Trouble in Paradise!!

 第37話 (2)
さっそく庵の中に入ってみると、二間続きの広間に、周囲をぐるりと囲むように作られた簀子。
そして小さな土間があるだけ。
豪奢な屋敷を見慣れた目には、あまりに素っ気ないシンプルな屋敷。

「ここはね、実際に主上に縁のある方が俗世を捨てて、隠居されていた時に使われていた庵なんだそうだ。」
もう何十年も前にその人は亡くなり、それっきりこの場所は忘れられていた。
しかし、運の良い偶然があるもので。
友雅たちの問題が起こったあと、いざというとき辻褄を合わせるため必要だろうと、帝は丹波付近にある宮家縁の建物を、洗いざらし調査させていた。
その中で見つけたのが、皆の記憶から消えかけていた、この小さな庵。
「今回の、八葉として任を果たした謝礼の意味も兼ねて、ここを譲ってくださると言って下さったんだよ。」
「え、ここを…友雅さんが貰ったんですか!?」
「そう。でも、正確に言えば君がもらった、と言った方が良いかな?姫君が住まわれていた屋敷として使え、とおっしゃってくれたのでね。」
彼はそんな話をしながら、格子戸をゆっくりと開けた。

修復してもらったとは言え、古い建物であるから、やはり少し立て付けは悪い。
「わ、凄い綺麗…!」
細い竹が真っ直ぐ空に向かって伸び、生い茂る笹の向こうには小さな滝が見えた。
川風で笹の葉が揺れ、涼しげな音がする。
やや傾き掛けた日差しが、きらきらと飛沫を照らしていた。
「ふもとから少し入った山の中だから、誰も人が来ないし…静かで良いだろう」
「うん、何だか落ち着きますねえ」
袿が汚れるのも気に止めず、あかねは簀子に腰を下ろして景色を眺めた。
さわさわと頬に触れる風が気持ち良い。

ギシ、と簀子が軋む音がすると、友雅が隣に座っていた。
「ここは、今日から君の家"だった"場所だ。ここにいる姫君を求めて…橘少将は何度も、何夜も通い詰めたんだよ。」
そう言ったあと、彼の手はあかねの背中に伸びて、肩をゆっくりと抱き寄せた。
心臓がどきどきしてくる。
頬が触れるくらい身体が近付いて、離れなくて。
吐息が、耳に掛かりそうなほど。

「逢いたくてたまらなくて…ひと目逢ったときから恋に落ちて、彼女に逢いたくてここに来たはずなんだよね、私は。」
----------作り話の中の二人には、そんな物語があった。
だけど今、こうして触れ合っている自分たちは……。
「現実と作り話に、もう殆ど差が無くなってきたね。君はこの丹波の土地に、住んでいた庵を持っていて…そして、こうして私を迎え入れている。」
「む、迎え入れてって…友雅さんが連れてきたんじゃないですかっ…」
「野暮なことは言いっこなし。どのみち、結果は同じなんだから。」
顔を近付けて一度微笑みを見せたあと、唇が重なるような気がして、あかねはすぐに目を閉じた。

「君に恋をして、さぞかし彼は悩んだろうねえ…。やっと本気で愛せた人が、まさか主上の縁の姫君だなんて。あまりに身分が違いすぎて、どうしようかと思ったんじゃないかな。」
「そんな…。ホントの私は、そんな立派なもんじゃないですよ…」
あかねを抱いたまま、友雅は首を振る。
「八葉と神子の関係だって、それと同じようなものだよ」

望んだわけではないが、自分は八葉。
そして、彼女は神子。
彼女に仕えるために選ばれたのに、気持ちは別の方向へと走って行ってしまった。
忠誠----------それよりも大きな想い。
気付いた時、彼女は自分にとって、神子ではなく一人の女性になっていた。
たった一人の、心を捧げられる、最初で最後の人に。

「でも、止められないよね。本気になってしまったんだから…」
甘く囁く声は、耳元でしか聞こえないほど小さな声で。
時々唇で柔らかな耳朶を触れながら、彼の声は鼓膜の奥を震わせる。
「本気になったら、気持ちなんて止める術がない。つくづく君に教えられたよ。」
「…友雅さ…ん…」
彼の背中に回した手を、ぎゅっと力を込めてみる。
すると、相手から同じように力が返ってきて、更に彼に強く抱きしめられる。
いつからだろう。そんなことが、当たり前のようになったのは。

…離れたくない。
…離したくない。
…離さないで。
…離れないで。
思い通りの答えが戻ってくる。
そうやって何度も抱きしめ合って、求めてきた。
「だけど、もう止める必要もないんだよ、この気持ちを。」
風に揺れるあかねの髪に、指先を絡めてみる。
潤んで艶やかに輝く瞳を見つめて、愛しさにまかせて唇を塞いで。
「もう…誰にも遠慮なんか…しなくて良いよね?」

両手で頬を包み、愛しい人を静かに見つめる。
恥ずかしそうに逸らす視線を、もう一度こちらへと向かわせて、瞳の奥を見つめ続けて。
「こっちを見て。…私だけを見ていなさい。」
「……」
言葉も出せずに頬を染め、うつむく彼女の顎を持ち上げる。
「私だけを、その瞳に映していてくれないか。ずっとこれからも……」
……約束だろう?
ずっと一緒に生きてくれるって、言っただろう?
そのために、私はここまで歩いてきたんだ。
鬼を払い除け、京を護り、君と共に過ごしていける未来を夢みて。
愛する人と愛し合える日々を、待ち侘びながら…こうして辿り着いたんだ。

「…ホントに…ホントに良いんですか?ホントに私で良いんですか?」
友雅の袖を握って、何度もあかねは尋ね返す。
「友雅さんと一緒に生きていくの…私で良いんですか?」
「ふっ…何だか、今朝の藤姫殿みたいだね」
同じ事を繰り返し尋ねる彼女を見て、友雅は笑いながらそう言った。
「だって、『やっぱり止めとけばよかった』なんて思われたら…辛いから…」
そんなこと思われるくらいなら、最初から一歩退いた場所に居た方が、傷つかずに済む。
触れ合えないのは寂しい。
けれども、そんな気持ちになるのも…好きだからこそ、やっぱり怖い。

「私だって後悔したくないよ。」
額同士を押し付けて、ふたつのあかねの瞳をじっと見る。
「……だから、私は君が欲しいんだよ。」
悔やむことがあるとしたら、それはきっと愛する人を見失うことだろう。
手に入りそうなのに、躊躇して。
そのうちにタイミングを逃して、恋に落ちる瞬間さえ踏み外して。
空虚なまま、流されるだけの日々をまた繰り返して、"あの時に手を掴んでいれば"と、形になれなかった恋を憂いながら消えていく。
「そんな後悔だけはしたくない。そのためには……私には君が必要だ。」

君だけが必要なんだ。
君がいれくれれば、それだけで良いんだ。
「他の誰でもなく…ね。」

「……友雅さん…っ」
あかねの身体が、小さくなって胸の中に埋まる。
押し迫ってきた夕暮れが、オレンジ色の明かりで木々を染め始める。
抱きしめ合う二人の時間は、ゆっくりと過ぎていった。



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Megumi,Ka

suga