Trouble in Paradise!!

 第35話 (2)
「そうか。そなたの仲間の中にも、意識している者がおるのか…」
詩紋から聞いたイノリの話を、友雅は帝に話した。
気付いているとか、感づいているという直接的なものではないが、帝が言う永泉と同じように、妙な目で過剰反応しているのには違いない。
だが、そんな小さい綻びも、いずれは真実に辿り着くきっかけになる可能性もあるだろう。
油断は出来ない。というより、決着を迫られている時期かもしれない。
「…神子にも、出来るだけ早く話を付けた方が良いであろうな。」
「そのような意味で、土御門家に文の使いを向かわせて下さったのですか」
「大切な遠縁の娘だからな…」
二人は顔を見合わせてから、静かに笑いあった。
「私も全面的に協力をする。そなたは…神子を納得させて連れて参れ。」
「承知致しました。お気遣い頂きまして、心から感謝致します。」

夕べ送った文にしたためた言葉を、彼女はどう受け止めてくれただろう。
いつもの冗談だと、頬を染めて笑っている姿が目に浮かぶ。
冗談なんかじゃなくて、本心だけを文字に連ねたのだと、やはり直接言いに行った方が良いだろうか。

…肝心なところが、少し鈍いからね…私の姫君は。
そこが可愛いのだけれど。


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「あの、あかねちゃん…僕、お邪魔じゃない?」
「そ、そんなことないよっ!わ、私ひとりじゃちょっと気まずいからっ…」
あかねと詩紋は、友雅の屋敷にいた。
昨夜彼が送って来た文が、どうしても気になってしまって、本人に意味を聞いた方が良いのでは、と思ったからだ。
そうは言っても、一人で出掛けるのは心細いし、どこへ行くのか尋ねられて"友雅の屋敷へ"と言えば、何故?とみんな訝しげに感じるはず。
となれば、同行者はやはり…詩紋に頼るしかない。
いつも引っ張り回して申し訳ないが、他にはいないのだから仕方が無いのだ。

だが、訪ねてきてみれば友雅は留守で、今日は参内しているのだと侍女が言った。
二人は中で待つようにと案内され、緑の鮮やかな庭を望む広間へ通された。
この間まで、皆で集まっては朝夕の食事や歓談を楽しんでいた部屋だ。
「あかねちゃん…今朝の話だけど…」
詩紋が切り出すと、あかねはびくっとして振り向いた。
今朝彼が話したこと…それは夕べ詩紋が友雅に打ち明けたことと、殆ど変わらない内容である。
これまでは、詩紋以外には知られていないと思っていた二人の関係に、目を留める者が出始めているということ。
天真、そしてイノリ。もしかしたら、他にもいるかもしれないが…。

「友雅さん、近いうちに何とかするって言ってた。だからきっと、いろいろ考えてるんだと思うよ…」
「う、うん…それは私も遠からず思ってはいるけど…」
思ってはいるけれど。
帝や、友雅の屋敷の侍女たちが、こぞって祝福をしてくれるたび、気恥ずかしくて照れくさいのだけれど、本心は今もまだドキドキしていて…落ち着かない。
本当に自分が、彼の妻になれるのか。本当に…彼と結婚することになるのか。
頭では分かっているのに、どこか現実味の無い、浮き足立った感じがしていて。

……ホントに私なんかで良いのかな…。
そんな事を思いかけていた時、侍女が主の帰還を告げにやって来た。



「すれ違いになっていたんだね。私もさっき、向こうに立ち寄って来たんだよ。」
内裏からの帰り、出来るだけ早く彼女に話をした方が良いだろうと、友雅は土御門家に顔を出した。
しかし生憎とあかねは外出中だと言う。
だが、詩紋が同行していると聞いて、もしかしたらと急いで自宅に戻ってきたのだが、正解だった。

「それで、どんな用件だったんだい?まあ…用事なんか無くても、私は全く構わないのだけれどね。」
伸ばした指先で彼女の顎を優しく撫でて、瞳の奥を見つめようと顔を近付ける。
隣にいる詩紋の、赤面した顔を見ない振りをして。
「あっ…あの、昨日の文…」
「どうだった?私の心を受け取ってもらえたかな?」
そんなことを言われても。
未だに言葉のひとつひとつを思い出しては、顔が熱くなってしまうのに。
「っていうかっ…私っ、ね、寝ようとしてたんですよっ!なのにあんな文を見たら、眠れなくなっちゃいましたよっ!」
「それは悪かったね。でも…君への想いを我慢出来なかったんだ…。」
「き、きゃぁあぁあぁ〜!」
のしっと友雅の体重が重なって来て、のけぞりそうになったのを彼の手が止めた。
だが、背中を押さえられたことで逃げ場はなくなり、寄せて来る身体を払い除けることが出来なくなる。

「ぼっ、僕っ、お邪魔なようなので、しばらく席を外させて頂きますーっ!!!」
友雅の暴挙に耐えかねて、詩紋はすぐさま逃げるように部屋を出て行った。


「本当に気が利く良い子だねえ、詩紋は。」
去って行った詩紋の背中を眺めながら、友雅が感心するようにつぶやくと、その腕をぐいっとあかねが引っ張った。
「し、詩紋くんまで巻き込んでっ…何なんですかっ、あのっ…悪戯みたいな文の内容っ…」
「悪戯?あの文が?私の心をしたためたと、今言わなかったかい?」
ふたりきりになったのを良いことに、友雅は唇であかねの頬に何度も触れる。
「じょ、冗談は良いですからっ!ちゃんと文の真相を教えて下さいよ〜!!」
腕の中の彼女は必死で目を逸らして、逃げられもしないのにじたばたしている。

……はあ。やっぱり少し鈍いところは、まだ治っていないみたいだね。
それとも、気付いていながら知らない振りをしているのかな…。
そんなことはないか。隠し事なんて何も出来ない、素直な君なのだから。

「嘘は言っていないよ。少しでも早く君が、この胸に飛び込んで来て欲しいって、そう思ったから筆を取ったんだ。」
「…そっ、そんな…」
あかねの手を取り、小さな爪の先にキスをして。
抱きしめた身体をしっかりと受け止める。目を逸らせないように。
「もうそろそろ、本当の意味で君を私のものにしたいって、思ったんだよ。」
これまでは優先することがあって、少しのんびりしていたけれど、もう二人を遮るものは何もないのだから。
約束を言葉だけではなく、形にしたいと思った。二人で。

「早くどうにかしなくては、周囲の妄想が激しくなって来そうだしね。」
「それって…」
顔を上げたあかねの目に映る友雅の表情は、少し苦笑いをしているように見える。
「隠し通せるのも、時間の問題だろう?」
大切な姫君を紹介する、という彼らとの約束も守らなくては。
そのためには、こうして人目を忍んでなんかいられないのだ。


「じゃ、永泉さんも……」
内裏でのひと騒動を聞いたあかねは、永泉が自分たちの事を意識していることを知った。
天真やイノリが、妙な雰囲気であることは詩紋から聞いていたし、その事も相談したくて友雅を訪ねてきたのだが、まさか永泉までもが…と驚いた。
もちろん友雅の姫君が、あかねと同一人物だとは思ってもみないだろうが。
「主上も、永泉様が感づいたら…と気にしておられるよ。」
帝にとっては永泉は弟だし、兄として彼の困惑を招くようなことはしたくない。
しかし、例え虚像であっても、あかねは自分の遠縁の娘(のつもり)であるから、それもまた気になるし…と、両方の狭間で複雑な状態にいる。

「そういうわけで、主上からのお言葉もあってね…早いうちに私たちの関係を、皆に公表しようと思って、君に会いに行ったんだよ。」
あかねの手をそっと握って、友雅はそう告げた。


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Megumi,Ka

suga