夢の終わりに

 006
夢…なのだろうか。これはまだ、夢の途中なのだろうか。
それは、自分が悩み抱いていたこと。
あかねは腕の中で、小刻みに震えながら泣きじゃくっている。

「みんな…役目が終わってから、それぞれお仕事に戻ったり…これまで通りの生活に戻ってるけど…私にはそんなことが出来る場所がないんです…」
自分だけが、その場に取り残されているようで。
それでいて、これまで一緒だった人たちと会うことも少なくなって。
「友雅さんとだって…会う機会が少なくなっちゃって…それも、どんどん長くなって…寂しくって…」
このまま、会えなくなっちゃったらどうしようかと…そう思うと不安で仕方が無かった。
涙をこぼしながら、そう声を上擦らせてあかねは泣き続ける。

「だからっ…そんな京に戻らずに…天界に行けば私…ずっと友雅さんのそばで…」
過去の記憶が、あかねの言葉とシンクロした。
よく思い出せないが、どこかでそんな言葉を聞いた気がする。
でも、それ以上鮮明には蘇る事はなかった。
しかし、何となく分かりかけて来た。この状況の意味が何であるのかを。

「お願い。友雅さん…居場所のない京にはいたくないの。でも、だからって…元の世界にも戻りたくないの…。」
---------だって、そうなったら永遠に友雅さんと会えなくなっちゃう。
おそらく彼女の言葉は、そう続いたはず。
だが、友雅はそれを遮った。
あかねを強く抱きしめて、涙が伝った唇を塞いで。

「すまなかった。私の夢に君を巻き込んだりして………」
この夢は、自分の願望だ。
何不自由の無い暖かで恵まれた世界…桃源郷に憧れたのも、自分の願望。
そして、彼女を二度と手放さないためには、どうすれば良いのか悩み続け、それならばいっそ彼女と結ばれてしまえば…と、それもまた自分が思い描いたものだ。
すべてが、ただ自分の本能から生まれた幻影。
それらが形となった、夢の光景。

こうしてあかねが、自分と共に生きることをせがむのも、そうあって欲しいと願う…自分の独りよがりな願望の証だ。
でも、それは本当の彼女ではないし、彼女の心ではない。
欲しいものは------真実の彼女の心。
自分の夢の中にいる彼女ではないのだ。


「帰ろう。やっぱり、早く京に戻らなくちゃいけない」
友雅はあかねを手を引いたが、彼女は背を向けた彼にもう一度しがみつく。
「離ればなれになるところになんか…帰りたくないです…」
彼女の言葉に、何度もくじけそうになる。
もう一度抱きしめて橋を飛び降りて、二人だけの世界に逃げても良いのではないかと、心は揺れる。
だが、このままじゃだめだ。
ここは二人だけの世界じゃない。
自分ひとりの思いだけが作る、もっと孤独で空しい世界なのだから。

「もし、目が覚めて…この夢を私が覚えていたら……」
しがみつく彼女の手を、友雅はそっと包むように触れる。
「その時は、すぐに君のところに会いに行くと約束するよ。」
例え仕事があったとしても、外が大雨であったとしても……この夢に気付いたら、きっとじっとしていられないと思う。
朝であろうと深夜であろうと、彼女に会いに行く。
そして……

「夢が現実になるように、君をさらいに行く。君が住む場所を用意して…ね。」
もう迷いはしない。
もう一度、二人で生きて行くことの幸せを確かめたい。
この橋を渡り終えて、目が覚めたとき…この感触を覚えていたならきっと、伝えられる。
----君のいない世界こそが、空虚なのだから、と。





空気が重いのは、おそらく雨のせいだろう。また今日も天気が悪いようだ。
こういう朝は、目覚めの身体も重い。だけど……今朝は少し違う。
「殿、今朝は随分とごゆっくりでらっしゃいますのね」
友雅が気怠そうに起き上がったのを見て、侍女が角盥を持ってやって来たが、彼は何も答えなかった。
「殿?お身体でも悪うございますか?」
「……いや、そういうわけではないんだが」
どこか、心ここにあらずな雰囲気の彼は、頭を抱えながらぼんやりとしている。
「朝餉のご用意が出来ておりますので、お支度が済まれましたら、どうぞお越し下さいませ。」
侍女はそう告げて、部屋を後にした。

再び一人になって、友雅は考える。
何故、こんなに身体が気怠いほど疲れているか…その意味を。
どうしてだ?忘れているはず…だったのに。
目覚めれば何もかも、あの時のように忘れているだろうと思っていたのに…この手は、最後に抱きしめたぬくもりを覚えている。
涙で潤ませた瞳も、この胸にしがみついて彼女が嘆いた言葉も…すべて記憶に刻まれている。
「何故今回だけ…覚えているんだ?」
ひとときとは言え、天界の彼らに祝福されて結ばれて、春の野を二人で歩いたことも、まるでさっき起こったことのように鮮やかに甦る。

着替えるために友雅は立ち上がり、衣架に掛けてある衣に近付こうとした。
その時、つま先が何かにコツンと当たって、それらが小さな音をたてて転がった。
何だ?香炉にでもつまづいたか…と目を下ろしてみて、彼は唖然としたまま立ちつくしたが、すぐにそれを手に取った。
……白い八角形の、細やかな細工を施した小箱。
まさか…。何故これがここに…。

”そなたの夢が、その中に閉じ込められてある。"
北斗星君が告げた言葉が、その小箱を手に取った瞬間甦ってきた。

私の夢…か。
改めて実感する。すべてあれは、私が夢見ていたこと…。
彼女と結ばれることも、彼女が涙を流すほどに自分を求めたのも、それはすべて自分の中にある真実の裏返し。
結ばれたかったのは…自分だ。求めて欲しかったのだ、自分を。
夢にまで見て、挙げ句の果てに、彼女を自分の思い通りに動かして…。
あのまま目覚めなかったら、ただの傲慢な独りよがりの…自己陶酔の夢じゃないか。馬鹿馬鹿しくて、笑うしかない。

でも-------そのおかげで、気付いた。どんなに自分が、彼女を求めているのかを。
儚い夢では終わらせたくないのだ。
この夢を覚えている限り……もう気持ちを抑え込むことはできない。


「悪いが、土御門家へ出掛けてくるよ。」
「えっ…殿!?急にどうなされましたの!?今朝は、雨が降っておりますわ!!」
約束したのだ。例え雨が降っていても……この夢を覚えていたら、会いに行くと。
「車はいいよ。馬で行くから。」
のんびりした車の歩みなんかに、付き合っていられない。
一時でも良いから、早く彼女に会いたい。
そして……会ったその時は------------。

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「不思議なこともあるものですわねえ…。一体、どういうことなのでしょうか…」
藤姫はあかねの部屋で、彼女と共に首を傾げていた。
それもそのはず。あかねが今朝目覚めたら、辺り一面に衣や装束や花が散らばっていたからだ。
羽衣のように透き通って軽い衣、衣装は色鮮やかで、少し古風な女官らしきもの。そして、春先の花があかねを取り囲むように舞い落ちていた。
「取り敢えず、片づけをいたしましょうか…」
そう言って藤姫は、波打つ衣を手に取って集めた。

部屋の外が、騒がしくなった。
何があったのだろうか?とあかねたちは耳を澄ます。
すると、急に部屋の戸ががらりと開いた。
慌ただしく後を追い掛けてきた侍女だったが、彼は何も言わずに、その場に立っている。
淡い色の衣を湿らせ、長い髪から雨の滴を滴らせて。



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Megumi,Ka

suga