Trouble in Paradise!!

 第28話 (3)
「あのー…良かったら何かお手伝いしましょうか、ワタシ」
ちょっと肩身の狭そうな声で、あかねはそう切り出した。
土御門家と違って、使用人の数は多いとは言えない。
なのにこんなにも大人数を相手にしなくてはいけないのだから、ちょっとした手伝いくらいしても良いんじゃないかと。

「そんな、滅相もございません!将来、殿の奥方様になられる方に、そのような雑用などお願い出来ませんわ!」
侍女は慌てたが、友雅の答えはと言えば意外なもので。
「簡単なことだったら、神子殿に少しお願いしても良いと思うよ。」
「殿!何をおっしゃいますの?神子様がお怪我などされたら、大変ですわ。」
まさか彼がそんな事を言いだすとは思わず、侍女は狼狽えた。
些細な事でも彼女が傷つく危険があるものは、彼なら避けて通ると思っていたのに、それを肯定するなんて思わなかった。

しかし、それもあかねの事を熟知している彼だからこそ。
「彼女はね、人のために何かしたい、慈悲深い女性なんだよ。だから、その厚意を有り難く受け入れてあげた方が、嬉しがると思うよ?」
「まあ、神子様…」
いや…そんなたいそれた事ではないのだけれど。
単に、世話になるからお手伝いくらいは、という気持ちで言ったんだが。
「では、ほんの少しだけお手をお貸し頂けますか?」
「はい!少しどころか、全然こきつかっても平気ですよ!」
力いっぱいそう答えたら、さすがに友雅にも苦笑いをされてしまった。



「生憎と私は、今夜内裏の警備当番でね。夜も更けたら、家を出なくてはならないのだよ。」
夕方になり、鷹通や永泉、そしてイノリが屋敷に揃ったところで、友雅はそう切り出した。
これまでなら、何のかんのとごまかして切り抜けることも出来たが、今このような状況では警備に手を抜くわけにはいかない。
八葉として、神子を護ることも重要ではあるが、近衛府の人間としては内裏の安全も大役だ。
「神子殿がいるというのに、屋敷を後にするのは気がかりではあるのだが…」
「ご心配なさらずとも、これだけの人数が待機しております。友雅殿がお帰りになるまで、何とか私どもで神子殿とこちらの皆様の安全確保に努めます。」
「毎日腕っ節鍛えてるからな。あいつらをぶっ飛ばすくらい、俺らに任せとけ。」
鷹通と天真が頼もしい返事をすると、小さな野ねずみが庭先から上がってきて、永泉の足元で止まった。
『身体はないが、私はこちらより念を送る。それなら従来より、おまえの屋敷の結界は強くなる。心配はするな。』
野ねずみは泰明の声で、そう答えた。

「何か変化があれば、連絡をよこしてくれ。すぐに戻ってくるから、いざというときは時間稼ぎを頼むよ。」
「あのっ…友雅さんの方も、何かあったら連絡下さい!」
出掛けようと立ち上がった友雅を、呼び止めるようにあかねがそう言うと、彼はその瞳を見て微笑みを返した。

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宮城に着くと、左近衛府の詰所に友雅は向かった。
「今のところは、特に内裏内で変わったことは見当たりません。」
先日話をした若い近衛たちが、すぐに彼の所へやってきてそう告げた。
「それじゃ、私も少しふらりと歩き回ってみよう。君らは、そのまま警備の続行を頼むよ。」
若い彼等の肩を叩き、期待を寄せて友雅は声を掛けると、さっそく夜の見回りへと出掛けていった。

あちこちに松明や燈籠が灯っているが、やはり夜の内裏は暗い。
杜若の鮮やかな青紫も、こんな闇の中では全く映えない。
人の気配が薄い夜。だからこそ、近付く何かには敏感に反応しなくてはならない。
五感を働かせながら、それでも一見は普通を装いつつ友雅は歩く。
近衛たちが言ったとおり、どこもかしこも静かで穏やかな夜ではあったが、いつ何があるか…分からない状況だ。
少なくとも、自分には。


朱雀門を抜けて、友雅は宮城の外壁を伝って周囲の見回りへ出る。
内裏以上に外は静かだ。近衛たちも中の警備が中心で、あまり外を歩いている者はいない。

「……?」
ふと、友雅は背後が気になった。
足音らしきものは聞こえないが…それは潜めているからか。
だが、確かに何かの気配がある。しかも、自分のあとを着いてきているような。
友雅はわざと立ち止まりもせず振り向きもせず、素知らぬ振りで歩き続けた。
相手に悟られないように、という策だ。
そのまま気配を連れて歩き続け、上西門を超えて角に差し掛かったとき、友雅はようやくそこで足を止めた。

「私に用事があるのなら、声を掛けてくれれば良いんじゃないのかい?」
「…気付いていたのか。ならば何故、おまえこそ私に手を出さないのだ?」
「そんなことをしたら、無駄に騒ぎが大きくなるだけだろう。それに、君は他の面々と違って、話の分かる相手だと思ったのでね。」
少し褪せた色の肌と髭を伸ばした長身の男は、以前にも何度か見かけた事がある。
鬼の一員である彼だが、意外に会話をしっかりと出来る男で、むやみやたらに攻撃を仕掛けるシリン達とは違うタイプだった。

「で、用件は?少なくとも私を着けてきたのは、それなりの理由があってのことだろう?」
「………鬼が八葉を付け狙うのは、ひとつの理由しかない。それくらいおまえにも分かるはずだ。」
口では何とでも言えるが、彼はそんな男ではない。
彼の言い分は、すべて彼の本心ではなく、彼が仕える首領の言葉に過ぎない。
その証拠に。
「近いうちにお館様は、おまえたちに大規模な攻撃を仕掛けてくる。覚悟しておいた方が良い。」
イクティダールの言葉を聞いて、友雅はふっと笑いが込み上げた。
わざわざ忠告するために、着いてきたということだ。
威嚇とも言えるが、それほど鋭い攻撃性は感じられない。
純粋に、ただ忠告に来ただけだろう。
誠実な男だ。鬼などにしておくのは勿体ないくらいだ、と友雅は思う。

「茨の君が、随分と君らのお館様に吹き込んだんだろう。嫌味な男がいるから、こらしめてやりましょう、とか言って。」
友雅が屈託なく笑いながら言ったので、イクティダールは少し狼狽えた。
敵がこうして目の前に居るのに、全く彼は敵対心を持たずに、余裕で向き合っているのに驚いた。
「シリンは…本気でおまえ達を憎んでいるぞ。」
「はあ、なるほどね。そこまで彼女を盛り上げることが出来たのか…。我ながら、頑張ったものだよ。」
尚も友雅は緊張感もなく、緩やかに笑っている。
「……おまえ、シリンに何をした」
イクティダールは、尋ねてきた。
--------思った通りだ。
多分、彼はそう尋ねてくるだろう、と友雅は読んでいた。

これまで友雅が仕組んでいた行程で、彼の登場は予期せぬ事だった。
しかし、それはまた好都合でもある。
彼は、理解力のある頭の良い男だ。話を切り出せば、敵どころか味方に付けることも可能だ。
なにせ彼もまた、恋を知る男でもあるのだから。


「君は、自分の恋を成就させたいとは、思ったことはないかい?」
突然そんな事を言われたイクティダールは、驚いて言葉を失った。
「好きな女性と周囲の目を気にせず、自由に愛し合えたら良いと…思ったことがないはずは、ないよね?」
友雅は、彼がイノリの姉と恋仲であることを知っていた。
鬼の男との道なき恋に落ち、人の目を逃げながら愛し合い…そのせいでイノリとも険悪な関係であることに。
「私もそんな夢を描いているんだよ。だから、恋する男同士ということで、私の話を聞いてみないか?」

何を言っているんだろう、とイクティダールは思った。
彼が自分とセリの関係を知っていることは分かったが、だからと言って彼と自分とで通じ合える話があるというのか?
…確かシリンの話では、彼は神子と恋仲だと言っていた。
それもまた複雑な恋であるかもしれないが、それと自分たちとが繋がり合うことがあるのか?
「誰だって、愛した女性を遠慮無く愛したいだろう。そのための、穏便な結末の企画書だよ。」
イクティダールには、さっぱり何が何だか分からない。
だが、何故だか無性に彼が言う言葉が、魅力的な意味に聞こえて仕方がなかった。
…それだけ、我が身の恋の切なさに、打ちひしがれているからなんだろうか…。
誰にも遠慮せず、恋した女性と一緒に生きたい。
ずっと…叶えられないそんな夢を、今も手放せないで居るのは間違いないのだ。

「話を聞くかい?」
友雅は、もう一度尋ねた。
「……聞くだけなら、構わん。」
彼はそう静かに答えた。



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Megumi,Ka

suga