Trouble in Paradise!!

 第27話 (3)
土御門家では、いつになく緊迫した空気が流れていた。
幸い話がさほど進まないうちに、天真も外出から戻って来て、事の起こりを簡単に説明したあとで本題に入った。

「……友雅殿、それは……っ」
「どうだい頼久?なかなか面白い策だと思わないかい?」
策を企てた本人である友雅は、気楽にそう言っているけれど、あまりにその内容は突拍子も無いこと…というか、拍子抜けなところもあり、頼久だけではなく他の者たちも困惑していた。
出来るだけ穏やかな方向で、という意味は分かるのだが、相手は神子を奪ってまで京を手に入れようとしている者たち。
決して油断出来る相手ではないはず。

「そのように上手く行くものでしょうか…。」
唇を噛み締めて、頼久は頭を抱える。
神子に忠誠を誓うと決めたときから、命と共にこの剣を差し出そうと覚悟は決めているが-----。
「頼久、君の大切な剣を血で汚すことを、神子殿は望んでいないよ」
友雅のひとことに顔を上げると、その視線の向こう岸にあかねの姿があった。
「君も分かっているだろうが、神子殿は清らかな女性だ。そんな血なまぐさい空気を味わわせるのは、可哀想だと思わないかい?」

痛い所を突かれた、と思った。
彼女を護ることがすべてだと思っていたが、自分の行いでその人の心を傷付けては何にもならない。
身を護るだけではなく、心も護らなくては意味が無い。

「ですが、私も頼久同様、本当にそんなことで済むのか、不安ではありますが…」
心配そうに永泉もまた、話をする友雅を見る。
「完璧な安全とは言えません。しかし、それはどんな状況でも、そうではありませんか?」
その切り返しに、永泉もまた何も言えなかった。
「まずは出来るだけ安全な方向から、切り崩して行けば徐々に形は縮小して行く。そこを狙えば、楽に勝てる可能性が高くなる、というわけですよ。」
「うーん…おまえの言いたい事は分かるけどもー」
途中から参加したせいで、あと一歩部外者意識が抜けない天真は、頭を掻きながら友雅の話を聞いている。
勝つか負けるかは、いつも同じ。
100%確実なことなど、この世には殆どないのはよくわかるけれど。
「もちろん、いざという時のために準備だけはしておくよ。でも、あくまでもそれは最終手段ということだけどね。」
手抜かりは許されない。それは十分承知。その上での、策というわけだ。

「じゃあさ、その…おまえが練ったその策で行くとして。こいつは…どうすんの」
天真はあかねを指差して言った。
「神子殿にも、もちろん屋敷に来て頂くつもりだよ」
「それはっ…危険すぎますわ、友雅殿!」
条件反射のように、藤姫が慌てて身を乗り出しながら声を上げた。
いつ相手が襲ってくるか分からない、穢れの予測がピンポイントとも言える屋敷に、神子であるあかねを置かせるなんて危険だ。

だが、困惑する彼女に向かって、友雅は冷静に答える。
「藤姫殿、よく考えてご覧。私たちが戦うためには、鬼を倒すに何が必要だい?私たちだけで、彼らを倒せるのかい?」
その問い掛けに、藤姫以外の者も皆、しんと言葉を無くして静まり返った。
「すべてを終わらせる力は、神子殿にしかない。そして、彼らを倒すために戦うにしても、彼女の力が無くてはならない。いつやって来るか分からないのだから、彼女もすぐ近くにいてもらわなくては。最後の戦いのときに、必要不可欠なんだよ、神子殿は。」
本来なら、そんな危険の中に彼女を置きたくはない。
しかし、彼女が神子である限り、戦いから引き離すわけにはいかないのだ。
それは自分たちが八葉であることも、同じ。


「そういうわけだから、神子殿もよろしく頼むよ」
「…え?あ、はい…頑張ります…けどー…」
急にこちらを振り向いた友雅が、あかねに向かって微笑んだ。
「私の姫君に、なってくれるね?」
「は……はあぁ!?」
思わず飛び上がるほど驚いたのは、彼の視線が異常な程甘くて艶やかだったから。
まるで、本心からそんな事を言ってるみたいで、どきっとして…どきどきして。

そんなあかねとは違い、別の意味で他の面々は驚きの声を上げた。
「おまえっ、それっ…何考えてんだよ!お、お姫さんがいるってのにっ…」
他の女に!しかも神子のあかねに!
彼女を姫君に宛てがって、何をやらかすというのだ!
「天真、さっき説明しただろう?神泉苑で、その場を誤摩化すために、私は神子殿と恋仲なのだと鬼の彼女に告げたんだ。だから、相手は私の姫君が…神子殿だと信じているんだよ。」
……信じているも何も、まったくそれは正解なんですが。
別に嘘が言っていないんですけど…友雅さんの話以外は。
と、そんなことを考えるあかねと詩紋。

「だからこの際、このまましらを切ろうと思っているんだよ。慣れ合いの関係のように見せかけて、そこで相手の隙を狙う…というわけだ」
「そんな…。ですが神子は…」
不安そうにあかねの方を見る永泉だったが、友雅は迷わず答えを返す。
「神子殿は、既に了承してくれていますよ。……ねえ?」
永泉に答えてから、すぐにその視線はあかねに戻る。
相変わらず彼女を見る時だけは、どきっとするような眼差しで。
隣にいる詩紋まで、赤面しそうなほど。

「ようやく真面目に恋をする気になった私を気遣って、力になってくれると言ってくれた。」
「神子殿、本当なのですか、それは」
今度は鷹通が尋ねる。
「え?あ…はい、まあ…そうですねえ…。それくらいなら…良いかなあー…っと」
「危険が伴うかもしれないのですよ?」
「それは、私が護るから心配ないよ、鷹通。そこまでしてくれた神子殿に、傷ひとつ負わせたりなどしないよ。ね、神子殿?」
「は、はい…。みんな一緒ですしっ!それに…わ、私も友雅さんのこと、信じてますからっ!」
「今回のことで、私は君たちよりも一歩前で彼女を護らなくてはならない。生半可な気持ちでは挑まないよ。」
神子として護る。
そして、何よりも大切な人として護り抜く。

『決めたのなら、やるしかなかろう』
永泉の肩で、ぱたぱたと羽をはためかせた蝶が、泰明の声で告げた。
『どんな方法であろうと、八葉がすべて集まった上で神子の力が加われば、問題は無い。』
「ぼっ、僕も協力するって言いました!たいした力はないけどっ、平穏に負われればそれで良いと思うし!」
それまで傍観者のように黙っていた詩紋も、置いてきぼりにされては困ると、思い切って立ち上がった。
「藤姫だって、そう思わない?傷付け合う以外の方法があれば良いと思わない?」
「詩紋殿…」
詩紋の心の優しさは、藤姫だけではなく誰もが承知だ。
傷つきやすい外見をしているからこそ、人への思いやりは深い。
他人を傷付けるのを好まない、そんな少年。
その気持ちは、出来るだけ尊重してやりたいとは思う。

「信じなさい、私を。そして、君ら自身の力と…神子殿をね。」
静かに言った友雅の言葉は、やけに皆の心の奥底までじんわりと浸透した。
「分かりました。では、友雅殿の策に協力致しましょう。手順は…お話された通りでよろしいのですね。」
「ああ、さっき言った通りだよ。私の合図で、動けば良い。」
あとはその時になってから。
臨機応変に対応することが重要。心構えだけはしっかり理解しておけば、あとは状況次第。

「他に何か、気をつけることはあるのか?」
「そうだねえ…ああ、そうそう。私が何をしでかそうと、黙って動揺しないことだけは約束してくれるかい。」
天真は友雅の返事を聞くと、きょとんとした顔でその意味を探った。
すると、彼はあかねの手を取ると、ゆっくり彼女をこちらへ引き寄せる。
「ほら…私と神子殿は…そういう関係という設定だからね?」
そう言いながら、あかねの肩を抱いて。
抱かれているあかねはと言えば、頬を染めてうつむいて。
こうして見ている限りでは…あまりにその光景は馴染みすぎているのが、かえって恐い。

「ま、まさかおまえ、あかねにも手を出すとかじゃねえだろうなっ!」
「ふふ…私の心は姫君だけだよ。もう姫君以外に、触れるつもりは無いから安心したまえ。」
心は姫君だけのもの。だから、彼女しか触れたくない。
だから----こうして彼女を抱き寄せているのだけれど、その真実はまだまだ秘密。

「私と神子殿は心を通じ合った関係。それを、君らも了解している…という設定だから、取り乱されては困る。そこのところ、よろしく頼むよ。」
あかねを手放さないまま、友雅は何の陰りも無い微笑みで、そう答えた。



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Megumi,Ka

suga