瞳の向こうの雪景色

 003
さっきまでのざわめきが一瞬にして静まっている。そして何かを燃やす煙が内裏の空へと舞い上がっているのが見えた。
何かを唱える声が聞こえる。聞き覚えのある声。----泰明の師匠である晴明の声だ。
追儺の儀式が始まっているのだ。
春を迎えるための儀式が、この内裏の中で幕を開けた。

晴明たちの声を辿っていけば、おそらくその辺りに友雅はいるだろう。このまま歩いていけば、きっと会える。
あかねが儀式の場にやっと着いたとき、大きな太鼓の音が辺りに鳴り響いた。

「鬼やらい」

奇妙な仮面をつけた大柄の男達が、矛と盾を手にしてこちらに向かって歩き出した。
かけ声に合わせて囃子が続く。雪の中を練り歩き出す彼らのあとを続くようにして、人々は歩き始めた。

「節分みたいだ…」
はじめて見る儀式を目の当たりにして、あかねは驚きとともにわくわくする不思議な感覚を覚えた。
この世界ではすべてが自然につながっていて、その中で時を重ねて行く。
これからもずっと、そうやって生きて行くんだろう。それがいつか、あたりまえのことになるのだ。

もう自分は、この世界でしか生きていくことが出来ない。
どこに行くこともない。ここでずっと、一人の人間として生きて行く。
あの時、選んだ答えの結果がそれだ。逃げることはできない、自分が決めた運命。

だけど、それでも、この答えを選びたかった。

それは---------------。



「…やっと見つけた。」

そっと後ろから肩を叩かれて、振り向いた。
緩やかな豊かで長い髪をかき上げて、友雅が雪を背に微笑んでいた。
「泰明殿に、君がここに来ていると聞いて、散々探し回ってしまったよ。全く…こんな時間に女人一人で歩き回るなど、無謀なことだと思わないかい?」

小言のように彼は言ったが、その口調には冷ややかな雰囲気はない。あかねを見つめている瞳と同じように、穏やかで、そして愛しいものを見るような暖かい感触だった。
「だ、大丈夫ですよ!泰明さんにこの着物貸してもらったんで…、これなら女性には見えないでしょ?」
結構自虐的なコメントだな、と自分でも思ったのだが、もともとそんなに女らしい性格でもないし、確かにこんな格好なら少し小綺麗な少年くらいに見えるんじゃないだろうか、とあかねは自分でも思っていた。
そんな彼女の額を、軽く友雅は小突いてみせた。そして彼女の視線と対等になるように腰をかがめる。

「私にとっては君がどんな格好をしていようと、ただ一人の大切な女人であるに変わりはないよ」

友雅の思った通りに、あかねの頬がとたんに赤く染まった。
雪が、二人の上に降り注いで行く。


■■■



「この世界って、まだ全然私の知らないことばっかりなんだなーって、追儺とか見て思っちゃいました…」
一通りの儀式が終わったあと、二人は土御門の屋敷へ続く道を歩いていた。
「私がもしも君の世界に行ったとしても、多分今の君と同じように思うだろうね。お互いの世界はそれだけ違うっていうことなんだろうけれど、それもまた楽しいんじゃないのかな」
「うん。色々新鮮なことばっかりでした。でも、おかげで来年はもっと楽しくなりそうな感じがしますよ」

そうやって、いつも前にあることを受け入れて行く彼女の心の広さが好きだと思った。
小さな彼女の中に、どれくらいの許容範囲があるのか。こうしていると普通の華奢な少女なのだが、彼女の未知数は結構計り知れない。

黙ったまま、雪道を歩く。
しばらくして、そっと友雅の手にあかねの手が触れた。
そしてふたつの手は、ほどけることなくしっかりとつなぎあった。

「今夜君がここに来た理由は、私に会うためだと泰明殿は言っていたけれど、それは本当かい?」
立ち止まって友雅は、あかねの上半身を包む衣をそっと持ち上げる。
「だ、だって、新年になるまえに…春になるまえに、もう一回くらい会っておきたいなあ…と思って…」
出会った季節に咲いていた桜を思い出すような頬の色をして、あかねが少し潤んだ瞳で友雅を見上げる。
「……君のやることは、何でもかんでも私を喜ばせる。そして…君から目を離せなくなるよ」

二人の間に雪が降る。
それらを払いのけるようにして、二人の影は一つに重なった。

冷たさを感じない。寒さも感じられない。
互いの存在がそこにあるから、その存在を受け入れたときから全ては変わる。

あなたと出会った今年のすべての思い出が、何よりも大切な宝物になる。

そして、これから刻まれて行く記憶という時間の中で、
君がそこにいることで、それらは何よりも大切なものになる。

新しい日が来ても、新しい年がやってきても、時が過ぎても、時が流れていっても、
つないだあなたの手がそこにありますように。

ふたりの時間が、永遠に続きますように。

来年も、そしてこれからもずっと。





-----THE END-----



お気に召して頂けましたら、ポチッとしていただければ嬉しいです♪


***********

Megumi,Ka

suga