Trouble in Paradise!!

 第33話 (3)
「ま、そういうわけでな。実は今更断られても困るのだよ。既に、多くの反物を取り揃えてしまったものでな。」
二人から返事を貰うと、帝はコロッと表情を明るく変えて、部屋の外にいる者たちに声を掛けた。
すると、数人の女房たちが待ちかまえたように、ぞろぞろと反物を手にして部屋に入ってくる。
あかねと帝の前に並べられた反物は、まさに婚礼衣装にぴったりの艶やかな絹の織物ばかり。

「主上…随分とこれはまた、お気が早いのでは?」
「そうでもないだろう。そなたこそ、早く神子とのことを表向きに紹介して、早々に夫婦になりたくて仕方がないのだろう?」
帝から言われた友雅は、目を伏せて苦笑いを浮かべた。
「お見通しでございましたか」
「理性を降り飛ばして、神子に悪さをしそうになるくらいだからな。早めに形を整えねば、またも無理強いしかねん。それも困るだろう?神子。」
「え、えええっ??」
さあっとあかねの顔色が、反物のような紅色に染まる。
「ほらほら、神子。この反物から好きなものを選ぶが良い。仕立ては、宮中の者に美しく仕立ててもらうから、期待して構わぬよ。」
彼女の表情を微笑ましく思いながら、帝は二人を見つめて言った。


「寸法は、それらの袿を羽織って確かめると良い。せっかくの晴れの着だ、寸法が合わねば困るだろう」
反物の他に揃えられた袿を、女房たちは広げてあかねに宛っては、あれこれと相談を交わしている。
「こちらの色を合わせられると、華やかで宜しいですわ。」
「それならば、こちらの唐衣も良いのではないでしょうか?」
次々と違う袿を着せられて、あかねはまるで着せ替え人形になった気分だった。

「袿も勿論ですが、肌着も寸法をきちんと計られた方がよろしいですわ」
「そうですわね。これからは暑くなりますから、お着替え用に何枚かご用意した方が良いかと。」
「ああ、構わぬ構わぬ。好きなだけあつらえて良いぞ。神子を着飾らせる為なら、何も惜しまずに選ぶが良い。」
思い始まったら、あれもこれもと欲が出てくるのが女性の趣味だ。
綺麗なものを選べば、それに合う綺麗なものが欲しくなる。
それに今回は、晴れの舞台のために仕立てるもの。妥協なんて必要はない。

「そうですわねえ…姫様は、こちらの小袖くらいの寸法が、お身体に合うのではないでしょうか」
薄い肌着を衣の上から宛って、女房たちがあかねを取り囲んで相談をしている。
「それよりもう一回り、大きめの小袖の方がゆとりがあって良いと思うよ」
それまで帝と共に、あかねが婚礼着を見繕われる光景を眺めていた友雅が、急に一言口を挟んだ。
「御言葉ですが、少将様…姫様は細身でいらっしゃいますから、あまり余裕が有りすぎては身動きに邪魔になってしまいますわ」
「うん、まあそれはそうなんだけれど。でも、意外に神子殿は見た目よりも、ふくよかでいらっしゃるようだからねえ」

ドキッとあかねが友雅を見た。
「ふ、太ったっていうんですかっ!?」
ヘルスメーターなんて京にはないから、全然体重の増減なんて分からなかったけれど…来た時よりも、太ったんだろうか?
そんな!現代では結婚式のために、エステなどして綺麗になろうと努力するのに、ここに来て太ったなんてショッキングだ。
せめてその時まで、これからダイエットした方が良いだろうか…。

と、困惑しているあかねに、友雅は笑いながら言った。
「いやいや、そうじゃなくてね…。小さめの肌着では、神子殿の胸が苦しいのではないかな、と思って言っただけだよ。」


「………待て、友雅。」
一瞬静まりかえった部屋の中に、帝の硬質な声が響いた。
「如何致しましたが?」
「何故、そなたが神子の胸の寸法を知っておる?」
じろりと帝の目が友雅に向けられた。
女房たちは揃って笑いを浮かべ、あかねは硬直して立ち尽くしている。
「主上、私共は未だに、清らかな関係を保っておりますよ?」
「ならば何故、そんなことを知っておるかーっ!!」
余裕の微笑みで答える友雅とは正反対に、帝は思わず立ち上がって彼を見下ろして怒鳴りつけた。

「まあ、いろいろと…知る方法はございますし。」
薄い笑いを浮かべながら、何か含んでいるように答える友雅の肩を帝が掴んだ。
「友雅っ!そなたには神子を娶らせる前に、十分話さなければならないことがあるようだな!」
「主上、私が何かお気に障ることでも…?」
けろっとして、友雅は言う。
「大有りだっ!何もせずに、どうやって神子の胸の大きさが分かるのだっ!白状せい!神子にどんな不埒なことをした!?」
「特に何も?ご想像頂くような事まで進んでおれば、私もこれまで憂いな日々を送ってはおりませんよ。」
「だったらどうした!そんな事を聞いて、そなたの話をすんなり信用出来るか!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよーーーっ!」
執拗に友雅を問い詰め続ける帝の耳に、あかねの叫び声が聞こえてきた。
「どうしたんだい?神子殿」
それに返事を返したのは、友雅の方。
あろうことか帝に説教されていながら、全く悪びれた面影もない。
「き、聞きたいのはこっちですよ!主上っ、私何もっ…友雅さんとは何も進展してませんっ!」
さっきよりもずっと赤い顔をして、あかねは必死に説明をした。
しかし、あかねがそう言おうと、素直に信用出来るかどうか…というのは、友雅次第なのだ。

「本当に何もありません〜っ!!」
困り果てつつ嘆くように、あかねは声を上げる。
巷に流れている噂は、既に二人の間には子どもがいるとか、とんでもない方向に広がっているらしいけれど、本当に何もないのだ!
疑われても、突かれても何も出ないのに、どうして噂は勝手に成長してしまうんだろうか。


「失礼ながら…主上、お耳を拝借出来ませんか?」
友雅が、そっと帝に耳打ちをした。
「ん?何だ、申してみろ」
帝が耳を傾けると、二人は部屋の隅に移動し、コソコソと何やらしばらく話をしていた。
こちらに聞こえないように、声を潜めて友雅は帝に話をしている。

そしてしばらくした時。

------------------------スパーンッ!
勢いの良い音が部屋に響く。
それは、帝の扇が思い切り友雅の頭を叩いた音だった。

「こ、この不届き者めがあっ!」
「な、なんですか一体!」
帝は血相を変えて友雅を怒鳴り付けては、パンパンと扇で彼の背中を叩いている。
「いや、何でもないよ、神子殿。君が心配することはないよ」
頭と背中を叩かれ、更に叱り付けられながらも、友雅は苦笑いを浮かべている。
何でもないと言われても、この状況が何でもないとは絶対に思えないが。

「…暢気に構えているのは、そなたくらいだ!まったく、先が思いやられるっ!」
ブツブツと不満をこぼしながら、呆れた顔で帝は友雅を見下ろしていた。
だが、しばらくするとあかねの方へやって来て、がしっと彼女の両肩を掴んだ。
「神子、友雅にはくれぐれも気をつけるようにな!」
強い口調で言い聞かせるように、帝はあかねに話す。
「その…もうそなた方を遮るものは無いが、嫌なら嫌だとあやつを突き放して良いのだぞ!?」
「は、はい…?あの、それ…どういう意味ですか…?」
真剣な面持ちで、まるで子どもを正す親のような口調の帝を、びっくりした目であかねは見る。
その背後にいる友雅はと言うと、さっきからくすくすと笑って、こちらの様子を眺めているのだ。

「主上、私を真の聖人君子にするおつもりですか?」
「今さらそなたが、そんなものになれるか!」
笑いながら言う友雅を、帝は振り返ってキッと睨んだ。
「神子、早まらずにな!その、そういうことは…互いの同意があってからの方が…良いものだからな!」
「はあ…」
ぽかんとして、あかねは帝の話を聞いている。
「その、まあ輿入れを済ませれば…別にな、その…懐妊してもめでたいことになるがな…」

……懐妊?
「ちょっと待って下さいっ!何だか話が、どんどん先に行っちゃってる気がするんですけどっ!」
もしかして、そういうことをずっと帝は言い聞かせていたのか!?
そう気付いたとたん、あかねの頭の中が大混乱に陥った。
「し、慎重に考えて行動するのだぞ!?友雅に流されてはいかんぞ!?」
揺さぶりながら懸命に説く帝の声は、パニック最中のあかねにはあまり聞こえていなかった。



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Megumi,Ka

suga