あれもこれも、と悩み始めたらきりがない。それはあかねの昔からの癖だ。
「いっそ籠ごと買ってしまって、あとから粒の揃ったものを分ければ良いんじゃないかい?」
「でも、他にも欲しいものがあるし…あ、こっちの木の実も!」
杏の籠を品定めしていたかと思ったら、今度はその隣にあるスモモに目が移る。
そして、同じようにまた悩み始める。
さっきから品を変えて、同じことの繰り返しがもう三度目。
「あ、すいません…。もしかして、付き合ってるの疲れましたか?」
「いや、気にしなくて良いよ。私は君が悩んでいるのを、こうして眺めて楽しんでいるから。」
キョロキョロと、目新しいものを見つけては、その都度はしゃいで。
そんな無邪気な彼女を見ているのは、退屈しないし心底楽しい。
いずれ一緒に暮らすようになっても、屋敷の中に閉じこもって過ごすよりは、こうして二人で出掛けるのも楽しいかもしれない。
…なんて、近い未来を思い浮かべながら、友雅はあかねの隣に寄り添った。
「おっ?」
赤い髪の少年が、彼らの姿を見つけて立ち止まる。
……あかねと友雅じゃん。何してんだ?こんな昼間っから。
イノリは人混みの向こうから、二人の様子を眺めていた。
買い物の品定めをしているらしい。時々顔を合わせて相談しながら、店の主人も交えて楽しそうに話している。
……何だ、ただの買い物か。
と、イノリは納得したが、何でまた二人で出歩いているのか?という理由までは分からない。
「おやあ、あのお二人さん、今日も一緒に来てるんだねえ、仲の良いこった。」
今までイノリが見ていた方向を向いて、野菜売りの女主人が笑いながらつぶやく。
「えっ?あいつら、しょっちゅうここらに来てんの?」
「そうだねえ、結構姿を見かけるよ。いつも二人でねえ。」
まあ、これまでのあかねは、京のあちこちを見廻りしなくてはならなかったし、八葉が付き添うのは当然のことだ。
それが友雅であるなら、目的地などあまり気にせずに、こんな賑やかな場所を連れ歩くのも安易に予測出来る。
しかし……何だろう?
あかねのはしゃぐ表情と、彼女を見る友雅の眼差しが、なんとなく違和感を覚えるのは。
「ははっ、ホントに見せつけられちまうね。今からあんな調子じゃ、輿入れしたらどうなることやら。」
「……はぁ!?こっ、輿入れって、誰が!!」
豪快に笑う隣の男は、イノリの過敏な反応に驚いた顔をした。
「そ、そりゃあ、あの二人に決まってるだろう…」
「あの二人はっ、違うぞっ!?っていうか、あいつには他にちゃんと相手が…」
困惑するイノリを見た男と女主人は、一旦首を傾げてはいたが、すぐにそれを笑い飛ばした。
「そりゃまあ、あの橘少将様ならさぁ、芋蔓みたいに女が着いて来るだろうけどさあ。でも今回は、ちょっと違うんじゃないかね」
「この辺りにゃ、貴族のお屋敷に出入りしてる輩も大勢やって来るけど、あの子以外に少将様の相手の噂なんて全く聞かないぜ?」
…ちょっと待った。
ってことは、貴族の間でも二人の事は有名だってことか?
「だってねえ…いっつも連れ歩いて、くっついて戯れ合って…普通の間柄じゃないだろうに、そりゃあ。」
いつの間にか会話の中には、周囲に市を並べる者たちまで交じり合っていた。
くっついて、戯れ合って……くっついて……くっつく。
そういえば……。
頭の中に思い浮かんだ映像に、イノリの顔がカアッと赤くなった。
そ、そういや神泉苑で戦ったとき、友雅のヤツあかねに……。
まさか目の前で、本物のシーンを見せられるとは思わなかった、というか、本当にやらかすなんて思うはずがないじゃないか。
「ほらほら、話しているそばから」
イノリは、女主人が指差す方向を見る。
ひとかじりした杏を、そのまま食べさせようとする友雅と、恥ずかしそうにするあかね。二人を賑やかにひやかす店の者たち……。
やがて友雅はあかねの背に手を添え、人混みの向こうへ消えて行く。
「これじゃ、お世継ぎも時間も問題だねえ」
よっ、世継ぎだとーー!!!
とんでもない!相手が違うだろう、相手が!
友雅にはちゃんと他に、帝の遠縁のお姫様がいるんだっ。
あかねはただ…その目くらましの為で。
…でも、目くらましであんなこと、すんのかっ?
あの時みたいに、当然のように唇を奪って。
今のように、自然に背中に手を回して。
何だよもう〜!何でこんなに気になるんだよ〜!
どうなってんだよ〜一体〜!!!
せっかく鬼との決着がついたというのに、まだまだ個々の混乱は治まってはいなかった。
+++++
「詩紋…オレ、どーも気になってしょうがねーんだよなぁ」
「何がですかー?」
部屋掃除をしている詩紋とは対照的に、天真は陽当たりの良い簀子でごろごろしている。
雀が何羽か高欄近くに下りて来て、詩紋がまいた干飯をつまみつつ、囀る声。
のどかな風景だ。
これまでの緊張感など、全く消え失せてしまったかのように。
しかし、寝転がっている天真の一言が、詩紋の神経をびくりと奮い立たせた。
「何って…友雅とあかねのことだけどさあー…」
ほうきを持つ手が、思わず滑りそうになった。
急にどうしたんだろう…と、おそるおそる詩紋は天真の方を振り向く。
「とっ、友雅さんとあかねちゃんがっ…な、何かあったのっ!?」
「……っていうかさー、あいつ、突然あんな事されてどう思ってんだかなぁ、ってさあ…」
天真の言う"あんな事"とは、何を指しているのか。
突然友雅があかねにした、"あんな事"……果たしてどの事だろう?
すると天真は、気まずそうに頭を掻く。
そして、ほんのわずかだけ頬を赤くして、がばっと起き上がり身を乗り出した。
「お、女ってさぁ?きゅ、急に男に…キッ、キスされて…どうなんだっ?」
互いの頭の中に、神泉苑での一場面が蘇った。
それはまるで、恋愛映画か外国人カップルのようなラブシーン。
「こ、恋人同士なら良いけどもっ、あ、あいつら…芝居だろ!?なのに、マ、マジでやってたじゃん!?女って、どーなんだ!?こっ、恋人じゃない男にキスされて、平気なのかっ!?」
「しっ…知らないよぅ〜!そんなの僕に聞かないでよ〜天真先輩っ!」
身体中のあちこちに、冷や汗が伝う。
真実は知っているけれど、口には出せない。まだ、その時が来ていないから。
芝居の振りをしつつも、あの行為は決して珍しい事でもない。
それはあかねにとってもそうだ。
唇を重ねることなど、特別なことでも何でもない。…これまで、何度それを見せつけられて来たか。
溜息をつきたい気分を堪えて、詩紋は手持ち無沙汰に爪を噛んだ。
だけど、こうしてすべてが終わった今、二人の真実を明かさねばならない時期が近付いている。
友雅が選んだその姫君を、皆の前で報告すると彼は言った。
……友雅さん、いつあかねちゃんとのこと、告白するつもりなんだろ?
仲間うちの中で、唯一彼らの共犯者となってしまった詩紋。
彼らと八葉の仲間との間に挟まれて、素知らぬ振りをせねばならないという、複雑な立場も少しは考慮してもらいたい。
とは言っても、彼を急かせば急かしただけ、あっという間に事は進展してしまうだろう。
そうしたら、巷に広がる噂通りに姫君はめでたく……。
「何だよ詩紋っ、おまえまで真っ赤になってんなよ!こっ、こっちが恥ずかしくなるだろっ!」
「えっ!?別にそんなっ…何でもないよっ!?」
噂と真実の差がなくなるのも、時間の問題。
さっさと早く、ハッピーエンドを迎えたいものだ…と詩紋は思った。
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