Trouble in Paradise!!

 第35話 (3)
「鬼との戦いの前に、約束してくれたこと…忘れていないよね?」
指と指を絡め合いながら、友雅はあかねに語りかける。
彼女は黙ったまま、こくんと静かにうなづいた。
……何もかもが終わったあとの、二人だけの約束。
それは永遠に続く、二人の未来の約束。忘れたりなんかできない。
だから…ちょっとだけ悩んでいる。

「あのお…ホントに良いんですか?私なんかで…」
「ん?どうして今さらそんな事を?」
友雅の視線から目を逸らし、あかねはためらいがちにうつむく。
「だって…もっと綺麗な人も、頭の良い人もたくさんいるじゃないですか。」
彼の周りには、そんな女性が大勢いる。
甘い花の香りの艶やかさを放ち、彼を見つめている女性が幾人も。
彼に託された選択肢は豊富にあるのに、そんな人達を押しのけて自分が選ばれる価値はあるのだろうか…なんて。

「君の代わりは、誰もいないからね。理由は…それだけだよ。」
まるで悪戯をするように、友雅は指先であかねの頬をつつく。
ふっくらと柔らかで、少し紅を差したように赤みが帯びている頬。
「君じゃなければいけないから。だから…君が欲しいと思ったんだ。他の誰かが君の真似をしようと、君の姿・形を写し取ろうとも、私には君自身じゃなければ駄目なんだよ。」
彼女自身、彼女本人じゃなければいけない。
龍神の神子ではなく、"元宮あかね"という女性が欲しい。
たった一人だけ、この世に存在する彼女だけが、心から欲しいと思った。
「…君以外に、愛せる人がいないからだよ。」
それしか、理由がない。
だけど、それが本当の真実の…心だ。

自然にそれぞれ目を閉じて、相手の唇を探して、触れて、重ね合って抱きしめる。
目に見えなくても、そこにいる人が自分を求めてくれていることが分かるから、流れのままに気持ちを確かめ合う。
「私に着いておいで。」
そして、胸を張って彼らに告げよう。
自分が愛している人の名前を、手を握り合って。
そのために、こうして一緒にいるのだから。

「他の女性と自分を比べたりしないようにね。私の目には、君しか見えていないんだから。」
「あ…えっと……はい。」
恥ずかしそうにうつむき、小さくあかねが返事をする。
そんな彼女が愛しくてたまらなくて、友雅はもう一度彼女を強く抱きしめた。



お邪魔虫にならないようにと、席を外していた詩紋を部屋に呼び戻した友雅は、帝と話していたことやあかねと話したことなどを彼に説明した。
「じゃあ、ホントにそろそろ…なんですね?」
「ああ。私も姫君と離れて過ごすのは辛いからね。早いうちに、堂々と逢瀬を重ねる仲になりたいし。」
いちいち艶めいた
言い回しが、聞いている方は気恥ずかしくて仕方がないんだが。
少しは遠慮してもらいたい、なんていうこちらの気持ちも見越して、わざとそんな風に慣れ合うのだから正直困る。

「主上も、余計な方向に話が広がらないうちに、とおっしゃってくれているから。出来れば…皆が参内する時に合わせて、紹介出来たらと思っているんだがね。」
「…そんなに早くですか?」
詩紋とあかねは顔を見合わせた。

京を鬼の呪縛から救った功績を讃えたいとのことで、帝から八葉全員に昇殿の許可を出されている。
神子であるあかねも含めて、もし都合が付くのならば藤姫も同席してもらい、帝の御前にて感謝の言葉を賜る予定だ。
それは……今週末。今日から数えて明後日のことだ。
「丁度その席なら全員が集まるし。主上もその場においでになられているから、何かあっても口添えを約束して下さっているからね。」
嵯峨野での一件以来、周囲をごまかす事にも慣れた、と帝は笑っていた。
本当に、一国の主を個人的な恋愛ごとに巻き込むなど、罪なことをしているな…と改めて思うが、唯一帝自身がそれを快く引き受けてくれていることだけが、救いだと友雅は思った。

「その時は、また詩紋に手を貸してもらうことになるけど…頼めるかい?」
「はあ。僕は別に大丈夫ですけどー…」
ここまで来たら、知らぬ振りをするわけにもいくまい。
最後の最後まで見届けなくては、と詩紋も腹をくくる覚悟がある。
「有り難いよ。君みたいに信頼の置ける子が、味方になってくれて心強い。」
微笑む友雅の手が、ふわりとした金色の髪を優しく撫でた。


簡単な話は、既に筋書きが出来上がっていた。
「やっぱり藤姫殿も、一緒にお連れしたいね。あとから話をするよりも、全員揃ったところで公表したほうが手っ取り早い。」
「っていうか、そんな話を聞いたら…藤姫卒倒しちゃうんじゃないですかぁー…」
待ちに待った友雅のお相手のお披露目。
まさかそれが、これまで慕ってきたあかねであると知ったら。
「こればかりは仕方が無いね。驚かせてしまうのは、別に藤姫殿に限ったことではないし。」

それでも-------友雅は、隣にある小さな手を強く握る。
「それでも、彼女と共に生きて行く約束は、絶対に変えられないからね。どんな手を使ってでも、説き伏せてみせるよ。」
「ど、どんな手をって…何するつもりなんですかー」
戸惑う詩紋とは正反対に、あかねの手を握る友雅は、どこか吹っ切れたような顔をしている。

「例えば…反対せざるを得ないようにさせるとか、ね」
「へ?」
「先に結果を作ってしまうとか。」
「結果?」
「そう、既成事実を突きつけてしまうとか。」


既 成 事 実


四つの漢字が、あかねと詩紋の頭の中に浮かんでは、ネオンのようにちかちかと点滅する。

「何を考えてんですか!何をー!!!」
あかねは顔を真っ赤にして立ち上がり、詩紋は頭がくらっとした。
まったくどこまで本気なのか冗談なのか…。このクライマックスの直前で!
「まあまあ、そんなに突っ込まなくても、今のは冗談。そんなの今から始めたところで、結果が分かるには時間が掛かりそうだし?」
そういう意味で突っ込んでいるわけじゃないんだが!

「ここまでふざけていて何だけど…私だって、真面目に君と一緒になりたいんだから、本気で挑むよ。」
血相を変えているあかねの手を取って、にっこりと彼は微笑む。
どこか甘さを秘めた、艶のある眼差しで彼女を見つめて。
………鬼たちとの最後の戦いよりも、これからのことがもっと手強い。
信頼し合っている相手だからこそ、向き合う心構えも強く持たなくては。
やがて、巡り来る二人の幸せに満ちた日々のために。
それを夢ではなく、現実にするために。




見上げると夕暮れは影を潜め、後ろから続いて来た闇が広がり始めている。
西の空にひとつだけ、やけに明るい星がきらめいていた。
「じゃあ、気をつけてお帰り。」
入口に寄せられた車の窓から、二人の顔が覗くのを友雅は見上げた。
「明後日ね。それまでに、ちゃんと気持ちの整理を付けておいてくれるね?」
物見窓越しに見つめ合って、さらりとした絹糸の髪に手を伸ばす。
「迷わず私の手を取って…腕の中に飛び込んでくる君を待っているよ。」
そうしたら、強く抱きしめてあげるから。
逃げられないほどに、強く強く、抱きしめたら離したりしないから。

「おやすみ。夕星のような眩しい私の姫君。」
桜色の指先にキスを落として、動き出す車を見送る。
その姿が見えなくなるまで。
その音が聞こえなくなるまで。


***********

Megumi,Ka

suga