Trouble in Paradise!!

 第34話 (3)
「何だい、二人してこんなところで…」
背後から聞こえたその声に、詩紋とイノリの肩がびくっと震えた。
振り向かなくても分かるけれど、揃ってそちらを向いてみる。
「内緒話も良いけれど、悪さに繋がるような相談はしないでおくれ」
こちらの状況など知らずに、友雅はいたって普通の表情でそこに立っていた。

「とっ、友雅さん…どうしたんですかっ?」
「どうしたと言われても、もう時間も遅いから、帰らせてもらおうと思って出てきたんだけれど。」
そういえば…と空を見上げてみれば、明るい星がひとつ輝いている。
車宿から出てきた友雅の車が、入口の前に停まって主人の乗車を待っていた。
「イノリも、せっかく来たんだったら上がっていけばいいだろう。こんなところで話さなくても…」
友雅の手が肩に触れようとした瞬間、思わず彼はびくびくと後ずさりをした。
「い、いや!別にそんな急用じゃねえし!ちょ、ちょっと通りかがりの野暮用だったからっ!!!」
目に見えない冷や汗が、イノリの額からたらりと滴るのが詩紋には見えた。

「じゃ、じゃあ俺はこれで!」
くるっと背を向けたイノリは、すぐにその場から逃げ去ろうと駆け出した。
「ああ待ちなさい。だったら一緒に乗っていけば良いだろう。もう遅いし、君の家まで回ってあげるよ。」
…冗談じゃない!とイノリは思った。
今でも頭がまだ混乱してるのに、車の中で面と向かったらどうなるか。
あかねと友雅のことがぐるぐる回って、更にパニックに陥ることは必須。
「い、いいって!俺、ちょっと姉ちゃんの頼まれものがあって、ソレ買いに行かなきゃいけねえしさ!」
それが真実かどうか分からないが、逃げの口実には適当だ…と詩紋は思った。
イノリは"じゃ!"と詩紋と友雅に手をかざし、まさに逃げるが如くのスピードで帰っていった。


「姉上の頼まれもの、か…。彼とはその後、良い関係が築かれているのかね?」
他人の恋を思い描きながら、消えたイノリの残像を見つめて友雅はつぶやく。
だが、そんなことを気にする余裕は、今の詩紋にはなかった。
「友雅さん!あ、あの…大変です!」
「ん?何か変わったことでもあったかい?」
友雅の腕をぐっと掴んで、詩紋は必死な顔でこちらを見上げる。
「イノリくんと…イノリくんと天真先輩がっ、あぶないですっ!」
「危ないって、誰かに狙われてるとか?」
「あ、そ、そうじゃなくって、危険なんですっ!友雅さんがっ!あかねちゃんがっ…イノリくんが、天真先輩がっ!」
混乱してしまって、言葉が全然繋がらなくなっているのを、詩紋は自覚していないらしい。
「とにかく落ち着きなさい、詩紋。ゆっくりと話してくれるかい?何なら、車の中ででも良いから。」
これじゃあ誰に何の危険が迫っているのか、さっぱり分かりそうにない。


一旦車の中に避難して、詩紋は友雅に今日のことを打ち明けた。
神泉苑の件以来、天真が異常に二人の関係を気にしていること。
それに加えて、イノリまでもがそれに過剰反応していることと、二人の噂は町では意外に浸透していること。
「成る程ねえ…。ま、よく神子殿を連れて歩いていたから、私たちを見かけている者は多いだろうな。」
「そんな、暢気なこと言ってられないですよう!みんなの話を聞いて、イノリくん変な風に友雅さんたちのこと、勘ぐってるかもっ!」
だいたいあの神泉苑で、友雅が調子に乗ったりするから…と、ブツブツ言ってみるが、それを彼は軽く笑い飛ばす。
「これまで、気付かれなかったのが、逆に運が良かったのかもしれないね」
目に掛かる前髪を掻き上げて、友雅はそう言ってから溜息をひとつ付いた。

潮時かもしれない。
もうそろそろ…これ以上立ち止まっては、いられないのかもしれない。
このままこうしていても、確実な幸せを手にすることは出来ないし、それを絶対に手に入れたいと思う。
だから、今まで歩き続けてきたのだ。

彼女の手を取って、時には溺れるように想いに流されながらも、何とか踏みとどまりながら、そこへ向かう道を歩き続けている。
ゴールは目の前だ。手に届く場所にある。
………そこにある幸せが見えているなら、もう我慢は出来ない。


「詩紋、あとで…君宛に文を送る。それを訳して、神子殿に渡してくれないか?」
以前と比べれば随分覚えてきてはいるが、まだこちらの文字使いをあかねは把握しきれていない。
しかし、書物や歌などを積極的に読みふけっていた詩紋は、もう殆どこちらの文字や文章を理解出来るようになっている。
他の者なら頼めないが、自分たちの真実を知っている彼なら、安心して頼める。
「それは良いですけど…。あの、友雅さん…あかねちゃんとのこと、いつみんなに打ち明けるつもりなんですか?」
「……近いうちに、何とかするよ。出来るだけ早くね。」
イノリや天真だけではなく、他の者たちにまで疑われては、あとが面倒なことになりそうだ。
おそらくびっくりするだろうけれど…ま、そんな彼らのリアクションを想像するのも楽しいか。

「いろいろありがとう、詩紋。それじゃあ、よろしく。」
車から降りた詩紋に、友雅はそう言って笑った。



友雅からの文は、驚くほど早く土御門家に届けられた。
彼が帰ってから数時間後。
あかねたちの為にと、特別に屋敷に用意してくれた風呂で汗を流して、部屋でほっと一息ついていた時だった。
侍女が詩紋の部屋を訪ねてきて、文が今し方届けられたと持ってきた。
勿論、差出人は約束の相手だ。
「…早いなあ、友雅さん。じゃ、寝る前に書き移しておいた方がいいかな。」
詩紋は文箱を取り出し、広げた和紙の上に友雅の文を開いて目を通した。

あ、そんなに長くないや。これなら、すぐに書き終えられそう。
えーっと…?我が愛する…姫君殿………………。
二行まで読んで、顔が赤面してきた。
とっ、友雅さんっ…他人を介してるんだから、もっとそのっ…控えめな文章にしてくれればいいのにっ!!!
一度全文を読み終えてから、と思ったが、気恥ずかしくてとてもとても。
だからと言って、約束だから無視も出来ないし。
これはぱっとそのまま移して、何も考えずに終えた方がいい…自分にとってもだ。

詩紋は急いで文を書き移すと、それらを重ねて部屋を出た。



「あかねちゃん、起きてる?」
そろそろ寝ようかと床に向かおうとした時、詩紋が部屋を訪ねてきた。
「どうしたの、詩紋くん、こんな遅くに。」
「あの…ね、これ…友雅さんからの手紙なんだけど。」
淡い桜色の和紙に添えられた、青々とした緑の橘の小枝。
それを詩紋はあかねに差し出した。
「何か急な用事があったのかな、友雅さん…。悪いんだけど、詩紋くんちょっと読んでくれるかな?」
文を紐解いて、達筆な字に目を通してあかねが言うと、詩紋は慌てたように二枚目の紙を示した。

「あ、あのね!友雅さんと約束で、中身を訳してあかねちゃんに渡してくれって言われててね!その二枚目に書いてあるから、それを読めば分かるからっ!」
「そうなの?あ、ちょっと詩紋くんー!?」
はらりと二枚目の文を見ようとしたとき、詩紋は"おやすみ”の一言だけを残して、逃げるようにたたっと走り去っていった。

…何だろう、詩紋くん。ちょっとおかしかったけど。
それに、友雅さんもこんな遅くに文を送ってくるなんて…。
昼間に言い忘れたことがあったのかなあ…。
あかねはいろいろと考えながら、それを持って床へ入り、詩紋が書き写してくれたものを開いてみた。


…えっ?えっ…ええっ?え、ちょ、ちょっと…え、ええーっ!?
一文字読むたびに、胸にこもる熱。それが頬を熱くさせる。
心音がドキドキ言っているのが、自分でも分かるほど激しく波打っている。
…ど、どうしたの友雅さんっ、こんなっ…急にこんなっ…!!!!
目が冴えて眠れなくなりそうな、そんな文字が書き連ねてあった。



我が愛する姫君殿
君がすぐ側にいないという時が、どれほど心細くて肌寒いかを、気付いてくれているだろうか。
君の顔が見えない夜は、いつも長くて空しくて眠れないのだ。
どうか、私に君のぬくもりを分けてくれないか。
この私の隣で、その肌で暖めてはくれないか。
君を想い、傍寂し思い寝を続ける私を、甘い夢の世界へ連れていって欲しい。

一日も早く…私の腕に抱かれて眠る君が見たい。
今にも君の傍らに通いたい私の気持ちを、どうか察しておくれ。




勿論その文を読んで眠れなかったのは…友雅ではなくあかねの方で。
更に代筆役を担った詩紋までもが、次の日寝不足で朝を迎えることになった。


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Megumi,Ka

suga