夢の終わりに

 003
「一体、何をお考えなのですか、お二人とも…」
あかねが姿を消したあと、友雅は彼らに問いかけた。
いきなり彼女とともに、この世界に再び連れてこられたと思ったら、こんなに豪勢な宴に招かれて。
しかも、これが自分たちの婚儀の宴なのだと言われるし。
友雅としても訳が分からず、これは何が何でも説明を仰がねばなるまい。

「いえねえ…あなた方がここを去る時から、今後お二人がどうなるのか興味津々だったんですよ。」
「そなた達の世界を監視しつつ、二人の様子も終始伺っていた。」
「ふう…悪趣味ですね。神とあろうお二人が、下界人の恋を覗き見ですか?」
困ったものだ。ずっと見られていたのか。
こちらはすっかりこの天界を忘れていたのに、彼らはずっと自分たちのことを見ていた…と。

目が覚めてから、何か大切なものが胸に残っている気がして、無意識のうちに彼女のところへ出向いて。
そして、彼女の顔を見て気付いたのだ。
彼女の存在が自分にとって、特別なものであることに。
自分が八葉だからではなくて、勿論彼女が神子だからというわけでもない。
それは、男が女性を恋い慕う想いなのだと。

「随分と仲睦まじいようじゃありませんか。微笑ましく眺めておりましたよ。」
「やれやれ…早まらなくて良かった。そこまで目が行き届いていたとは…下手なことは出来ませんね。」
まるで、最初からそうなるだろうと分かっていたように、瞬く間に恋に落ちて。
自然なままに互いの手を繋いだ。
離れないように、解けないように、しっかりと。
「ですから、あなたも一緒にお呼びしたのですよ。おそらく、神子と離れるのは辛いんじゃないかと思いましてね。」
無邪気に言ってのける南斗星君の言葉に、友雅は苦笑いで応えるしかなかった。

ここのところ忙しくて、土御門家もすっかりご無沙汰で。
何より、彼女の顔が見られないことが辛い日々の繰り返し。
どうにか時間が取れないだろうかと、悩み続けていたところだった。
「例え夢の中でも、神子の顔が見られて嬉しいでしょう?」
「…神様には、隠し事は出来ないということですね」
そう言って友雅は、盃の酒を飲み干した。


「南斗様、北斗様、神子様のお支度が済みました」
一人の天女が、先にこちらにやって来てそう言った。
彼らが目を向けた先にいたのは、4人の天女たちに囲まれたあかねの姿だった。
「ああ、これはまあ…よくお似合いですよ、神子。そうしていると、天女と見まごうようですね」
南斗星君はきらびやかに仕立てられた、あかねを見て微笑んだ。
細長や小袿、十二単などとは違う、斬新で華やかな色遣いの装束。
羽衣のような領巾、睡蓮を写し取ったような色の大袖。まるで絵巻物に描かれた、吉祥天の御姿にも似て。
「その姿なら、花嫁として十分であろう。さあ、こちらに参るが良い。」
北斗星君は手を差し伸べて、あかねを手招きした。
だが、着慣れない格好に着飾られ、更に突然"花嫁"なんて形容詞を付けられて、彼女は立ち往生したまま身動きも取れない。

「おやまあ、かなり緊張してるみたいですねえ。さあ、花嫁の手を引いてあげなさい、旦那様?」
友雅の背中を、南斗星君が軽く押すようにして、前へと進ませた。
瞳を潤ませて唇を震わせ、それでも何とか踏ん張るようにしてあかねはそこにいる。動きたくても、動けないのだろう。

「…何だか、おかしなことになってしまったね。」
あかねは顔を上げて、手を取ってくれる友雅の顔を見たが、その目にはただ戸惑いしかない。
薄く施した化粧で、いつもよりも唇が赤みを帯びて艶やかに光っている。
「あなた達の婚儀を祝ってさしあげようと、ここへお招きしたのですよ?」
南斗星君が空に手をかざすと、友雅たちの周りに花びらが舞い踊り、小鳥が歌うようにさえずり始める。
暖かな日差しが頭上から注ぐと、周りを囲む池の表面をきらきらと輝かせた。

「そなた達が結ばれることを、我らが祝福しよう。」
北斗星君の祝辞に続いて、仙童たちが花束を持って駆け寄って来る。
色とりどりの花を散りばめたそれを、彼らはあかねたちに捧げた。
「天界の名において、二人に永遠の幸福を授ける。命尽きる時まで、共に人生を謳歌するが良い。」

言葉のあと、天女たちが三三九度のように盃を二人に勧めた。
本当に…これじゃ結婚式そのものだ。
いや、婚儀の宴と言っていたのだから、実際に結婚式であるのだろうけれど…。
でもこれは……夢。とてもリアルな夢。
以前のように、目覚めたらきっと何も覚えていない…はず。
そう思うと、あかねの胸は少しきゅうっと締め付けられた。

盃を少し舐めただけで、ふわりと赤くなった頬に友雅の手が触れる。
誓いのキスは、あかねには少し大人の味だった。

+++++

あっけないほど婚儀という名の儀式は、すぐに終わってしまった。
メインイベントは終了したのだから、あとは自由にこの世界を楽しんで行きなさい、と言って、南斗星君はすべての門を開け放ってくれた。
「目覚めるまで、お二人でごゆっくりお過ごしなさい。しばらく会えなかった寂しさが、吹き飛んでしまうくらいにね。大丈夫、ここではなーんにも遠慮はいりませんから!」
「そうは言われても…これまで天から覗かれていたと知ったあとでは、羽目を外す勇気はありませんがね。」
「の、覗かれてたって、どういうことですかっ!?」
「まあまあ、詳しくは旦那様にお尋ねなさい。」
友雅の隣で狼狽えるあかねを、南斗星君達は微笑ましそうに眺めながら、そう答えて送り出した。


取り敢えず宛ても無いまま、門をくぐって南斗宮の外へ出てみたは良いが、さてどこに行けば良いのか。
「あの時は、目的があって歩きまわってたんですもんね。でも、今回はそれも何もないし…」
「まあ、敢えて目的があるとすれば、せいぜい花嫁のご所望に沿うということくらいかな。」
無意識のうちに彼の腕に手を回していたあかねは、その言葉を聞いたとたん、ぱっと手を離した。
「急にどうしたんだい?」
「どう…って、その……」
また心臓がドキドキ言い始めた。
"花嫁"という言葉が、自分の事を表しているなんて…未だにピンとこないし、意識すると気恥ずかしいし。
花嫁には、対になる花婿という言葉があって。
つまり、夫となる人がいるということで……。

「相手が私では、不満だったかな?」
「ふっ不満なんて、そんなことっ…!」
不満も後悔もないけれど、急にこんなことになってしまったから、まだどうもパニックが治まらないみたいで。

「君が戸惑うのも、無理は無いよ。いきなりこんなところに連れて来られて、"さあ婚儀を始める"とか言われてもね。」
そんなことを話したこともないし、約束もしていなかったのに。
それがよりにもよって、他人から半ば強引にくっつけられてしまうとは。
「でも、正直悪い気分というわけでもないんだがね、私は。」
薄化粧と婚礼衣装のせいで、いつもより少し大人っぽい顔をしたあかねが、こちらを覗き込む。
「どうだい?しばらくの夢のひと時を、恋人から夫婦へと格上げした気分で味わうのも、楽しいと思わないかい?」
びっくりして表情をころころと変えるのは、普段通りの素直な反応。
友雅が一番気に入っている、彼女の和やかさの特徴だ。

「あの…私なんかでよければ…っ」
「それは、こちらの台詞だよ、神子殿…いや、斎妻殿と呼んだ方が良いかな。」
いつもと違う景色。
そして、いつもと違う関係となって…肩を抱かれながらあかねは友雅に寄り添う。
誰も知らない、ここにいる者だけが知る、特別な二人。
祝福されて結ばれた証は、隣にいるぬくもりが教えてくれる。
春の日差しに包まれたような、暖かい存在がここにある。



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Megumi,Ka

suga