Trouble in Paradise!!

 第30話 (2)
「ふっ…相変わらず愛らしいことだね。」
二人の光景を眺めながら、帝は笑いながらつぶやいた。

それにしても。
少しの戯言にもすぐに頬を染める可憐な彼女が、これが終われば友雅の妻として迎えられるのか。
明日の事とは違う意味で、いろいろと彼らの身に(というかあかねの身に)不安があるが、彼女も友雅を好きならば仕方ない。
彼の方は…何とか踏みとどまっているようだが…。
それでもいずれは、男女の理のまま進んで行ってしまうのだろう。
「とは言っても…そなたの心に"節制"という言葉があるか、そこのところが微妙だがな…」
「主上?何かおっしゃいましたか?」
「いや。こっちのことだよ…」
ああ、いつからこんなに自分は、他人の世話焼き好きになったのだろうか、と帝は思いながら頭を抱えた。
「神子…その、無理はしなくても良いのだからな…」
「は?はい?」
彼女にとっては意味不明の言葉のあと、帝はふう、と溜息を着いた。

帝への秘密の謁見は、十分程度のことだった。
「では、そろそろ下がらせて頂きます。明日のこともありますので、あまり夜更けまで彼女を連れ歩いては、支障があるといけませんので。」
「そうだな。私も精一杯そなた方の健闘を祈る。次の参内は、晴れ晴れと来てくれるを楽しみにしているよ。」
「……図々しいことは承知でありますが、是非その時には、主上より祝言を頂きとうございます。」
あかねの肩を抱き、友雅はそう言った。
「了解した。その為にも、明日はよろしく頼むぞ。」
泣いても笑っても、明日の夜にはすべてが終わっている。
次に会う時、彼らが笑顔であるように。
何の心配もなく、二人が結ばれる日が来るように。
最後までそう祈りながら、帝は二人が帰って行く後ろ姿を眺め続けていた。




帰りの牛車が屋敷に近付いて来た頃、あかねがひとつ友雅に尋ねた。
「友雅さん、明日神泉苑に行く前に…土御門家に寄って行けませんか?」
「藤姫殿に会っておきたいから、だね?」
あかねは、こくんとうなづいた。
彼女はこれまで、ずっと自分を支えてくれた。
この日が来る時のために、そばで助けてくれていた彼女だから、最後に顔を見て挨拶だけでもしたい。
「最後の挨拶、という言い方は駄目だよ。いつも通りに、いってきますの挨拶だけで良いんだ。私たちは、すぐに帰って来るのだからね。」
「…そうですね。」
負けることを考えてはいけない。その妄想が、現実を引き寄せてしまうから。
ただ、穏やかな京が戻ることだけを考えて、立ち向かって行けば良い。

「ねえ、神子殿。」
「何ですか?」
コトコトと静かに牛車は、夜更けの道を進んで行く。
車の振動で吊香炉が揺れて、香の煙が緩やかに溢れる。
「明日、私が頑張れるためにも、神子殿から励ましの言葉をくれないかな?」
励ましの言葉?
友雅を励ますための言葉って、一体どんなことを言わせたいんだろう。

彼はあかねの手を、そっと握りしめた。
「すべてが終わったら、君は本当に……私のところに来てくれるよね?」
……びくっと心臓が大きく揺れて、思わず息を飲み込む。
手を握りしめたまま、真正面に顔を近付けて、足を踏み外しそうな深い色の瞳で彼は見つめている。
「約束の言葉…いや、うなづくだけでも良いんだ。答えをくれないかな。」
「で、でもっ、そんな…今更じゃないですか、そんなのっ…もう前に…っ…」
あの時、彼にプロポーズされた時、『YES』の答えを返したはずだ。
だからこそ、さっき帝も婚儀には力を貸してくれる、と言っていたのだし。
「うん…分かってはいるのだけども、確かめたかったんだよ。本当に、私と結ばれてくれるんだとね。」
きゅうっと強く握る、友雅の大きな手。
それと同時に、心の奥もまた締め付けられる。

「もう一度聞くよ。何もかもが終わったら、君は本当に、私のものになってくれるんだよね…?」
耳に流れ込む囁きのような、甘い声。それは、あかねだけにしか注がれない言葉。
触れる友雅の指先に、あかねは自分から絡める。
そして黙ったまま、静かに首を縦に動かした。


「よし、これでもう明日は大丈夫だな。」
友雅はあかねの肩を引き寄せて、その腕に抱きかかえる。そしてごく自然に、その唇を奪った。
「その約束の答えが、私には百人力だ。もう何があっても負けないくらい、自信がついたよ。」
「でも…あまり過信してると…。」
「おや、神子殿は私を信用していないのかい?未だに"適当なことばかりしている不真面目な八葉"とでも?」
「もうっ、そんなんじゃないですってばっ」
ただ、心配なだけなのだ。------大切な人のことだから。

「任せなさい。君との約束を守るためなら、負けやしないさ。」
"それが、私から君への約束だ"-------約束を守るための、彼の約束。
あかねを抱きしめながら、はっきりと友雅はそう言った。
「わ、私も負けませんから!」
きらりと輝くあかねの瞳が、下から友雅を覗く。
「負けませんっ!絶対に明日…成功させます!」
「……それでこそ、私の姫君だ。君の存在は本当に心強いよ。」
その腕に抱いた彼女がいるから、明日よりもっと先の未来まで、思い描くことができるのだ。




車が屋敷に到着した。
従者たちは車宿に身を寄せてから、一人が中にいる主に声を掛けようと近付く。
「殿、到着致しました。」
「ひゃっ、ひゃあっ…うひゃ〜っ!!」
「……?」
返事はなく、奇妙な声が中から聞こえて来た。
車内には友雅とあかねの二人だけ。
彼らの関係は従者たちも周知であるが、そうは言ってもこれは、到底色気のある声とは言えないような…。
「ひゃ、やめてぇ〜っ!」
「静かに。ふふ…あまり動くと、場所を間違えてしまうよ?」
「きゃう〜っ!!!」
……どう考えても、艶かしさには程遠い。

「殿?既に屋敷に着いておりますがー……」
夜空の下、このままじっと待つわけにもいかない。
仕方なく少し声を上げて、もう一度声をかけてみる。
すると、やっと友雅から返事が返って来た。
「ああ、そうか。それじゃ下りるよ。」
その後、何やらごそごそと音がしてから、先に友雅が車から下りて来た。
あとからあかねが下りようと姿を見せると、彼は身体ごと抱きかかえる。

「じゃあ、私たちは中に行くよ。遅い時間までご苦労だったね。」
「…はあ。では、おやすみなさいませ…」
彼に抱かれたまま、あかねもまた小さく頭を下げると、彼らもそれに受け答えるように頭を垂れた。

一体、車内で何をしていたんだろう?
ひととき戯れていたにしては…友雅にしてもあかねにしても、殆ど衣服の乱れはないし。
かと言って、あの珍妙なあかねの声の意味は何なんだ?
何だか顔も赤らめていたけれど。

さっぱり何が何だか分からないと言った感じで、従者は頭を掻きながら車宿へと向かった。



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Megumi,Ka

suga