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Trouble in Paradise!!
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| 第28話 (2) |
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「手荷物をまとめていたみたいだけれど、もう終わったのかい?」
「あ…ええ、もう詰め終わりました。着替えとかは足りなくなったら、藤姫が送ってくれるって言ってたんで。」
向こうには打ち解けた侍女たちも待機しているし、何かあっても神子と姫君の両側からフォローをしてくれるだろう。
だから、用意するものは簡素に済んだ。
「こうなるんだったら、屋敷の方に姫君の袿も用意しておけば良かったね。」
「そんなの着てちゃ、戦えませんよ、私」
"裾や袴に足を取られて、肝心な時に転げちゃったら大変です"とあかねが言うと、友雅も笑った。
「でも、いつでも姫君を迎え入れられる様に、早めに手配しておくよ。」
あかねの手に指先を絡ませ、寄りかかる彼女を腕に抱く。
誰に遠慮することもなく、こうして二人の時を過ごせる日が、少しでも早くやって来るように…。
「もうすぐだよ。だから…頑張らないとね、一緒に。」
指切りをするように、小指と小指を絡めて友雅がつぶやく。
耳元で、優しく甘い声で。
+++++
京で暮らすようになってから、体内時計が正確さを増したようだ。
昔は目覚まし時計が必要不可欠だったのに、今ではよほど疲れていない限りは、自然と朝になると目が覚める。
いつも決まって、藤姫が起こしに来る10分くらい前…だろうか。
すっきり目がぱちっと…とは行かないまでも、ゆっくりながらも意識が夢の中から戻って来る。
今日も、そんな風に目覚めた。
耳を澄ますと、遠くで小鳥のさえずりが聞こえる。
まだ瞼は重くて目を閉じたままだが、おそらく今日も良い天気になるんだろう。
……新しい一日。今日もがんばらなくちゃ……。
そう心意気を引き締めて、あかねはやっと目を開けようとした。
だが、静かに開こうとしたその瞳は、思い掛けないことで、ぱっと見開かざるを得なかった。
頬をくすぐる柔らかな髪の毛。
いつのまにか心が落ち着くようになった、深みのある侍従の香り。
「とっ!とっ!友雅さんっ!?」
即座にあかねは床から起き上がり、彼の腕を掴んだ。
「おはよう、姫君。早めに目が覚めたのでね、寝顔でも良いから、真っ先に君の顔が見たかったんだよ。」
いつから彼は、ここにいたんだろう?
寝乱れた髪にも気付かない彼女の唇を、そっと友雅は指先でなぞる。
「君が姫君なら、眠っているうちに抱き上げて屋敷へ連れ去れるのにね。それが出来ないのが、少しつまらないな。」
朝からそんな刺激的な台詞を、そんな艶やかな眼差しで見つめられて言われたら…何も言えなくなるじゃないか。
そう…今日から彼の屋敷で、しばらく過ごすことになる。
天真も詩紋も、そして頼久も一緒に…………え?
「友雅さんっ!よ、頼久さん…!」
あかねが慌てながら、まだ御簾が下ろされて見えない庭を指差す。
夕べは詩紋が協力してくれたけれど、今の騒ぎを外にいる頼久が聞いていたら…!?
「大丈夫だよ。さすがに頼久も、今朝はいろいろと忙しいらしい。天真と朝早くから荷造りやらで、君の警護から離れているよ。」
「あ、そう…ですか」
それを聞いて、ホッとあかねは胸を撫で下ろした。
だが、それもつかの間。
邪魔が入らないとなれば、じっとしていないのは彼の性分だと、十分に分かってはいるけれど。
抱きすくめられた腕の中で、受け止めざるを得ない唇の襲来。
彼の衣から香る侍従が心地良くて、遮る気もなくなってしまう。
「神子様、お目覚めになられておりますか?」
戸の向こうから聞こえた藤姫の声に、互いの唇は瞬時に離れた。
「あ、お、起きてまーすっ!」
慌ててあかねが答えると、静かにその戸が音を立てずに開けられた。
「おはようございます……神子様っ!?」
きちんと三つ指をついて挨拶をした藤姫が、顔を上げたとたんに声を失った理由は、すでに明らかだ。
「とっ、友雅殿っ!!神子様の寝所に勝手に入られてはなりませんと、以前あれほど言ったではありませんかーーっ!!」
外は爽快な天気であるようだが、ここ土御門家では早朝から、局地的に大きな雷が容赦なく落ちた。
+++++
橘邸に到着すると、既にそれぞれの部屋はきちんと用意されていた。
鷹通や永泉たちには一部屋ずつ宛てがったが、天真と詩紋、そしてイノリは本人たちの希望もあって、他より広めの部屋で同室ということにした。
最初は水と油だったイノリと詩紋も、今じゃすっかり打ち解けて。
日々が流れると変わるものだな、と友雅は思った。
「何かさあ、おまえの印象から考えて…妙に殺風景な庭だなあ」
広い庭を高欄に腰掛けて眺めていた天真が、本音をあっさりと口にした。
毎日土御門家の庭を見ているせいで、目が肥えてしまったらしい。
一見、華やかさのイメージが強い友雅だからこそ、花の彩りが殆どない庭は少し拍子抜けでもあった。
「六月くらいなら、橘の花が彩ってくれるんだけれどね。あとは…冬に黄金の木の実が、緑の中で実を結ぶくらいかな。」
手に乗るほどの、決して大きな実ではないけれど、清々しい香りを放つ実。
永遠に枯れる事の無い緑の葉の中で、それらは花咲き、そして実を付ける。
「まあ、いずれはこんな私にも、そんな愛らしい非時香菓が実ってくれるんだろうけれどね。」
まず"非時香菓"の言葉自体も知らない天真は、友雅の言う意味がよく分からず半信半疑だったが、隣にいた詩紋は何となく意味を察して、少し頬を赤らめた。
「殿、神子様のお支度が済みましたが、いかが致しましょう?」
あかねの部屋で、荷解きを手伝っていた侍女がやってきて、そう告げた。
「ああ、ご苦労だったね。それじゃ、私も神子殿のご機嫌を伺いに行こうかな。」
彼女の部屋は、西の対屋に用意をさせた。
釣殿が取り付けられていて、張り出した簀子にも出られるため、庭の景色が一番よく望める部屋だ。
元からここを彼女の部屋と決めていた。
いや、彼女というよりも…二人の部屋と言った方が良いだろうか。
夜空に輝く月を眺めながら、しっとり二人で夜風を感じながら過ごすなんて、なかなか良いのではないかと思う。
もちろん、そんな夜を楽しめるようになるには、乗り越えなくてはいけないことがある。
せっかく仕立てたあの部屋を、無駄にしないためにも負けるわけにはいかない。
荷解きと言っても簡単なもので、彼女の部屋はそれほど以前とは変わらなかった。
「でも、ここって外に張り出してて池も眺められるし、夜になったら風通しが良くて涼しそうですね。」
「それは良かった。そういうつもりでここを用意したのでね。気に入ってもらえて嬉しいよ。」
廂をすべて開け放つと、部屋全体に風が入り込み、明るく開放的な部屋となる。
神子である彼女を、こんな部屋に置くのは不安だと言う者もいたが、そこは頼久の力の見せどころだ。
土御門家ではなくとも、常に彼女の周囲には気を配ってるはず。
こういう時に頼れる男である。
その他、念のために泰明の部屋を、極力あかねの部屋の近くに配置する。
表は常に頼久が、中では泰明が陰陽師としての力を呈していれば、彼女を護る事が出来るだろう。
「夜には、永泉様方もおいでになられるのでしょうか?」
あかねの身支度を手伝っていた侍女が、外の景色を眺めていた友雅に尋ねた。
「そうだねえ…泰明殿は愛宕にいると言っていたから、今日は無理だろう。彼以外なら、今夜にでも集まって来る可能性はあるね。」
「左様でございますか。では、今宵の夕餉も含めて、少し多めに食材を手配するように致します。」
普段なら住人の多くない橘邸だが、これからしばらくは8人+1人の大所帯となる。
侍女たちの食事の支度も、さぞかし大変なことだろう。
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