Trouble in Paradise!!

 第32話 (2)
馬鹿な事をやっていると、我ながら思いつつも止められなかった。
それはただひとつ、彼の心が欲しかったから。
例え彼にとっての自分が、慰み者の存在でしかなくても、離れられなかったのは…この思いを諦められなかったからだ。

いつか、何かのきっかけがあれば…と、わずかな期待だけを胸に秘めて、ずっとこうしてそばにいた。
誰にも代わりの出来ない、ただ独りだけとすべてを注いだ……大切な人。


「どうするんだい?方法はまだあるだろうに。」
嗾ける友雅の声が響く。
そして、薬丸がシリンの手の中で熱を帯びて行く。
「私なら手段は選ばないよ。彼女を手に入れるためだったら…どんなことでもしてみせる。」
言葉のあとで、抱きしめる力が急に強まって、あかねはどきっとした。
「それだけ、私にはかけがえのない人だからだよ。他の誰にも譲りはしない。その為ならば----」

-------毒薬でも媚薬でも使うよ。

イクティダールは、シリンをじっと見た。
こちらを見ている友雅と、一度だけ視線が合った。
彼女がいつ、行動に出るかと待ち構えているのだろう。
そして……自分も。



「…何だ!?」
それまで友雅たちを睨んでいたアクラムが、急に視線を逸らして振り向いた。
彼の腕に、後ろからシリンが腕を伸ばした。何も言わず、ただしがみつく。
「何をする!離さぬかシリン!」
アクラムは払おうと懸命に腕を揺さぶるが、意外に彼女の力は強い。
必死にかじりついて、振り回されようと離れなかった。

彼がシリンに気を取られている合間に、友雅は即座に後ろを見る。
背後に待機している仲間たち。
その中で、おそらく一番冷静さを保っているだろうと思われる泰明に、彼は目配せの合図を送る。
(もう一押しだ。その一瞬を見逃さずに、頼むよ。)
声には出さないが、彼ならきっと感じ取ってくれたはずだ。
チャンスは必ずやって来る。もうすぐ、あと少しでその時が訪れる。

「とっ、友雅さんっ!!」
あかねが友雅の袖を、強く引っ張った。
彼女を抱きとめ、再び真正面のアクラムたちに目を向けた……そこに映った光景。
「あ、あのっ…飲、飲みましたっ。シリンがっ…今、く、薬みたいなのを飲み込んでっ…それで…っ」
口移しで薬を流し込む策か。
赤い紅を指した艶やかな唇で、彼の口を塞いでその中へ。
膨らんだ思いと共に、その薬の効能のわずかでも期待出来たらと、願いながらアクラムの唇を彼女は奪い続ける。

イクティダールが、こちらを見ていた。
友雅は静かに彼に笑みを返して、背後の彼らに指先で合図を送った。

(さあ、今だ。頼むよ?)

この時が、すべてを決める。
この時のために、私たちの力は存在しているのだから。

泰明は目を閉じると、
「天地を統べる全能の神より、力を分けられし龍神の名において、我玄武の加護を持つ者代弁者となり、ここに呪を唱える。」

雲間より現れ出し、天を駆ける青龍の力
神火の羽根を広げ、悪しきものを燃やし尽くす朱雀の力
犀利な眼力を持ち、白銀の身体で正義を導く白虎の力
北星より導かれし、輝きの光受けし玄武の力
それら龍神の力を兼ね備えた神子の願いに従い、彼の者を白に導き給え
悪しき心、怨念、宿恨を浄化し、白へ導き給え


「神子殿、分かるかい?今、背後から彼らの力がアクラムの方へ注がれている。」
友雅に言われて、あかねは目を凝らして見たが、それは目には映らない。
ただ、熱くて眩い何かが、確かに後ろから向けられているのだけは分かる。

「最後は、君の力だよ。」
「ど、どうすれば良いんですかっ?」
「いつものように、封印をすれば良いんだ。彼を…ではなくて、これまでの彼の感情を封印すると願えば、それで良い。」
恋路を妨げる彼の雑念を、君の力で封印してしまえば良い。
まっさらな気持ちになって、人を蔑む感情も恨みを抱く心もすべてゼロに戻して。
一からやり直せるように。
そうすればきっと、すぐそばにいてくれるその人の心に、彼も気付く時が来るだろうから。

「わ、わかりました…やってみますっ」
深く息を吸い込んで、心を落ち着かせて目を閉じて。
友雅が肩をずっと支えてくれている。
足元が安定して、気持ちが和らいで来た。

すべてが真っ白に戻りますように。
生まれ変わった気持ちで…人を憎むことなどないように。
みんなが、幸せに過ごせる京に戻って…その中で、彼らも生きて行けるように。

「伝えられし願い、龍神の力にて邪悪たる全て浄化されよ。急急如律令。」


その時、池の中からふわりと白い光が立ちのぼって来た。
やがてそれは、あかねたちの頭上で一度旋回したかと思うと、吸い込まれるかのようにアクラムの背中から体内へと消えて行く。
「な、何だあれ…」
見たこともない光景を、驚きながらイノリたちは見上げている。
しかし、それが消えてゆくと同時に、今まで吹いていた冷たい風が、とたんにぴたりと止んだ。
泰明は目を開け、ひとつ大きな溜息をつく。


「神子殿…もう大丈夫だよ」
ぽん、と友雅が肩を叩いて、あかねはゆっくり目を開けた。
「おっ、お館さまっ!?」
セフルが駆け寄り、シリンを弾き飛ばした。
ひび割れた仮面が剥がれ、金色の長い髪が乱れたまま顔を覆う。
イクティダールもまた、アクラムの側へと駆け寄った。

「……ご無事ですか、アクラム様」
「……何があった?」
彼は辺りをゆっくりと見渡す。そして、あかねたちへ視線を向けた。
…が、アクラムは何の反応も見せず、髪を掻きあげた。

「アクラム様っ…!」
シリンがセフルたちを掻き分けて、彼の元に跪いた。
すると彼は、彼女の頬を引き寄せたあと語りかける。
「どうした。何をそんなに慌てておる?」
「アクラム様、お身体は…どこか気分が悪いところは…っ」
「何があった。私は別に、変わったところもない。」
変わったところはない、と彼は言う。

だけど、今までこんな風に穏やかな笑みなど…一度だって見せたことなどない。
いつも何かを恨み、何かに向かって復讐を抱き、不敵に微笑むことしかなかった…彼の姿は、ここにはなかった。



***********

Megumi,Ka

suga