Trouble in Paradise!!

 第32話 (1)
果たして、どれくらいの時間が経っているのだろうか。
相変わらず空は雲が厚く、どんよりと薄暗い。風も時折駆け抜けて行く。

これと言った動きはない。
意識の探り合いと、言葉の応戦だけが続いている。それも、ほぼ友雅とアクラムの間でだけだ。
彼に抱きしめられているあかねさえも、殆ど口を挟めない状態。
だが、それを良いことに(?)友雅は、ありとあらゆる手を使いながら、相手を惑わそうとしている。

「いばらの君、その後はどうだい?」
再び友雅が、シリンに声を掛けた。
「お館様のために、あんなに苦労していた結果は…見えないみたいだけれど?」
「お、おだまり!」
友雅は笑いを堪えながら、戸惑うシリンの様子を見ていた。
媚薬の材料をあんなにかき集めて、さぞかしあれから調合に手を焼いただろうに。
「やっぱり、効かなかったのかな?」
「…黙れと言ったじゃないかッ!」
「せっかく頑張ったのに…可哀想だねえ…」
「キイイイイイイイッ!こ、このぉっ…!」
長い爪を立てて、今にも飛びかかりそうになったシリンを、慌ててイクティダールが引き止めた。
アクラムのことになると、彼女はあまり感情を抑制出来なくなる。
つまり、それだけ素直なタイプと言える。そこが、狙い目だ。

「あんなものを使っても、彼の心を奪えなかったのかい?そうなると…元々の君の魅力が弱いのかな?」
今度は友雅の方が、上から目線でシリンを見た。
その態度に、せき止められているにも関わらず、シリンは怒りを剥き出しにする。
「ほら、ご覧。もうそこで、私の姫君の方がずっと君より優れているじゃないか。私の姫君はね、ここにいるだけで、こんなにも私を誘ってしまうのだよ?」
そう言って友雅は、あかねを抱きしめて耳朶を唇で触れた。


「……ちょっと調子乗り過ぎかな?」
小さな声が、耳元に響く。
「ちょ、ちょっとどころかっ…やり過ぎですよっ!」
誰にも気付かれないように友雅にしがみついて、あかねも小さな声で答えた。
後ろを振り向く余裕もないけど、他の八葉たちがどんな顔で見ていることやら…。
すべてが無事に終わっても、そのあとのフォローにまた苦戦しそうだ。
「ま、平気平気。これが終われば、別にもう弁解する必要はないんだしね。」
友雅は全く動じる気配もない。相変わらず、気楽な表情だ。
そして再び顔を上げる。


「それにしても、彼女を恋の相手にしないなんて、勿体ないことをするねえ。なかなか可愛い女性じゃないか。」
"私の姫君には及ばないけれど"と付け加えて、友雅はアクラムに目をやる。
アクラムは、そんな彼の言葉を笑いながら受け止めた。
「だから何だ?私にとってシリンは、道具。それ以上でもそれ以下でもない。その意味以上の必要性もない。」
「ああ可哀想に…。やっぱり、君の力はこれまで、か。」
今度はシリンに目を向けた。
悔しそうな、それでいてどこか辛そうな。
媚薬を使ってでも、振り向かせたいと思い詰めたのだ。
少し同情してやりたくもなる。

そんな彼女を、イクティダールはどこかそわそわした様子で見ていた。
……薬を渡しているのだな、と友雅は察した。
シリンにとって、あの媚薬は最終手段でもあるもの。
自分の手で足りなかった薬効を、もしかしたらこれで補えるかもしれない、わずかな希望だ。
それを彼女がいつ使うのか…イクティダールも気になっているに違いない。

なら、もう少し嗾けてあげようかな。


「ねえ、いばらの君…こんなつまらない男なんて、さっさと諦めた方が良いんじゃないのかい?」
さっきまで見下したような目が、急に色を変えた。
シリンはその視線に、神経がひきつる。
「君みたいな女性なら、もっとマトモな男が見付かるだろうに。女性を道具扱いしか出来ない、こんな愚か者に身を捧げるのは勿体ないよ?」
「……ほう?私を愚か者と宣うか。おまえのように、恋だとかのくだらないものにこだわる方が………」
友雅はシリンに語りかけていたのだが、横からアクラムが笑いながら割って入ってきた。
が、その言葉を友雅は払い除ける。
少し強い目を投げかけて。
「五月蝿いね。そういう考えしか出来ないから、愚かだと言っているんだよ。」
アクラムの言葉が、一瞬友雅の威圧で遮られた。

「おまえがあれこれ文句をつけようと、その言葉や価値観が、既におまえを愚劣者と決定付けているのが、分からないのか?」
恋という感情を無きにしても、男に生まれてからこの方、一度だって女性を道具だなんて思ったことはない。
例えるなら、目を楽しませてくれる艶やかな華。または、甘い夢を見せてくれる、和やかな安らぎを持つ薫玉。
それは男には決して手の届かない、どこか崇高な存在。
だからこそ、男は女に惹かれてしまう。
それ故に………恋が生まれる。

「程度が低いのは、おまえの方だよ。一途ないばらの君の心を受け取る価値など、おまえにはないよ。」
「くだらぬことをべらべらとっ……!」
表情をしかめて、苦み走ったアクラムが友雅を睨んだ。
その時。

「だっ…黙れ!それ以上っ…お館様を罵ることは許さないよっ!」
アクラムの代わりに、友雅を怒鳴りつけたのはシリンの声だった。
……道具扱いされているくせに、それでも思いを寄せる男をかばうつもりか。
本当に、ここまで女性に思われても振り向かないなんて、つまらない生き方しか知らない男だね…。
同じ男として、これじゃあ哀れすぎる。
だから…生まれ変わらせてやるとしよう。彼女の手で…。
少しそこに手を貸してやって。


「だったらそこの可哀想な男を、君がどうにかしてあげれば良いだろう?」
友雅の目が、シリンを真っ直ぐに捕らえる。
「君にはいろいろ手段があるじゃないか。どんな手を使ってでも良いから、彼に恋の楽しさを教えてあげた方がいいよ?」
媚薬だろうが色仕掛けだろうが、何でも構わない。
それで恋を知ることが出来るなら、安いものだ。
「肌を合わせて抱き合うことだって、恋心の有無で全然違うんだから。」
「ひっ…ひぇっ!」
急にあかねが妙な声を上げた。

「え、何!?何かやってんのか、オイ…!?」
後ろにいる天真たちが、キョロキョロと首を伸ばして覗き込もうとする。
しかしあかねはこちらに背を向けて、更にその後ろに友雅が立ちはだかっているので、一体どんなことをしているのか分からない。
おそらく、目の当たりにしたらしたで、またもパニックが起こるだろう。

友雅はあかねの水干の緒を解いて、はだけた襟元に指先を忍ばせている。
そして、昨日彼が付けた唇の痕跡を、自慢するように見せびらかす。
「羨ましいんだろう?私たちのような、甘い関係が。」
ぎゅうっと強くあかねを抱きしめて、シリンの悔しがる顔を笑顔で見つめる。
こちらはまったく動じていない。
余裕でこうして、抱き合える関係なのだ、と主張してみせた。

「指をくわえていたって、どうにもならないよ?」
ふっ、と笑いながらこちらを見る友雅は、あかねを愛しげに抱きすくめている。
その腕の中で彼女は、小さくなりながら頬を染めて。それに彼は唇を寄せる。
「神子と八葉が恋を出来るのに、君らが出来ないことはないだろう?君の魅力は、肝心の人には通用しないのかい?」

「だっ……黙りなっ!!!」
シリンの白い手が、ぐっと拳を作る。
その手の中には、小さな薬丸が握りしめられていた。



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Megumi,Ka

suga