Trouble in Paradise!!

 第36話 (4)
「大体、そなたはひとつのところで、ゆっくり穏やかに過ごすという事を知らぬ。昨日、今日、明日と、同じところに居たためしは無いだろうがっ」
あちらの姫君と浮き名が漂えば、また別のところで他の姫君との浮き名が上がる。
そして当の本人は…まったく違うところに通っていたり。
「そんな相手に、神子のような純粋な娘を預けられるか!傷つくのが目に見えておるわ!」
パコン、と帝の扇が、友雅の背中を叩く。
すっかり扇のハリセン化が浸透して来てしまったようだ。

「……とは思ったのだがな。神子とのことがあってから、友雅が流した浮き名は…彼女とのことだけなのだよ。」
素性を隠してはいても、彼が連れ歩いているという相手の風貌を聞けば、それがあかねであることは間違いなかった。
肩にかかるほどの髪。水干か小袖を身に纏って、軽やかに歩きながら、二人仲睦まじく連れ添って。
「二人でよく出掛けていたのも、八葉としての役目だけに留まらず…邪魔の入らない逢瀬を楽しみたかったからだろう?」
「天に誓って、過ぎた事は致しておりませんが。」
一応誤解されると困るので、そう付け加えた友雅に帝は笑った。

「まあ、私も友雅とは長い付き合いだ。好ましい素行ではないことは隠せぬ事実だが…だからこそ、今回の神子とのことは明らかに今までと違うと分かった。なので、ひとつ私も協力しようかと心に決めたのだ。」
「あ、兄上までも、今回のことに関わっておられたのですか!?」
永泉が驚きの声を上げた。
弟を戸惑わせたくはなかったが、仕方あるまい。
こうなることは、想定内の事である。

「何より、神子がな…本当に友雅を慕っているようだったし。ならば、ひとつ手を打とうと、"遠縁の娘"というでっち上げをしたのだよ、この私が。」
しかし関わっているうちに、今は本物の遠縁にも思えて来たのだが、と笑う帝の声が響く。
不安そうな顔をして、それでも友雅から離れないあかねを見る。
その様子が全てを物語っているじゃないか。
……離れたくないのだ、彼女は。
そして、そんな彼女を抱きとめている友雅も。

「だからな、まあその…今回はそういうことでな、二人を快く受け入れてもらえないか、と…私からも頼む。」
「兄上っ!」
「な、何て恐れ多いお言葉を…主上!」
一国の主が、八葉たちの前で頭を垂れるなんて、何てことだ。
これまでと違った理由で、彼らは動揺し始めた。

帝にこんなことをさせてしまうなんて、あまりにも無礼極まりない事だ。
あかねが慌てて詫びを入れようと、手を伸ばした時。
後ろから友雅は、それを引き止めた。
「…主上のお心遣いだよ。感謝して受け止めさせて頂くのが良い。」
「でも、主上にこんな失礼な事
をさせちゃうなんて…許されないことですよ!」
と、あかねが帝の方を見ると、彼は黙ってあかねをせき止めるように手を翳して、穏やかに微笑んでいた。
……私に任せておけ。私の縁の娘の為なら、少しでも力になるつもりだから。
あかねには伝わらなかっただろうが、その視線にそんな想いが込められていたことは、友雅がしっかりと受け止めていた。

「無理を承知で、主上には私たちの気持ちを全てお伝えしたよ。互いに、諦められない想いがあるのだとね。」
神子とか八葉とか、主従とか、そんなものを取り払った。
その上で、一人の男と女として慕い合ってしまったのだと。
それはもう他の誰も目に入らないほど、運命という名を付けても違和感のないような想い。
どこを探しても、幸せな未来を築いて行けるのは、この人しかいないと思ってしまった。
「その気持ちを汲んで頂いて、ここまでお力になって下さった主上に…相応しい恩返しをするとなれば、私たちが幸せになることしかないじゃないか。」
「友雅さん…」
彼女の肩を引き寄せて、潤みがちな瞳で見上げるその額に、友雅は唇を落とす。
ギャラリーは、硬直し続けている無反応な者と、ぱっと顔色が変わる者とで半々ほどになっていた。


「まあ、何か友雅に胡散臭いことでもあった時は、遠慮なく私が成敗してやるとするよ。お目付役はこれからも続けていくつもりでいる…ということで、二人のことを歓迎してやってくれないだろうか、鷹通殿。そして…他の皆も、どうだ?」
さすがに鷹通は、それ以上何も言えなくなった。
友雅に対して、不安がないとは言い難いけれども。
それでも帝が直々に、ここまで二人を認めているのだから、それだけ彼も今回は心を入れ替えた、ということだろうか。

「あの、僕は二人が幸せになるんだったら、構わないです」
「…詩紋!?おまえ、いきなり何を言い出すんだよ!?」
隣にいた詩紋が、急に挙手してそんな同意宣言をしたので、イノリは飛び上がるほど驚いた。
「僕も、その…ちょっとしたはずみで二人のこと知っちゃって、いろいろ裏で相談とかされてたんだけど…」
「何だってえ?おまえ、こいつらの事知ってたのか!?」
さすがに天真もびっくりしたようだ。
誰もが今日、はじめて二人の事を知ったと思っていたのに、仲間の中で真実に気付いていた者がいたとは。
「でも、ホントに友雅さん、あかねちゃんのこと大切にしてくれてるし…あかねちゃんと幸せになる為にも、って頑張ってくれてたから、僕、信じても良いと思ってるんだ…」
「君にそう言ってもらえると、心から嬉しいよ、詩紋。」
感謝の言葉を友雅からもらうと、詩紋は少し照れたように頬を染めて笑った。

「だ、だから僕は応援しますっ。幸せに…なるんですよね?」
「勿論だよ。それだから、私は姫君をこんなに愛したのだからね。」
「…………う、がああっ!?」
次の瞬間、あの神泉苑で起こったような声が、再び一斉に上がった。

ええい、このバカ者がっ!!!
友雅の頭をはり倒してやろうかと、折り畳んだ扇をぐっと帝は握りしめた。
しかし、今の体勢では腕の中のあかねが傷を負いかねなそうだったので、さすがにここは一旦堪えることにした。
まったく…場をわきまえることを知らんのかっ…。
腕の中にあかねを閉じ込め、花びらを重ねたような唇を奪う友雅から目を逸らすと、そこには放心状態の藤姫と、照れつつも扇のすき間から二人の様子を覗いている中宮がいた。


「さて、これで皆にすべて打ち明けたし、私の姫君は紹介出来たし。」
他の八葉たちは呆然としているのに、友雅はさっぱりした顔で、ゆっくりと立ち上がった。
そして、座り込んでいるあかねの両手を取り、ふわっとその身体を抱き上げる。
「用件は、これにて終了。反論がないみたいだから、私はこれから姫君を連れて、甘い逃避行へと出掛けるとするよ。」
「な、何だってえ!?と、逃避行だぁ〜っ!?」
さっきから大騒ぎのリアクションを起こしているのは、天真とイノリの二人。
慌てているのは永泉と詩紋、茫然自失の鷹通と頼久。
そして……相変わらずノーリアクションが一人。

そんな彼らに目もくれず、あかねを抱いて友雅は部屋の外へ出て行こうとする。
「と、友雅っ!無理強いは…無理強いはいかんぞ!」
慌てたような帝の声が掛かると、彼は振り向いて笑みを返す。
「み、神子も…早まるのではないぞっ!幸せになるのは良いが、自分を大切にするのだぞーっ!!!」
「は…はあ?はいっ…わ、わかりまし…た…」
あかねが最後まで返事を言わないうちに、彼女を抱えて友雅はその場からさっさと姿を消した。



「……おーい、ちょっと待てよ〜。マジかよコレ…」
風雲の如く二人が立ち去ったあと、イノリと天真は揃って頭を抱えて座り込んだ。
あの二人の関係は、どんなものなんだろうかと勘ぐったけれど、最後の最後でこんなオチが待っているなんて思わなかった。
これまで、あんなに京中の噂の種となっていた友雅の相手は、すべてあかねだったと言う事か…。
一緒に出掛けていたのは、つまりデートの一環で。
だから、あの朝比名の山荘に転がり込んだときは、二人きりだったのか…。

「ちょっと待て。あんときって二人だったんだよな?確かボロい庵であかねが寝込んでたのを、通りかかった貴族に助けられたって…言ってたよな?」
「あ、そうだった…っけ?」
イノリは頭の中がごちゃごちゃで、そんな昔のことなど思い出すことも出来ない。
だが、天真はしっかりとその時の事が鮮明に浮かんで来た。
そして、今度は近くにいた詩紋の肩をがしっと掴む。
「あのさっ、そういうことは、あいつら二人きりで庵にいたってことだろっ!」
「そ、そうだと思いますけどっ…天真先輩、何考えてんですかっ!?」
何を考えて…って、そりゃひとつしかないだろう。
出来上がった男と女が、二人きりで忍んですることとは……。
しかも人目のつかない山の中で……。

「やっぱあの、出来ちゃったから責任取って…って噂はマジかーっ!?」
「はあっ!?」
ほぼ全員が、天真の混乱した絶叫に飛び上がった。
「あーもー!やっぱそうに違いねえ!。あいつ、きっと出来ちゃったんだぜ!!だから友雅が責任取って一緒になるって、そう言い出したんだぜー!」
「その…天真殿、まあそう考えるのも仕方が無いかもしれぬが、一応それについては誓約をさせているから、大丈夫かと思うのだがー…」
気まずそうに帝が(一国の主が!)、パニックを起こして暴れている天真の間に入って、そう言った。
「で、でもですね、主上!と、友雅じゃないっすか、相手は!あ、あいつならその…あかねをそーいう状況に追い込んで、や、やっちまうことも簡単じゃ…」
「天真先輩っ!主上の前で下品な事は言っちゃ駄目ですってばー!!」
後ろから詩紋がしがみついて、あけすけに物を言う天真を抑制させようとした。
が、主上も100%友雅を信じているわけでもない。
多分…大丈夫だと思うのだが、今までは。

「天真、落ち着け。おまえが騒ぐようなことには、まだなってはいない。」
ここでようやく、泰明の声が部屋に響いた。
唯一この状況下で、完璧なほどリアクションのなかった男である。
「まだ二人は相見ておらぬ。友雅にしては、珍しいことだが。」
「…あのなあ、泰明。俺にはおまえがそんなに落ち着いている方が、よっぽど不思議なんだけど?」
彼の特殊な素性は承知の上だが、同じ八葉の一人が神子と恋仲になっているのだ。ちょっとくらい動揺しても良いだろうに。

「別に、今知ったことではないのでな。驚くものでもない。」
「はあ!?おまえも…知ってたのか!?」
詩紋ならずとも、もう一人この真実に気付いていた八葉がいたのか!?
これには詩紋本人も、びっくりして泰明の顔を凝視した。
「神子の気の変化はすぐに分かる。そのうち、友雅の気が同じ波長を来すようになった。恋仲、または男女の関係に通じる時は、そのような変化が訪れるもの。」
「それで、どーしてそんな平然としてんの、おまえは!」
血相を変えた天真が顔を近づけるが、それでも泰明は繭一つ動かさない。
「……男女の理とは、そういうもの。止めるわけにはいかないのだ、とお師匠から言われた。」
さらりと、当然のように泰明は言うけれど…でも、そうは言っても……。


………ぱたん。
鈍い音が背後で聞こえた。
確かさっきも、同じような音がしたような…。
「あら、また気を失ってしまったみたいですわ。藤ったら、さぞかし驚いたのですわね。」
中宮の膝の上で、藤姫が二度目の意識を失って倒れていた。



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Megumi,Ka

suga