Trouble in Paradise!!

 第33話 (1)
神泉苑での作戦が成功してから、早3日が過ぎていた。
自覚症状はなかったが、かなり疲労が蓄積していたのだろう。
あの後、どっと身体の力が一気に抜けたあかねは、そのまま丸2日間殆ど目を醒まさなかった。
……そして3日後の朝。

「もうお身体はよろしいですか?」
「うん、やっぱり疲れてたんだねー。ぐっすり寝ちゃって…もうすっきり」
床から起き上がると、吸い込む新しい空気が身体全体に巡って行くのが分かる。
まるで生まれ変わるかのように、全てが浄化されていくようだ。

生まれ変わると言えば…あれからアクラムとシリンたちは、どうなっただろう。
眠っていた間に、何か変わった事があっただろうか?
藤姫に聞いてみようか…。
それとも、あとで友雅に聞いた方が良いだろうか。
「朝餉はこちらにお持ち致しましょうか?」
「あ、ううん平気。母屋の方で良いよ。着替えたら行くから。」
「左様でございますか。ではあちらにご用意致しますね。」
そう言って藤姫は、先に部屋を後にした。

既に他の者は、食事を終えている時間だ。
あかねの朝餉一人分が、そこに用意されていた。
いつもなら柔らかな粥や煮物などだが、今朝は鮮やかな水菓子や果物の甘露煮などがいくつか並んでいる。
「神子様がお目覚めになられたら、召し上がっていただこうと、ご用意しておりましたの。」
桃や杏、栗の甘露煮など。あかねが好きなものが、少しずつ揃っている。
「これまで本当に力を尽くして頂いた神子様に、せめて感謝の意でもと…。ですが、私にはこれくらいしか思い付きません…」
「ううん、十分だよ藤姫。私こそ、本当にいろいろ力になってくれて、ありがとう。感謝してるよ。」
「私には勿体ない言葉ですわ、神子様…」
嬉しそうに小さな身体が寄り添って、あかねはその背中をそっと撫でる。

………そっか、本当に終わったんだなあ…。
庭に降り注ぐ日差しが、緑を鮮やかに輝かせている。


「そういえば、今日はお見えにならないのでしょうか」
「え?誰が?」
藤姫にあかねが尋ねると、そこへ侍女がやって来た。
「朝餉の最中に失礼致します。橘少将様がお見えになられておりますが、如何致しましょう?」
「まあ、噂をすれば…ですわね。」
ということは、今日は来ないのだろうかと言っていたのは、友雅の事だったのか。
「神子様がいつお目覚めになられるかと、毎日おいでになられていたのですよ。」
「そうだったんだ…」
何か、急な用事でもあったのだろうか。
そうだ、アクラムたちのその後も聞きたいし、部屋に通してもらおう…とあかねが言うよりも先に、藤姫が侍女にそう告げた。


「ようやくお目覚めになったようだね、神子殿。どうだい?どこか、具合の悪いところはないかい?」
「大丈夫です。ゆっくり眠ったので、もう全然疲れもないです。」
「それなら良かった。目を覚まさないというから、少し心配していたんだよ」
友雅が触れたあかねの頬は、柔らかでほのかに暖かい。
顔色も良く、彼が気に入っている笑顔も晴れやかだ。

全てが一段落してから数日。
もうお互いの間には、隔てるものなど何もないだけに、会えなかった時間がどれほど退屈だったか。
せめて人目がなければ、抱きしめて口付けの一つでもしてやれるのに、生憎ここでは、藤姫のお咎めに遭うのは目に見えている。

「ね、神子殿。目が覚めたばかりで何なのだけれど…少しゆっくり、私と京の町を出歩いてみないかい?」
あかねが最後の甘露煮をほおばった時、友雅がそんな誘いの台詞を告げた。
「無事に平穏になった町を、のんびり歩くのも良いだろう。それに、姫君にも逢いに来て頂きたいのでね。」
「まあ、ではあちらの姫様も、友雅殿のお屋敷に戻られているのですね?」
「ふふ…まあね」
まあね、って…いるわけないじゃないですか。
一件落着して、逆に友雅さんのお屋敷から帰って来たばかりですよ、ワタシ…。
…なんて、声に出さないあかねの独り言は、何となく彼には伝わっていたのかもしれない。

「神子様、友雅殿もご一緒ですから心配もありませんし…外歩きをお楽しみになって来られては如何です?」
「あ…うん。じゃあ、そうするね」
あかねが答えると、満足そうに友雅は微笑んだ。

しかし、誰も気付いてはいないが、その光景を庭の植木の陰から、そっと覗いている者がいた。
「はぁ…。友雅さんが一緒じゃ、余計心配な気がするけどなあ…」
花がら詰みの手伝いをしていた詩紋は、溜息とともにつぶやいた。


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友雅と共に土御門家を出て、何気無い話をしながらしばらく歩いた頃。
突然彼が立ち止まって、あかねの手を引いて路地の裏へと入って行った。
そこに待機していたのは、彼の屋敷の牛車が一台。
「さあ、中へどうぞ。」
「えっ…これからどこか、遠出するんですか?」
だったら一言、藤姫に告げて来た方が良かったんじゃないだろうか。
遅くなると、また心配させてしまうし。
「そう遠くはないよ。これから、主上に会いに行くだけだから」
「ちょっ…ちょっと待って下さい!今から昇殿するんですか!?」
あかねの動揺など構いもせずに、車はゆっくりと動き出している。

「すべてが終わって安泰となったからね。落ち着いたら、神子殿を連れて来てくれと、主上から言われているんだ。」
「でも、それじゃ…こ、こんな普段着じゃ失礼ですよぅ!」
決戦前の夜は急だったから仕方がないが、清涼殿へ、しかも主上の前に上がるというのに、日常と変わらぬ水干姿では無礼過ぎる気がする。
「だから、一度私の屋敷に立ち寄ってから向かおう。袿はいくつか用意してあるから、うちの侍女たちに着付けてもらえば良いしね。」
そういえば、と物見窓から見える外の景色を見ると、四条方面へ向かっていることに気付いた。

「主上は神子殿に、感謝の意を直接伝えたい、とおっしゃっているんだよ。」
右も左も分からぬ異世界へ連れて来られ、自らの意も聞いてもらえず、押し付けられた大役を最後までこなすのは、どれほどの苦労があっただろう。
それを思えば、一国の主としてきちんと礼を言わねば、気が済まない。
「だから、出来るだけ早く連れて来るように、と言われていたものでね。」
「そんな…こっちこそ、そんなこと言われたら、恐れ多いですよ」
あかねは笑いながら答える。
自分たちなど、あろうことか帝を個人的なことにまで巻き込んでしまったのだ。
改めて考えてみると、とんでもないことじゃないか。

「まあね、その事もあって…私に君を連れてくるように、と主上はおっしゃったのだろうけど。」
屋敷に到着した、と外から従者の声がした。
車はいつのまにか、動きを止めている、
先に友雅は車から下りて、次に下りようとする彼女を抱きとめた。
「鬼と京の方は一段落だけど、私たちはこれからが本番だからね?」
「は、はぁ…」
結ばれるための最後の壁を、乗り越える準備がいよいよスタートする。
それは二人だけに嫁せられた、大仕事。

もうそろそろ、聖人君子の真似も飽きたしねえ……。
自分の腕の中で、照れるようにうつむくあかねの髪に、友雅はそっと口付けながらそんなことを思った。



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Megumi,Ka

suga