Trouble in Paradise!!

 第29話 (3)
晃李が立ち去ったあと、友雅の所へあかね達が戻って来た。
「何を話してたんですか?橘の木が枯れたって、何か理由は分かりました?」
「いや、生憎と理由は分からなかった。でも…それについては、少し気がかりではあるね。」
彼との会話は別の方向ばかりではあったが、やはり常緑が衰えるというのは不気味な感じがする。
それも、橘の木と言われると…。

「あのさ、その話なんだけどさ。同じことを言ってる奴がいてさ…」
天真が口を挟んで来た。
どうやら彼がさっき二人の所に戻って来たのは、その話を伝える為だったらしい。
話の出所は、根菜売りの前で買い物をしていた男たちの会話だった。
彼らは近くの貴族の使用人で、屋敷にある橘の木が枯れていると話し合っていた。
不思議なことに、他の木々は全く様子が変わらないのに、それだけが枯れている…だから妙だと言っていた。
「売り子の奴に聞いたけど、そいつらの屋敷は…四条。おまえんとこの屋敷の、すぐ近くだってさ。」
「………これも、私への嫌がらせってことなのかね。」
永遠の緑を断ち切ってやる。
それは裏返せば----友雅の命を狙う、との脅しの形か。

ふう…と、友雅は大きな溜息をついた。
「面倒くさいねえ…。あれこれとまだるっこしい事ばかりして。それならもう、さっさと直接挑戦状でも叩き付けてくれれば良いのにね。」
「そんな危険なこと、言わないで下さいよっ…!」
咄嗟にあかねが、彼の腕を掴んだ。そして、真剣な顔で友雅を見上げる。
…目の前にいる天真には申し訳ないが、正直なところ、彼がここにいなかったら…と友雅は思った。
真っ直ぐ見つめる潤んだ瞳と、心配そうな顔を見ていると、愛おしくてたまらなくて抱きしめたい衝動に駆られる。
二人きりだったら遠慮もないのに…ついていないな、と思った。
「心配はいらないさ。私だけじゃなく、今日は天真もいてくれるしね。」
「おう。まかしとけ!俺の力も捨てたもんじゃないぜ!?」
友雅が考えていることなど気付かずに、天真は自慢げに腕をまくって力こぶを作って見せた。

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その後三人は、他にも枯れている橘の木があるのか、思い当たる場所を歩いてみることにした。
この辺りなら、吉祥院天満宮が良いだろう。
あそこなら、境内を囲むように橘が植えられているはず。
そう考えて訪れたそこは、人気は殆どなく静かな光景だったが、一見変わった様子は見られない。
「取り敢えず、木をざっと調べてみよう。もしかしたら、どこか枯れている木があるかもしれないしね。」
友雅たちは手分けして、一本一本の木を見て回った。

…特に変わったものはなさそうだな。
緑の葉を眺めながら、友雅は考えていた。

「きゃーっ!!!」
その悲鳴が聞こえたとたん、友雅はあかねのところへ真っ先に駆けつけた。
「ど、どうした!何かあったか!」
続いて天真がやって来たが、あかねは友雅にしがみついて震えながら、木の根元を指差していた。
そこにあったのは……ひょろひょろとした、さほど大きくない蛇である。
「何だよ、蛇じゃねーかよ、脅かすなよ」
「だって!だって!蛇じゃない!恐いじゃない!」
こんな小さいもので騒いでいたら、あとが大変だぞ、と天真は笑った。
そして、蛇の尾をつまんで払おうとした時、それまでの彼の表情が怪訝になった。

「おい、この蛇…おかしいぜ」
蛇を見られないあかねを抱いたまま、友雅は天真が指差す木の枝を覗き込んだ。
細い蛇は、木の根元からぐるぐると巻き付いて、枝にむかって蠢いている。
だが、その蛇が通った場所、触れた場所が……明らかに枯れて来ていた。
「こいつが絡まってるところは、全部枯れるってことか…?」
「そう考えるのが、正しいね。」
一体この蛇は、何なんだろうか……。


『それは、おまえたちの行く末の姿だ。しかとその目で確認するが良い。』
どこからともなく、その声は聞こえて来た。
聞こえて来た、というよりも響いて来たと言った方が正しい。
それも、あかね達一人一人の頭の中に、直接響くような声だった。
「友雅さんっ…!」
あかねが真っ先に声を上げた。
そして、三人の目の前に現れたのは……間違いなく、その声の主だった。

「久しぶりだな、神子。まだぐずぐずと、京を彷徨っているのか。」
朱の衣に映える金色の髪を棚引かせて、仮面の下でアクラムは不敵な笑みを浮かべていた。
そして彼は、あかねを抱きかかえる友雅を凝視する。
「ふん、男と女の情念などに惚けて、本来の存在理由も失ったとみえる。つくづく…人間とは愚かな輩どもだ。」
だが、それならこちらとしては都合が良い。
アクラムはそう言うと、緑の色の面影さえ消えた橘の枯れ枝を、あかねたちの目の前に捨てるように投げつけた。
「せいぜい、つまらぬ戯れを続けていろ。そのような神子の力など、いらぬわ。」
せせら笑う声が、境内に響き渡った。

「つまらぬ戯れと本気の戯れの、見分けも付かないおまえの力が、神子殿の力を超えていると思っているなら…その時点でおまえは負けだ。」
拳を握りしめて、今にも食って掛かりそうな天真の横から、鋭い声が響いた。
「私と神子殿が単なる戯れだと?笑ってしまうね。一体おまえはどこを見ているんだ?私たちの心の中も見抜けないのか?それが鬼の首領の力か?」
「…口が達者な男だな」
仮面に隠れて分からないが、明らかにアクラムは友雅を睨んでいた。

しかし、友雅は引き下がらなかった。
「見抜いても分からないか、おまえのような…恋も知らない男には。敵ながら、哀れだと思うよ。」
「恋?そんな子ども騙しなど、何に利用出来る?無駄な感情だ。おまえのような下郎共にはお似合いではあるがな。」
愚弄するような高らかな笑い声が響く。
天真は歯を食いしばり、すぐさま攻撃の態勢を整えようとしたが、友雅の手がそれを遮った。

「なるほど…利用出来ないと思っているのか。ふふ…それなら結構。せいぜいそんな態度でいれば良いさ。それがいずれ致命傷になると分かったところで、悔やんでも遅いからね。」
「…………」
アクラムは、何も言わずに友雅をじっと見ていた。
緊迫した空気の中、あかねは必死に彼にしがみついて、この状況を見ているしか出来なかった。


「ならば、そろそろ決着をつけてやろう」
「何っ!?」
アクラムの口が開くと、天真が身を乗り出す。
「おまえたちが、どれほど愚かな感情に溢れた生き物か、我らが最期に分からせてやろう。」
最期。それは----互いの戦いの終わる時。
どちらかが倒れる…運命の時。

「明日、神泉苑だ。そこが、おまえたちの息絶える場所だ。まあ、今夜は最期だと思って…たっぷりと名残惜しく過ごすが良い。」
アクラムは三人を見下ろして、笑いながらそう告げた。

「ふっ…。ようやくこの時が来たか。待ちくたびれたよ。」
神経を尖らせているあかねたちとは違い、友雅は全く外見に動揺を見せない。
「では、明日神泉苑で、君らに再会出来るのを楽しみにしているよ。」
「再会が、最期の別れになる。それを忘れるな。」
アクラムはそう言い残し、その場から姿を消した。


「おい!友雅!」
「と、友雅さんっ!」
天真とあかねが、同時に友雅に詰め寄って来た。
「明日…明日神泉苑って…大丈夫なんですか、そんな急に……!」
「泰明がまだ、こっちに戻って来てないじゃんかよ!俺らが八人揃ってないんじゃ、力が…!」
続けざまに息を注ぐ間もなく、二人が話しかけてくるので、友雅はどちらに答えを返すべきか困っていた。

その時、ひらひらと黒い蝶が飛んで来て、あかねの頭のてっぺんに止まった。
『私は既に戻っている。友雅の屋敷にいる。』
「泰明さん!」
晴明に都合をつけてもらい、何とか早めに町に戻れたらしい。

「それじゃ、無事全員揃ったということで。…さっそくこれから屋敷に戻って、最終会議と行こうか。」
最期の戦いが目前だと言うのに、何故か友雅はいつも通りに穏やかな物腰を崩さず、そう言った。



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Megumi,Ka

suga