Trouble in Paradise!!

 第30話 (3)
普段通り、何ひとつ変わらない景色が広がる朝だった。
違うことと言えば、友雅を除いてそれぞれが、我が家で目覚めていないだけのことくらい。
だが、明らかに彼らにとっては、今までとは違う朝。
そして、新しい一日の始まりであった。

一日の始まり-------それが終わりを告げるのは、いつだろうか。

さまざまな感情が入り交じる中で、朝日とともに"その日"が幕を開けた。



「殿、ちょっと。」
皆が緊張の面持ちで朝餉を摂っている最中に、侍女の一人が友雅のところへやって来た。
そして、話があるからと彼を連れて、廊下の隅へと移動して行く。
「何だ?友雅のヤツ…何かあったのか?」
イノリが塩焼きの魚をほおばりながら、外へと去って行く友雅の後ろ姿を見て首を傾げる。

「どうしたんだい?これから緊張の一戦が待っているというのに。」
「どうしたもこうしたもございませんわ。殿、昨晩神子様に、一体何をなされましたの?」
彼女は少し不機嫌そうに、主を睨む。そしてすぐに、ひとつ溜息を着く。
「本当に昨晩は、参内されたのですか?」
「ん?どうしてまた、そんなことを?」
実際に帝からの返事を受け取ったのは、紛れもなく彼女であるし。
その文の内容も見ているのだから、参内しなくてはならないことは知っているはずなのに。

「どこで神子様に、あのようなことをなさったのです?」
彼女はそう言ってから、さりげなく自分の襟元をぽんぽんと叩いてみせた。
………もしかして。
そういえば彼女が、今朝はあかねの着替えを手伝っていたはずだから……。
「全く、主上に強く言われておられたのでしょう?なのに、こんな大切な日の前夜に、何てことをなさるんです?!」
「ああ、待ちなさい。勘違いしないでくれ。まだ私は、何とか踏み止まっているんだから。」
「踏み止まっておられるのなら、何故神子様の胸元に、あのようなものがあるのです!?」
侍女に咎められつつ、友雅は頭を掻きあげた。
「いや、本当にまだどうにか一線を越えてはいないのだよ。あれは…ただ、ちょっとした作戦のための武器みたいなものでね」
「はあ?何をおっしゃってるのです?」
まあ、そんなことを言っても、理解はしてもらえないか。
半分は作戦に利用するつもりであっても、その半分は…自分の本能でもあるし。

「とにかく、一応主上に背くことはしていないよ。いずれ、平穏無事にここに戻るためなのだから、大目に見ておくれ」
友雅は彼女にそう答えて、さっとその場から逃げるように広間へ戻って行った。




車は二台に分かれて、神泉苑へと向かっていた。
その中で、あかねと友雅、そして詩紋と天真の四人を乗せた車だけは、遠回りをして土御門家へ立ち寄ることになっていた。

「神子様っ…!」
屋敷に着いたとたん、藤姫が不安を隠せない表情で駆け寄って来た。
そして、徐にぎゅうっとあかねにしがみつく。震える手で、しっかりとその手を握りしめる。
「これから、参られるのですね。」
「うん。頑張ってくるからね。」
友雅に言われたように、出来るだけ普通通りにあかねは答えたが、藤姫の手が震えていることに気付いたとたん、やはり平常心ではいられなくなった。

藤姫を、そっと抱きすくめる。
こんなに小さな身体で、今まで自分たちを支えて来てくれたのだ。
彼女のためにも、良い形で今日を終わらせなければいけない。
あかねの中で、再び強い決心が沸き上がって来た。

ぽん、と友雅の手が、あかねの背中を叩く。
「藤姫殿も、期待して私たちの帰りを待っていて欲しいね。あっという間に、また元気な神子殿を連れて戻って来るよ。」
おそらくあかねが感極まっていたのを分かったんだろう。
その手で背中を叩かれて、あかねも昨日の彼の言葉を思い出した。
"最後の挨拶"をしに来たのではない。"いってきます"を言いに来たのだ。
そして、"ただいま"を言うために出掛けて行く。
"おかえりなさい"を聞くために、必ず戻って来る。
「帰ってくるの、待っててね?」
「神子様…」
友雅や天真、詩紋もうなづきながら、藤姫に精一杯の笑顔で応えた。

「神子様、これをお持ち下さいませんか?」
藤姫が差し出したのは、小さな薬玉だった。
飾られるような大きなものではなく、丁度ストラップかキーホルダーになりそうなほど小さなもの。
だが、しっかりと雅やかな香が練り込まれていて、更に鮮やかな糸を使って繊細に作られている。
「大きなものでは邪魔になるでしょうが、これくらいの小さなものなら…。お守り代わりに父上から頂いたものなのですが…」
一緒に着いて行けないなら、せめてこれだけでもお守りに持って行ってくれないか、と。
手のひらに乗るほどの薬玉。
それでも、藤姫の心はずっしりと重く詰め込まれている。
「ありがと、藤姫。ちゃんと返しに来るから、待っててね。」
彼女の想いを抱えて、あかねたちは土御門家に背を向ける。
必ずここに、もう一度戻って来る、出来るだけ早く。

そして、誰もが笑顔になるように------そんな京で暮らす日が、必ず来ると信じて。


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神泉苑の周りは、取り敢えず警備の者が何人か待機していた。
「本日は帝より閉苑するようにとの事ですが、何かあるのですか?」
友雅の姿を見つけると、近衛たちは不思議な顔をして尋ねてきた。
だが、本当のことを言うわけにも行かない。
何が起こるか、まだはっきりとも言えない。
「まあ、ちょっとね。取り敢えず中には私たちがいる。君らは外側で、誰も近寄らないように見張っていてくれ。」
「…承知致しました。お気を付けて。」
単なる社交辞令のように近衛は言うと、中へ入ってゆく友雅たちを見送ってから、再び持ち場へと戻っていった。

「待たせたね。これで全員勢揃い…だ。」
先に到着していた頼久や鷹通たちは、広大な池のほとりで友雅たちが来るのを待っていた。
ぐるりと辺りを見渡してみたが、まだ変化らしいものは見当たらない。
「アクラム達は…まだ来ていないようです。」
鷹通は言ったが、既に隣の頼久は刀に手を掛けていて、いつ彼らが姿を現しても良いように準備を怠っていない。
泰明もまた、いつもよりその瞳の先を研ぎ澄ませ、わずかな異なる気をいち早く察知しようとしていた。

「ん〜?何か良い匂いがするなあ」
「あ、これ…藤姫から貸してもらったの。御守りに持っていってくれって…」
あかねは手のひらに乗せた薬玉をイノリに見せた。
「そっか。じゃ、それを返しに行ってやんなきゃな!」
気合いの入ったイノリの元気な声が、皆にパワーを与えてくれる。自然と、気持ちが前向きになる。
それとは逆に、永泉はあかねたちを穏やかに見ている。
「次は是非皆で、兄上に良い報告をお聞かせに参りましょう。」
「はい。もちろん…」

「神子殿、そろそろ…みたいだ」
友雅の声に、緊張が走った。
あかねは振り向くと、泰明がじっと一点を見つめている。

そして、そのすぐあとで----------彼らは目の前に現れた。


至上最大の作戦の幕が開く。




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Megumi,Ka

suga