Trouble in Paradise!!

 第33話 (2)
友雅の屋敷には、いくつかの葛籠に色鮮やかな袿が揃えられていた。
それは一目で、晴れの日に着ると分かる華やかな仕立てのものばかり。
「東市に用があるって、この間言ってただろう。あれは、大切な姫君の着物を仕立てる生地を、見繕いに行くつもりだったんだよ。」
絹織物は既に西市で選んであったが、普段着用に木綿なども用意した方が良いだろうと思い、暇な時にふらりと出掛けたりしていたのだ、と友雅は言った。

髢を付けて袿を身にまとい、再びあかねは友雅と車に乗り込む。
行き先は、清涼殿。
「この袿は、もっと前に仕立てておいたものだけどね。いずれ主上に、君を正式に紹介出来る時のために…と思って。」
「そ、そうだったんですかっ…」
長く伸びた指先に袿の袖を絡めて、そこからゆっくりとあかねの喉元を通り、顎をなぞる。
間近にある彼の眼差しが、やけに艶やかで鼓動が早くなっていく。

「あ、あのっ…友雅さんっ!あれからアクラムとかっ、シリンとか…どうなったんでしょうかっ!?」
咄嗟にはっとひらめいた事を、どきどきしながら友雅に聞いてみた。
「うん…特に何もないね。変わった様子も見せないし、噂も全然聞かないね。」
「そうなんですか…。」
ひっそりと人里を離れて、どこかで新しい気持ちで生活を始めているんだろうか。
今になって落ち着いて考えれば、シリンは本当にアクラムの事が好きで。
その想いが強いからこそ…どうしても一緒に、一番近くにいたかったんだろう。
例えそれが罪を重ねることでも、好きな人のそばにいられれば、と割り切って。

「まあ、全て真っ白に戻ってしまえば、いくらでも色は染めていけるよ。どす黒い感情で塗り固めた心で生きるより、薔薇色に新しく染めた人生の方が、彼もずっと楽しいと思うよ。」
棘のあるいばらの花で、その心を染めて。
甘い香りで、その心を酔わせて。
初めて知るであろう、恋という感情に浸りながら生きる、その幸せに彼もいずれ気がつくだろう。

「そして私も、今じゃ姫君の色で染め上げられてしまった、というわけだ。」
戯言の関係など、つまらなくて空しくて。何ひとつ残らない泡のような儚いもの。
使い捨ての感情よりも、抱き続けられる幸せの方が、ずっと良い。
それは…これからも一緒に生きていたい、と思わせてくれた女性がいるから。

車の歩みが止まる。
「到着致しました旨を伝えて参りますので、しばらくお待ち下さいませ。」
そう言って従者が一瞬車から離れたが、中の二人は一時も離れることはなかった。


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友雅にとっては慣れた場所かもしれないが、あかねにとっては緊張に押しつぶされそうな場所だ。
彼に手を引いてもらわねば、足がすくんで歩けそうにない。
遠回りにはなるけれど、噂のネタにされて騒ぎを大きくされても困る。
出来るだけ人目を避ける場所を選んだ友雅は、清涼殿へようやく辿り着いた。

「御前に上がらせて頂きます。神子殿をお連れ致しました。」
「…よく来たな。こちらに参るが良い。」
御簾の向こうから声がする。意外と聞き慣れた、穏やか且つ芯の通った声だ。
袿の足元を踏まぬように、友雅に手を貸してもらいながら、あかねは部屋の中へ足を踏み入れる。
そこには、帝がゆったりと柔和な笑みを浮かべて、こちらを見ていた。

「神子、これまでの幾多の困難、さぞかし辛かったであろうな…。」
「あ…いえ、でも…いろいろと八葉の皆と、藤姫にも力を貸して頂いたので…何とか役目を終えることが出来ました…。」
「そうだな。だが、確かに他の者の力もあるだろうが、そなたへの負担は計り知れないものだったろうね。」
小さな彼女の身体しか背負えない任は、何よりも重い。
手を貸してやりたくても、それが敵わないもどかしさは、きっと隣にいる友雅も感じていた事だろう。

「京の者たちの分も含めて、そなたに感謝の言葉を捧げよう。本当に心から感謝しているよ、神子。」
「そ、そんな…恐れ多いお言葉、ありがとうございますっ!」
思わず三つ指をついて、ぺこりとひれ伏してあかねは帝の言葉に応えた。



初夏の風は、緑の香りを乗せて来る。
壺庭に流れる小川の音と共に、サラサラと涼しげな笹の葉が摩れる音も聞こえる。
「ところで…何か私から礼になるものを贈りたいのだが、神子は欲しいものは何かないか?」
少し時間が過ぎて、ようやく緊張がやや和らいできた頃、帝が二人にそんなことを問い掛けた。
勿論それは、あかねと友雅だけではない。
今回のことに関わってくれた者すべてに、後日改めて何か礼をしたいと帝は言う。
「欲しいもの…ですか…?ちょっと思い付かないんですけれど…」
何か必要なものがあるだろうか。ありそうな気もするが、こういうことは咄嗟には思い付かないものだ。
「どんなものでも良いぞ。贅沢な要望でも構わぬ。京を救ってくれた事を思えば、安いものだからな。」
ここはあまり遠慮しないで、好意を受け取った方が良いのかもしれない。
だが、やはりすぐには思い浮かばない。

うーんうーんと頭を抱えながら、悩んでいるあかねの様子を微笑ましく眺めながら、帝はふと隣の友雅に目をやった。
彼はずっと、そんなあかねを見つめている。
寄り添うほどの距離で、愛しげな眼差しをして。

「うむ、そうか。ならば、神子が輿入れの際に身につける晴れの衣は、私が仕立ててやろう!。」
「えっ!?」
急にひらめいた帝が、そんなことを言い出したので、二人は驚いて顔を上げた。
「お待ち下さい、主上。それはあまりに恐れ多い事…。これまで私共をかくまう手助けをして頂いただけでも、この上ない幸せであります。その上、またそのような事をおっしゃって頂いては…」
自分たちの事で、これまでどれほどの面倒に巻き込んでしまったか。
そのたびに、親身になって応じてもらった事が、どれほど光栄なことかを忘れたことなどない。

しかし帝にとっては、ここまで来れば毒を食らわば皿まで。
「何を言うか、今更。私の遠縁である天涯孤独の姫君が、ようやくこうして一人の男と縁を持って結ばれるのだぞ?それくらいの世話、何て事はない。」
笑いながら、帝は言った。
初めて事実を知らされたときは、どうなることやらと戸惑いの連続だった。
だが、こうして全てが落ち着いた今では、そんな過去のことも笑い話に変わる。
他人であっても、長く付き合えば親愛の情が生まれてくるもの。
暦的には短い期間ではあるが、それだけ親しく触れ合って来たことだし。
彼らと共に、秘密を分け合って来たのだ。
もう他人とは言えまい。

「で、でも、あのっ…お言葉だけで…本当に感謝してます!それだけで本当に充分なんです!」
慌てながら身を乗り出すあかねを、帝は宥めるように見下ろす。
「まあまあ、神子…それくらいしか私には出来ぬのだから。遠慮などするな。」
「そんな…」
遠縁なんて、真っ赤な嘘で。
何ひとつ縁も所縁もない他人同士。
更に言えば、生まれ育った世界だって違うというのに…。
そんな自分のことを、本当の縁者のように見てくれるなんて…本当にあまりに恐れ多いことだ。

「ここまでそなた方を見守って来たのだ。最後まで手を貸すことを許してくれたまえよ?」
帝は友雅を見て、そう話す。
おそらく彼が一番求めているものは、ただ一人の姫君と共に生きて行くことであろう、と思えたから。
あっという間に広まった、二人の噂。
せっかくの機会だ。その噂に負けないような祝いの用意を、精一杯演出してやろうじゃないか。

「衣だけではなく、宴やら何やら必要なものはいくらでも申せ。この際、誰もが羨む輿入れの儀を仕立ててやろう。」
「…勿体ないお言葉、心より感謝致します。」
「友雅さん…」
あかねの肩を抱き寄せて、友雅はただ一言、心から帝に感謝の言葉を告げた。



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Megumi,Ka

suga