Trouble in Paradise!!

 第29話 (1)
「おはようございます」
朝になって、まずあかねは厨房へ顔を出した。
屋敷の中は静かで、人の気配が殆どなかったが、そこだけは既に賑やかな空気が溢れていた。
侍女たちは、早くから朝餉の支度をしている。
随分と住人が増えてしまったのだから、作業もやはり時間が掛かるのだろう。

「ここにあるお芋、私が切りますね」
台の上に用意されていた芋は、夕べあかねが皮むきを手伝ったものだ。
しかし、慌てて侍女たちはそれを止める。
「神子様、それでしたら、羹の煮加減を見て頂けますか?刃物は危のうございますから。」
友雅が口添えをしてくれたおかげで、こういった手伝いもさせてもらえてはいるが、やはりそれでも気を使われているというのは、こういう時に実感する。
包丁なんて、使い慣れてはいるのだけれど…。
でも、せっかく好意で言ってくれているのだしな、と思い直し、あかねは竃に掛かっている鍋を見ることにした。

「あ、あかねちゃん…早いね、もう起きてたの?」
詩紋は厨房を覗くと、そこにあかねの姿があったことに驚いた。どうやら彼もまた、朝食の支度の手伝いにやって来たようだ。
だが、既にある程度の支度は済んでいたので、詩紋がこれから手伝うことは殆どなかった。
せいぜい用意された人数分の高杯を、広間に持って行く作業をするくらい。

とは言っても、あかねと二人で厨房を行き来するのは、結構大変なもので。
何せ十数人分の食事の支度。土御門家と同じようにはいかない。
しばらくして永泉や鷹通が起きてきたが、どうにかそれには間に合った。
二人で良かった…とあかねも詩紋もお互いに思った。

「えっと、頼久さんと天真くんは?」
空席を数えながら、見当たらない面々の居場所を尋ねると、まずイノリがはーいとふざけるように手を上げた。
「あいつらだったら、裏庭で朝練してたぜー?頼久が、天真の素振りにあれこれ言ってた。」
「そっかあ…。頑張ってるんだね、二人とも。」
彼らの熱心さには感心しきりだけれど、朝食はきちんと摂ってもらわなくては。
何よりこれからは、気力も体力も必要な正念場。常に力を蓄えておく為には、まずは十分な栄養だ。
「じゃ、僕は天真先輩たちを呼びに行って来るね。」
「お願いね。あと、友雅さんは…」
夕べ夜警で出て行ったきり、会っていないけれど戻っているとは思うが。
「殿は夜半過ぎに、お戻りになられたご様子です。そろそろお目覚めになられるかと思いますが……」
と、そこまで言いかけて、侍女はちらりとあかねを見た。
そしてニッコリと微笑みを返す。
「神子様、殿をお呼びに行って下さいませんでしょうか?」
「えっ、あ、あたしがですか!」
当然です、と言っているような顔で、彼女はあかねを見つめている。
これもまた、気を使ってのことなんだろう。
いずれ、この屋敷の女主になるあかねのために、と。


侍女に屋敷の間取りを教えてもらってから、あかねは一人で廊下を歩いていた。
友雅は、北の対と西の対の中間…壷庭の望む部屋で休んでいるとのこと。
いつもは南庭を眺められる、東の対の一室を寝所にしているらしいが、一時的とは言えどこれだけ住人が増えては、自由に寝る場所を決めるわけにも行かずに、少し裏手の庭に移ったのだそうだ。
「一番眺めの良い部屋もらっちゃって、友雅さんに悪かったなあ…」
そんなことをつぶやきながら、あかねは目的地である部屋の前に辿り着いた。

「あ、あのー…友雅さん?起きてますかー?」
戸の前に立って、まずは声を掛けてみた。
寝ているところに入って行くなんて、何だか忍び込むようで恥ずかしいし、夜遅くまで仕事していたのだから、無理矢理起こすのも何だか心苦しいし。
もしも声が返って来なかったら、大人しく引き下がることにしよう。
そう決めていた…が。

「ああ、神子殿…呼びに来てくれたのかい?もうすっかり目覚めて起きているよ。入っておいで。」
「そ、そうですか…おはようございます。」
するりと戸を開けると、目の前に置かれている枯れ草色の几帳の向こうに、抜け殻のあとを残した床が見える。
その奥から聞こえる衣擦れの音に導かれるように、あかねはそちらへと顔を覗かせてみた。

「ひ、ひ、ひゃあうぁっっ!!!!」
口を塞がなかったら、その声はあっという間に広間まで筒抜けだっただろう。
もしかしたら、外で素振りの朝練中の頼久と天真が、木刀を担いで駆けつけて来たかもしれないが、間一髪で友雅は後ろからあかねの口を手で塞いだ。
「静かに。大声出して皆が駆けつけたら…この状況ではさすがに弁解するのは難しいよ?とにかく落ち着いて。」
そんなこと言われても…落ち着いていられるわけがないだろう!
「んむむーっ!うむーっ!むむーっ!!!」
手で口を押さえられて、まるで後ろから羽交い締めされているように、あかねはじたばた暴れている。
息苦しいせいなのか、それともこの状態が恥ずかしくて仕方がないのか、その顔は真っ赤だ。
「大きな声は禁止だよ?」
友雅がそう言うと、ふっとあかねの身体は呪縛から解放されて、そのままぱふんと床の上に転がるように倒れた。

「と、友雅さんのバカーっ!!」
「……顔を合わせたとたん、悲鳴に加えてその台詞はないだろうに。」
「だ、だって友雅さんがっ!友雅さんがーっ!」
あかねは両手で赤い顔を覆って、床の上でうずくまったまま顔を上げない。
それも当然と言えば当然。
"入っておいで"と言われたから部屋に入ったのに、そこにいた友雅の姿は………思い出しただけでも、また顔が熱くなる。

「別に私は男だし、上半身なんて見られたところで、気にならないけれどね?」
「と、友雅さんはそうかもしれないですけどっ!!!こっ、こっちはそうも行かないんですってばっ!」
初めて目の当たりにした彼の生身の体格は、思っていたより腕も肩もがっしりしていて…胸も広くて厚くて……。
「いや〜もう〜っ!!!!」
天真が上半身裸でトレーニングしていても、全然気にならなくて平気だったのに、何で友雅だとこんなにドキドキして動揺するんだろう…。

「ほらほら、もう着替えを終えたから。起き上がって、顔を見せてくれないか?」
肩を持ち上げられて振り向くと、言ったとおりに彼は直衣を身に付けていた。
だが、未だに紅色に染まった頬と潤んだ目をしているあかねを、あやすように友雅は軽くひとつキスをする。
「これくらいで驚かれていたら、この先なんて夢のまた夢になってしまうねえ…。さて、それまでにどうやって、君に免疫を付けてあげれば良いのかな?」
「何言ってるんですかあ〜〜〜」
両腕で抱きかかえられていても、顔は半泣き。
キスの一つや二つ繰り返されても平気なのに、肝心なところはまだまだ純情で。
そういうアンバランスさが愛らしいのだけれど…ずっとこのままでは男として正直困る、と友雅は苦笑した。

「と、と、取り敢えず、朝餉の用意が出来てますからっ!みんな集まってますからっ、早く広間に行きましょうっ!」
「ああ、そうだね。皆にも大切な話もあるし…。では、行こうか。」
友雅はあかねの身体ごと引き上げて、そう言った。
「……大切な話って、何かあったんですか?」
今まで取り乱していたというのに、その言葉を聞いたとたん、あかねは落ち着きを取り戻した。
とは言っても、この深刻な事態が迫って来ている中、友雅が皆に話さなければいけないこととは…落ち着けるような内容ではなさそうだ。

「もしかして、夕べ何かあったんですか?」
「まあね。でも、それほど困った状況を招く事ではないよ。むしろ、上手く使えそうだ。」
渡殿を歩きながら、友雅は答えた。
"使える"とは、一体何の事だろう……。
誰かを利用するということか、それとも何か、便利な物を見つけたとか?

「危険なことがあったわけじゃ、ないですよね…?」
思わずあかねは、友雅の腕をぐっと握って歩みを引き止めた。
もしも何かあったなら、すぐに連絡してくれと昨日言ったけれど、明け方までみんな静かだったから平穏だったと信じていたが。
不安げにこちらを見るあかねに、友雅はいつものように微笑んでから髪を撫でる。
「全然。危険なんて何もなかったよ。心配してくれるのは嬉しいけれどね。」

とにかく、まずは全員揃った場で夕べの事を話そう。
友雅はそう言って、あかねの手を引きながら広間へと向かった。



***********

Megumi,Ka

suga