Trouble in Paradise!!

 第36話 (2)
昼御座に通されたとたん、皆一様に緊張の表情へと変わる。
その中で普段通りの様子なのは、法親王である永泉と…相も変わらずな泰明。
そして、帝の隣で何やら話している友雅だ。

「…準備は全て整っておる。神子の方は…大丈夫か?」
「段取りは先程も確認しております。お心遣い、感謝致します。」
「うむ。では、後ほど神子を連れて行け。あとは女房たちに任せれば良い。」
二、三ほど小声で確認を取り合うと、帝は藤姫の隣にいるあかねに目をやった。
「…あとは任せるぞ、友雅。そなた方の問題だからな」
「はい。承知しております。」
目に映る、まだ芽吹き始めたような、瑞々しい娘。
何度となく関わって来たが…ついにあの娘がこの友雅を奪い取るか。
いや、逆か。友雅が彼女を奪う…と言った方がいいのか?
まあそんなことは、どうでも良いか。
ここまで来たら、二人を引き止めるわけにもいかない。
「面倒が起こった場合は、私に任せておけ。最後まで見届ける。」
友雅は言葉もなく、軽く頭を下げた。

ぱたん、と帝の扇が閉じられる音が響く。
友雅はそこから離れて、本来自分がいるべき八葉たちの座る席へと戻った。



「今日は皆、よく集まってくれた。まずは、先日の神泉苑の件だが…、皆の尽力が京を平穏へ導きつつあるようだ。これに関して、心からの感謝の意を伝えたい。」
頼久、天真、イノリ、詩紋、鷹通、友雅、永泉、泰明……一人ずつの名を挙げ、そして帝は、あかねのところで視線を止める。
「そして、龍神の神子…あかね殿と申されたな。よくぞここまで、力を尽くしてくれた。感謝する。」
一同は黙って、頭を垂れた。
「また…彼らによき助言を与え、力となってくれた土御門家の藤姫殿、そなたにも重ねて感謝する。」
「わ、私のような無力な者に、勿体無いほどのお言葉…痛み入ります。」
これまでの緊張は更に上昇して、震えるどころか硬直して身動きもうまく行かない藤姫だったが、何とか帝からの言葉に礼をすることだけは出来た。
そんな彼女の背中を、隣のあかねが何度かさすっている。

「はは…藤姫殿、そこまで謙遜しなくても良いよ。そなたの聡明さは、姉君の中宮殿からお聞きしている。きっと、皆の心の支えとなってくれていたのだろうね、神子殿?」
「え?あ、はい!本当に藤姫は、何も知らない私たちに、親切にいろんなことを教えてくれて…。」
ここまでやって来れたのは、彼女の力があったからだ。
ずっとそばで、励ましてくれていたから…。
そんな彼女も自分たちにとっては、かけがえのない仲間の一人。
「藤姫殿には、礼を受ける権利が十分にある。迷惑でなければ、私の感謝の気持ちを受け止めてくれまいか?」
「は、はいっ!お、恐れ入りま…すっ!」

………ぱたり。
「ええっ!?藤姫ぇ!?」
急に小さな身体が、あかねの腕の中に転がって来た。
そこには緊張感に耐えきれず、意識を失った藤姫がくたりと倒れていた。


+++++


上記のようなハプニングが発生したおかげで、その場の空気は緊張などに捕われているわけにも行かなくなった。
慌ただしく後涼殿から女房たちが現れ、部屋の中で風通しの良い場所を選び、藤姫を休ませるための床を用意する。
妹が倒れたと言うことを聞きつけ、藤壷中宮も急いでやって来た。
「今よりも幼い頃から、人一倍緊張には弱い子でしたの。人前に出ることもあまり御座いませんでしたし、急にこのような場所に来て、落ち着かなかったのでしょうねえ」
「まあ、具合が悪いのでなければ、何よりだがな…」
中宮は帝の隣には座らず、藤姫のそばに腰を下ろすと、安らかに眠り続ける妹を眺めながら、そんな昔話をした。


「そんなことより…友雅」
すっかり砕けた空気になった中、中宮が友雅の姿を見つけて声を掛けた。
「藤も、もう少しで気がつくでしょう。貴方はそろそろ、姫様をお連れするお支度に行かれたら?」
びくっと反応したのは、声を掛けられた友雅ではなく、あかねの方。
つまりそれは、カミングアウトへのカウントダウン…。
藤姫が倒れたおかげで、かなりドタバタしてしまったけれど、その瞬間がついに目の前に…。

「では、そうさせて頂きましょうか。姫君を、お待たせしたくありませんし。」
……えっ!!!
声にならない驚きの声を上げて、あかねは振り返って友雅を見た。
「ついに友雅のお姫さんのご登場かー。何か、ワクワクするな。」
イノリが言うと、更に頼久が続く。
「友雅殿、そうしたほうが宜しいでしょう。姫様も、さぞかしお待ちでいらっしゃるかと。」
「ええ、女性をお待たせするのは、心苦しいですから。御会いして、それから皆でお話をお聞きするのが良いでしょう。」
鷹通もそうやって、友雅を促した。

「それでは…神子殿、一緒に来てもらえるかな?」
友雅の手があかねに伸びると、皆が一斉にこちらを見た。
集中する視線に、今度はあかねの方が倒れそうなほど緊張に刈られる。
みんな、変な風に思ってないかな…。
何で私が一緒に行かないといけないのか、とか考えてないかな…。
疑ってない…かな、私と友雅さんのこと…。
でも、疑うも何も…これから本当の事を打ち明けなきゃならないんだから、もうごまかしても意味は無いし、ここでバレても状況は変わらないか…。
とは言っても、やっぱり…ハラハラするっ!!!

「神子殿には、姫君のお支度を手伝って頂く約束なのでね。あまり顔の知らない女房方より、親しくして頂いている神子殿がお側にいてくれた方が、気が楽だと申されるから。」
戸惑っていたあかねとは違って、彼は何の違和感もなくすらりと説明をした。
そして、あかねの前にやって来ると、彼女の手を取って立ち上がらせる。
「じゃあ、しばらく席を外させて頂くよ。」
慣れない袿の足元を、たどたどしく気にしながら歩く彼女の手を引いて、友雅は部屋から出て行った。

…さあて、もうここまで来たら、どうにもならないぞ。
あとは転がって行くしかない。
尻拭いは手を貸すとして…他は友雅、頼むぞ。

ちらりと横に目をやると、中宮が何もかも飲み込んだ面持ちで微笑んでいた。


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しばらくすると、友雅が一人で部屋に戻って来た。
「あれ?何でおまえ一人なの?お姫さんはー?」
ようやく今回の主役の登場かと待っていたのに、そこに姫君の姿が見えないことを知ると、イノリたちは怪訝な顔をする。
「悪いね。姫君はもう少しお支度を整えたいそうだ。やはり晴れの席だからね、身だしなみをきちんとしたいとのことで、今神子殿にも手伝ってもらっているところだよ。」
「ふーん、まあそんなもんなのかもしんねーなあ」
そういえば姉のセリも、イクティダールの待つところへ行く時は、やけに身なりを気にしていたっけ。
だから、今日はあいつと会うのだ、と分かるようになったのだ。

神泉苑の件が終わったあと、彼はセリやイノリの前に姿を現してはいない。
だが、二、三日に一度くらいの割合で、家の前に花が届けられる。
名前は記されていないが、清楚で清々しい香りのする白い花を見ては、セリはその贈り主を確信しているようだ。
だが、かえって姿を見せないのが、寂しそうな様子でもある。

…別に、会いにくりゃ良いのにさ。コソコソしてねーでさ…。
俺が気になるんだったら、いない時にでも来りゃいいじゃん。
以前はそんな事、考えた事もなかった…ということに、イノリは自覚していないようだが。


「あ、あの友雅さん、お姫様の支度って…あかねちゃん一人で大丈夫ですか!?」
鷹通の隣に腰を下ろした友雅に、詩紋が落ち着かない様子で話しかけて来た。
「大丈夫だよ。もう、殆ど済んでいるみたいだから。しばらくしたら、おそらく女房方がここへ連れて来てくれるはずだ。」
「そ、そうですか…」
おそらく詩紋も、これからのことを思って気が気じゃないんだろう。
部屋を留守にしていた間に、藤姫も意識を取り戻している。
目が覚めると姉の姿があったので、さっきよりリラックスしたみたいだ。

…悪いね、藤姫殿。
このあと、もう一度君を驚かせてしまうことが起きてしまうんだよ。
でも、決して彼女を悪いようにはしないから。あとは、どうか私に任せてもらえると有り難いんだがね。

幸せになるために、巡り会って惹かれ合ったのだから。
それ以外の未来があるなら、こんなにまで想い焦がれたりしない。
…詩紋も、分かってくれるよね?
こちらを見て、にこりと微笑んだ友雅の面持ちに、詩紋は「?」と首を傾げた。



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Megumi,Ka

suga