素直な戯れ言

 003
強い腕の力で、身体を抱きすくめられる。頬をくすぐる友雅の髪がくすぐったい。
「やっと捕まえたよ。全く手の掛かる姫君だ………」
そう言って腕の中にいるあかねに、極上の友雅の笑顔が近付く。
「こうでもしないと、動いてくれそうになかったからね」

………やられた!!!!
と思った。友雅の作戦にまんまと引っかかった。
弁解もせず黙って引き下がれば、きっと追いかけてくるだろうと予測していたに違いない。
ここまで来て、その策略に気付くなんて……。

でも、黙っていられなかった。離れていかないで欲しかった。
ずっと側にいて欲しかったから、追いかけた。

「君がどう疑おうと、私が君に言ったことは本心だけだよ。君が好きだと言うことも、君を愛しているということも、すべて真実以外の何物でもない。」
頬に軽く唇を寄せて、歌を詠むように甘い台詞をこぼす。そのたびに、鼓動が早く鳴り響く。
「私が、君以外の人と話しているのが、そんなに気に入らなかった?」
「………」
だんまりを繰り返すあかねを見つめる。何て愛らしい我が儘の仕草。彼を好きだからこそ、拗ねるその表情。何よりも愛おしくて、つい悪戯心がうずいてくる。
「私に向かって、そう言ってごらん」
「えっ……」
「『自分以外の女性を見るな』って、そう私に言ってみせて。」
「そんなこと言われてもっ……」
「じゃあ、よそ見しても構わないかい?」
「………………」
言いたいけれど、言えない。
自分がどれだけ未熟な人間だか、知っているからこそそんな強気に出られない。
もっと自分が大人だったら、友雅に相応しい女性だったら大声で叫びたいけれど……今はまだ出来ない。

「困ったものだねぇ。この私がこの方、君以外の女性を見つめる事が出来なくなっているっていうのに。これ以上、どうやって君を見つめれば良いんだろうねえ?」
両手であかねの頬を支えて、唇が今にも触れそうなほど近付いて友雅が笑う。
「こんなに近くで、こうして君のそばにいないと…いてもたってもいられないほど、君しか見えないのに。どこまで君を想えば気が済むのかな?」
「そんなこと言われても……っ」
どうしていいか分からない。このままで
「歯がゆいね。この気持ちが君には伝わっていない?見つめても、囁いても伝わらないのだったら………」

とたんに目の前が暗くなって。
そのかわり、暖かいものが唇に重なって。
身動きが取れないほど、強く抱きしめられて。
唇づたいに、甘い想いが流れ込んでくる。互いの想いが交差する。

好きだから逃げられない。好きだから逃がしたくない。
だから我が儘になってしまう。心に忠実すぎる、他愛のない戯れ事。


■■■



「あそこは、縫殿寮の頭をされていた方のお屋敷だよ。君が見たのは、おそらく彼女の娘だろう。彼女も母上殿の血筋に沿って、今は史生をされている。」
熱い口付けのあと、友雅はそう説明してくれた。
「君のことを尋ねられて、ちょっとだけ話していたところだったのだけれども。そこを見てしまったのかな。」
「だって、楽しそうに話してたみたいだったし……それに、綺麗な人だったから」
「嫉妬した?」
答えないあかねの頬に、軽く唇を添える。ほのかに紅を差した色が、暖かさを友雅の唇に伝える。
あかねには分からなかっただろう。
あの時、あれやこれやとあかねについて尋ねられて、ついつい顔がほころんでしまっていたのかもしれない。友雅自身、笑ってしまうような事実なのだが、あかねのことを話すときはどうも表情が緩んでしまうようだ。
「君に嫉妬されるのが、こんなに嬉しいなんて思わなかったよ」
「……何でですかっ。私、気が気じゃなかったのにっ!」
少し怒ったようにあかねが言うと、構わずいつものように友雅は微笑んでみせる。
「好きな人に嫉妬されるなんて、その人が自分を好きでいてくれる証だからね。それを感じることが出来るのだから嬉しいに決まっているよ。」

--------君が私を思ってくれているのが、事実であることが何よりも嬉しい。自分でも驚くほどにね。

「もっと嫉妬してもらえるように、少しまた遊んでみてもいいかな」
「じょ、冗談じゃないです!!!。そんなにひっきりなしに嫉妬なんかしてたら、私でも我慢出来ませんよっ!!」
友雅のふざけ半分の言葉に、あかねは無気になって反論した。どこまでも一途で、純粋で、何よりも美しい友雅だけの桜姫。
「……そうだね。君に愛想を尽かされたら困るよ。」

--------もっとも、そんな気持ちなんて更々ないけれどね。

不機嫌そうにすぼめたあかねの唇を、友雅は悪戯するように唇を何度も重ねる。
彼女の機嫌が戻るまで、ずっと抱きしめながら。



■■■



「でも、どうしてそんなところに行ったんですか?」
「ん?ああ…ま、それはまだ秘密と言うところかな。色々と相談があって。」
あかねはまた、どこか疑心暗鬼な表情を浮かべている。
「大丈夫。君が嫉妬する意味などないことだから、安心しなさい」

そう、それはいずれ君に贈ろうとしているものを用意するためのもの。
春色の君に似合う、最高の仕立てを頼むためには彼女たちに相談する必要があったのだよ。

最高の衣でなければね。
君が私のところにやって来る日のためにね。





---THE END---




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