Trouble in Paradise!!

 第30話 (1)
頼久、天真、イノリ、詩紋、鷹通、永泉、最後に到着した泰明…そして友雅。
四条の橘邸に、八葉全員が揃った。
すっかり夜も半ばとなってはいたが、誰一人眠る気配はなく、静かな話し合いが続けられている。
「…では…明日、彼らとの最後の戦いとなるわけですね。」
「いよいよ、決着を付ける時が来たってわけだな」
普段から寡黙な性格の頼久も、この時とばかりはいつもより神妙な面持ちだったが、それは彼だけではない。
誰もが目の前に迫った決戦に向かって、心身を静寂に保ちながらも強い決心を抱きながら、これから起こるであろう出来事に向かいあう心構えを整えていた。
「どう転がったとしても、すべては明日決着が着く。」
無感情な泰明の声が、かえって皆の心にはくっきりと刻み込まれた。

だが、やはりまだ不安が抜けきれない者も、少なからずいる。
永泉はもしものことを想定し、鷹通はこの策が通用するだろうか…と不安を抱いている。
「何事にも完璧はないけれども、ここまで来たからには、成功に近付ける努力をするしかないだろう?」
「ええ、分かっておりますが…」
鷹通を宥めようとしている友雅の横で、泰明は永泉に視線を向ける。
「悩んでも始まらぬ。おまえ一人ではさほどの力はないが、我らは八人すべて揃っている。おまえが手助けを欲しているなら、援護する者は私以外にもいる。背負い込まず、その時は我らを頼れ。」
「泰明殿…」
感情はあくまで無に近いが、偽りや世辞というものは一切彼には存在しない。
それだけ、彼が言う言葉は素直な本心でしかないのだ。
もしも自分の力では間に合わないなら、自分たちがそばで力を貸してやる。
だから心配はするな、と。
彼のその言葉を聞いて、永泉は不思議に気持ちが安らいだ。

「もちろん、私たちが手にするのは、"勝利"だからね。神子殿を護り、そして鬼の力を永遠に封じること…だ。」
友雅は、これまでに言ってきた言葉を、もう一度全員の前で繰り返した。
敢えて"戦う"という言葉を用いらなかった。
重要なのは、彼らの力を封じることであり、倒すことではないこと。
彼が企てたその策は、つまりそういう意味合いのものである。
鬼と言われている彼らだが、人間には変わりない。
奇妙な力を持つことは異質かもしれないが、中身は意外と普通の人間らしいものだと、これまで彼らを見てきて友雅は感じていた。
だからこそ、今回の策が使えるのだ。

---------問題は、首領であるアクラムのこと。
彼に関しては、他の者とは感情の動きが違う。一筋縄ではいかないだろう。
そこで、利用させて貰うのがアクラムの仲間、特にあの男と女だ。
人間らしいからこそ、利用価値がある。
自分たちが勝つためには、彼らが必要不可欠…と思うと、何だか妙ではあるが。

「とにかく、泣いても笑っても明日しかない。覚悟半分…あとの半分は、あまり気負いしすぎないで挑む方が良いだろうね。」
友雅はそう言うと、ゆっくりその場から立ち上がった。
話が途切れるのを待っていたかのように、侍女の一人が文の入った箱を持って部屋に入ってきた。
「内裏より、お文が届いております。」
「ああ、良かった。さすがに今回は火急の用であるから、すぐに連絡が付いたみたいだね。」
金箔で模様を刻んだ蒔絵の文箱。滅多に見ない豪華な造りのそれを開け、友雅は中から文を取った。
さっと中身に目を通し、すぐにそれを箱の中へと戻す。
そして、彼はあかねの方を振り向いて言った。

「じゃあ、神子殿…行こうか。」
「えっ!?い、行くって、こんな遅くにどこにですか!?」
これから出掛けるだなんて…。最後の戦いの前夜なのに?
あかねだけではなく、誰もが友雅の言葉に疑問を抱いたが、彼の口から出てきた答えを聞くと、更に皆驚きを隠せなかった。
「内裏に行くんだよ。神子殿が参内されるのを、主上が待っておられるのでね。」
「しゅ、主上が…!?」
となると、さっきの文の差出人は…主上だったということか?
弟の立場である永泉も含め、ざわめきが部屋に響いた。
「屋敷に戻ってから、今回のことを主上に文でお伝えしておいたんだよ。おそらくこれが最後の戦いになるだろうから、その前に神子殿に励ましの御言葉を頂けないか、とね。」
「主上にそのようなことを頼まれるとは…」
鷹通が恐縮しがちに言うが、友雅は何てことはないという表情で答えた。
「一番大切な時だからこそだよ。主上も、是非会って声を掛けたいとおっしゃってくださったからね。」
「鷹通殿、兄上は神子の無事を、心からお気遣い下さっているでしょう。今はただ、感謝をするのみでよろしいかと思われます。」
そして明日が終わったら…改めて皆で礼に上がれるように、後で伝えておこうと永泉は言った。

「それじゃあ、私は神子殿を連れてゆくから、皆は先に休んでいて良いよ。」
友雅は蘇芳色のかつぎ衣を用意させると、それをあかねに手渡し、夜道を内裏へと向かった。

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夜更けの宮中は、不気味なほど静かだった。
宣陽門から、い司に声をかけた友雅は、人目を避けるようにあかねを連れて、約束の宣陽殿へと向かった。

「主上、夜分の参内に加え、私共からの無理な直奏をお認め頂き、心より感謝致します。」
「構わぬよ。状況が状況だ。何も出来ぬ私だが、せめてこういう時こそ、そなたや神子の少しでも力になりたいと思っていたのだよ。」
姿を隠すために被っていた衣を外し、顔を上げるとそこには帝が立っている。
嵯峨野で会ったときのように、あかねたちを見下ろす眼差しはやわらかだ。
「あの、すみません…こんな普段着で主上の御前に上がるなんて、失礼なこと…」
「はは…お互い様だよ、神子。私もこの通り、寝着の格好だからね。」
周囲の目をかいくぐって、床から抜け出しやって来た。
誰もいない、しんとした宣陽殿。そこならば秘密裏に顔を合わせられるだろう、との帝からの申し出だった。

「明日の事は、友雅からの文で知っている。神泉苑は、外からの出入りを禁止させておく。周りのことは気にせず、力を奮ってくれて構わぬよ。」
「本当に、いろいろとありがとうございます…」
あかねはその場に膝をつき、友雅と共に深く帝に頭を垂れた。

「神子にはさぞ重荷だろうが、そなたしか出来ぬことだからな…。友雅、京だけではなく、神子のことも頼むぞ?」
「それに関しては、何ひとつ心配はございません。我が姫の為ならば、命を差し出す覚悟は出来ております故に。」
「だ、駄目!命を差し出すなんて駄目だって、前にも言ったじゃないですか!」
帝の前であるにも関わらず、あかねは取り乱して友雅の腕を必死で掴んだ。
それほど真剣な口振りでもなかったのに、隣でそれを耳にした彼女の方が真剣で。
緊迫した時期でありながら、そんな彼女を見ていると…妙に不安が薄らいで行くのが不思議だ。

「とにかく、京の為に力を尽くしてくれ。私はそなた方を信頼しているよ。良い結果を聞かせてくれるとね。」
小さなあかねの手が、強く握りしめられた。
それを友雅は、そっと上から包み込む。
「必ず、主上のご期待に添える結果を手に、再び御前に上がらせて頂きます。」
「………頼むぞ。」
友雅の手に包まれながら、あかねはもう一度強く拳を握った。
絶対に、何もかもが穏やかな結果になりますように。
…彼の策には少し不安が残るけれど、もしもそうなるのなら……それで良いとあかねも思った。

「滞りなく平穏無事に終わったあとは、今度は私がそなた方の力になるからな。」
帝はその言葉に首をかしげるあかねを見てから、続いて友雅へと視線を移した。
「婚儀については、私も全面的に援助しよう。」
「こっ…婚儀っ!?」
闇夜の中で、ほわりとあかねの顔が赤く染まった。
そうか、そういえば…明日の戦いが終わったあとは…。
京が穏やかになったら何も心配はなくなるわけで、そうすれば神子の役目は終わるわけで。
そのあとは……何もしがらみがなくなる。
すべて自由になるのだから、そうなれば……。

「うん?どうかしたのかい、我が姫君?」
ぼうっとしているあかねを、友雅が顔を近付けて覗き込むと、更に彼女の顔は真っ赤になった。



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Megumi,Ka

suga