて、甘く優しい彼女のために。
「では、この花の実で作った飲み物があります。それらも一緒にお持ちすると喜ばれるでしょう」
すっかり打ち解けた互いの側近同士は、そうしてしばらくの間ささやかな談笑を続けた。


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「どうしたものかしらねえ」
夕食の席で、ちまちまと食事をしているあかねを見ながら、隣で彼女がつぶやいている。
「もう少し食べたらどうなの。あかねの好きなものでしょう、これ」
「はい?ちゃんと食べてますけど」
確かにプレートには取り分けているけれど、その量はスプーンで3杯程度。
野菜とチーズをたっぷり使った、熱いホワイトソースのグラタンはあかねの好物で、出されたときは半分ほど取り分けて美味しそうに食べる。
それが、たったこれっぽっちでは、パンの上に乗せてもあっという間。

「まだ眠れないの?昨日も寝不足?」
「いえ、昨日はちゃんと寝られました。大丈夫です」
ちゃんと眠れたのは間違いない…のだけれど、夢を見た。
そこにいない人の夢を見た。
目覚めたとき、その人がいないことを改めて気付いた。
言葉にできない感情が、胸の奥に溜まってしまって……今に至る。
「まあ良いわ…。もうそろそろ、お戻りになられる時間でしょ」
時計の針は、午後9時近くになっている。
既にあちらの国を出たと連絡が入り、遅くても今夜には王宮に戻ると告げられた。
だから、皆部屋に戻らずにここにいる。

しばらくして、執事の一人が部屋にやって来た。
「殿下、ただいま国境の門番より、陛下の馬車が通り過ぎたとの連絡が入りました。半時間ほどで、お着きになると思われます」
「ようやくですわね。じゃ、そろそろこちらもお出迎えの用意をしましょうか」
それを聞いて、あかねもすぐに席を立とうとしたが、彼女がそれを引き止めた。
「あかねはまだダメ。それくらいの量なのだから、ちゃんと食べ終えてからよ」
食事のことで忠告されるなんて、子どもの時以来だ。
でも、彼女の言葉を無視できないし。でも、やっぱり落ち着かないし。
残ったものを、早口でぱっぱっとたいらげて、カモミールティーでフィニッシュとした。



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Megumi,Ka

suga