Trouble in Paradise!!

 第37話 (1)
用意周到…と言うのだろうか。
清涼殿での騒動から逃げ出して、抱きかかえられたまま連れて来られたのは、宣陽門の南回廊。
そこには、参内する時に朔平門の前で下りたはずの車が、何故かきちんと用意されていた。
「有り難う。後日きちんとこの礼はするよ。」
待機していたのは、友雅の顔見知り。左兵衛府の少尉たちだ。
予めこうなることを予測し、ここに車を用意しておくようにと頼んでいたらしい。

めくるめく展開に、しばしぽかんとするあかねだったが、すぐに友雅と共に車の中へと押し込まれた。
彼は外にいる者たちと何か話してから、物見窓を閉めて出発の合図をする。
見事とも言える連係プレーにより、あっという間に車は動き出し、そのまま一気に陽明門まで抜けてゆく。
そして気がついた時には、既に宮中の外に出ていた。


「…神子殿?」
友雅の指先が、あかねの鼻先をつん、と突いた。
「大丈夫かい?いろんな事が続いたから、頭の中が追いつかなかったかな?」
「あ…え…と、その………」
コトンコトンと揺れながら進む牛車。そのスピードは、いつもよりどことなく早いような気がするが…。
「あの…これから…どこに行くんですか?」
土御門家に戻っても、誰もいないし。
もしかして、このまま彼の屋敷へ連れて行かれるとか…?
「それも良いんだけれど…その前にね、どうしても君を連れて行ってあげたいところがあるんだよ。」
「私を?連れて行きたいところ?」
これまで彼には、いろいろな場所へ連れて行ってもらった。
庶民的な場所もあれば、静かで雅やかな景色の場所…様々なところへ。
けれど、こんな袿姿のままで行けるところなんて、どこがあると言うのだろう。
歩き回れる場所じゃないことだけは、間違いないが。

すると友雅は、車内の後ろから小さな葛籠を持ち出した。
中には甘い香りを漂わせる桃などが、山のように詰まっている。
「ちょっと今回は長旅になるからね。万全に用意をして来たつもりなんだが。」
よく見れば果物の他にも、葛籠の中には竹の皮で包んだ頓食も入っている。
更に、数本の竹筒にはたっぷりの水も。
「何だか…これから旅に出るような支度ですね」
「ふふっ、まあね。ちょっとした小旅行くらいの距離だし。念には念を入れた方が良いと、うちの者たちに用意させたんだよ。」
袿姿でも行けるような場所で、食料や水も持参しなくてはいけないところ。
……それって一体どこ?。

「取り敢えず、向こうに着くには少し時間が掛かる。だから……」
「え、ひゃ…!」
両手首を引き寄せられ、あかねの身体はそのまま友雅の腕の中へ。
「邪魔な他人の目もないし。長い旅路は"らしいこと"をして楽しむのが良いよ。」
絡まる腕は力を強め、それとは逆に、重なる唇はそっと優しく。
衣から漂うかすかな侍従の香りと、彼のぬくもりに包まれながら、目的の場所へと車は着実に向かっていた。



小刻みに揺れる車のリズムは心地良く、暖かな腕の感触も手伝って、気付くとうたた寝をしてしまっていたらしい。
友雅も同じだったようで、何度か従者に声を掛けられて、やっと目が覚めた。
「取り敢えず、着いたみたいだね。」
とは言っても、外を見なくてはどこに着いたのか、あかねには分からない。
友雅が一人で先に車から下り、あかねは物見窓を開けてみた。
そこから見えた外の景色は………山。生い茂った緑の鮮やかな里山と緑の田畑。
だが、耳を済ますと…遠くには賑やかな人々の声。
水のせせらぎ…川が近くに流れているみたいだ。
見覚えの無い景色。京の中心ではなさそうだが、ここはどこなんだろう?

「神子殿、出ておいで。ここからは車は入れないから、借りて来た馬で行こう。」
戻って来た友雅の後ろには、体躯の良い栗毛の馬を連れた従者たちが立っていた。
車からあかねを抱き上げた友雅は、そのまま彼女を馬上へと乗せる。
その後ろで従者たちが、葛籠を馬に取り付ける作業をしていると、里山の者たちが沸く声が聞こえた。
「いやあ、どこのお姫様だろうねえ?」
見慣れぬ艶やかな袿姿の姫君に、若い女性たちが興味津々でこちらを眺めている。

荷物を括り終えると、友雅はあかねの後ろへ乗り上がり、馬の手綱を手に取る。
「それじゃ、あとは私たちだけで行くからね。」
「お気をつけてお進み下さい。山道ですから、足元にはくれぐれもご注意を。」
「ああ、分かってる。じゃ、しばらく二人の時間を楽しませてもらうから、邪魔しないようにね。あとは、君らもゆっくりしなさい。」
軽く手綱を引くと、馬が少し足を動かした。
慣れない馬上から落ちないようにと、しっかりしがみつこうとしたが、袿の袖が邪魔でなかなか上手く行かない。
それを察して、友雅は片手で手綱を引き、もう片方であかねを抱きしめた。


「あのっ…この山の中に何があるんですか?こんな格好なんですよ、私。これでも行けるところなんですか?」
進むにつれて薄暗くなる道は、先に人の気配などなさそうだ。
狐や狸や、そんな生き物しかいなさそうな場所。鳥のさえずりも木々の間から聞こえている。
「ここはね、丹波の里山。」
「え… た、丹波?」
丹波と言えば、もしかして…。
「そう、ここが君の住んでいた場所、のはずなんだけどね。」
帝が取り繕ってくれた末に、出来上がった京での偽りの素性。
緑に囲まれ、川が流れ、賑やかな里山の人々が住む、この場所が…自分の住んでいた場所なのか。

……とは言っても、すべて何もかもがイミテーションで、あかねにとっては初めて見る景色。
親しみを覚える感覚は、どこを見渡しても何もない。
「ここの雰囲気をよく覚えておくと良いよ。これから誰かに尋ねられた時、ちゃんと答えられるようにね。」
「は…はい。」

だが、居場所が判明したことでホッとしたのか、少しずつ周囲に目を凝らす余裕が出て来た。
清々しい緑の香りがする。草のかすれる音や…遠くに滝が流れているような音も。
山奥で静かだからこそ、自然の音が耳に届く。そんな場所。
「もう少し行けば、休める場所が出て来るからね。」
馬の足音が、とぼとぼと山道を進んでゆく。
時折木々の間を、小鳥がすり抜けるように飛んでいく姿が見えた。
どこまでも、のどかな風景。

でも、賑やかで華やかなお屋敷の並ぶところより、こんな自然いっぱいの里山とかの方が落ち着くかも。
川の近くにはお店も結構あったし、住んでる人たちも元気で、明るい感じの人ばっかりだったし。
…こんなところだったら、本当に暮らしていても楽しかったかもしれないなあ…なんて、そんな事を考えながら進んでいくと、馬が一旦歩みを止めた。

「ほら、あそこを見てごらん」
友雅の指先が、背の高い木々の間を差していた。
じっとその奥に目を凝らしてみると、建物の形が見えてきた…ような気がするのだが、まだここからは鮮明に見えない。

手綱を操り、友雅は馬を前に向け歩かせ始めた。
「あれが、休める場所だよ。」
一歩一歩近付く、林の中の建物。
距離が狭まるに連れて、それらは目の前に姿をそのまま現してゆく。

「意外と綺麗に、修復してもらえたようだね」
辿り着いたそこに佇んでいたのは……風貌は寂れているが、そこそこ広さのある小さな庵だった。



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Megumi,Ka

suga