Trouble in Paradise!!

 第27話 (2)
あれは半月ほど前の事。

私は内裏での役目と八葉の役目とで、なかなか自由な時間を得られなかった。
そのせいで、足しげく通っていた彼女の元へ、訪ねる回数も減りつつあった。
だが、一度燃え上がってしまった想いは止められない。
彼女の顔をひと目でも見なくては、恋い焦がれた心は張り裂けそうで耐えられなかった。
そこで、私は彼女を屋敷に連れて来ることを決めた。
彼女が私の屋敷で過ごせば、通わずとも屋敷に戻れば良いだけのこと。
通いの道にかかる時間さえも、その時の私には邪魔なものでしかない。
いずれは……そんな風に彼女をここに住まわせるつもりではあったことで、既に部屋はある程度用意が出来ていた。
そうして、一人で過ごす夜は、ようやく終わりを告げた。
いつでもそこに彼女の存在があり、時間や人目も気にせず触れ合える現実に、私は甘美な喜びを感じていた。
朝が訪れても離れずにいられるということは、これから彼女と生きて行く二人の将来が、どれほど艶やかで幸せなものかを教えてくれるような日々だった。


「あ、あのさあ!た、頼むから話、先に進めてくんねぇか!?アンタの惚気話はどうでも良いからっ!!」
髪の色と見まごうほど赤くなった顔で、イノリが耐えきれずに口を挟んだ。
「何だい、つれないねえ…この幸福感を、皆にも聞かせてあげたかったのに」
友雅はそう言って、あかねの方を見てニコリを笑った。
……が、そんな彼女は、真っ赤になってうつむいている。その隣の詩紋も同じように並んで。
「じゃあ、先を続けようか」


その日、私は神子殿と二人で町へ出た。
本来の役目はもちろんだが、敢えて二人だけで出掛けたのには理由がある。
まだ私の屋敷で暮らすことに慣れない姫君に、少しでも安らいで貰おうとのことで、神子殿とおしゃべりでも楽しんで貰おうか、という事だった。
元からそんな風に、彼女たちは顔を何度か合わせていたから、神子殿を連れていったとたん、姫君はそりゃあ嬉しく迎え出てくれた。
ひととき、楽しい時間を終えたあと、私は宿直に向かうために内裏へ行かなくてはならなかった。
その途中で神子殿を土御門へ送りにいく途中、私は神泉苑で少し神子殿と話をしようと思い、立ち寄った。
月の美しい夜だった。広々とした水面に浮かぶ光景を、一目私の姫君にも見せてやれたら、と思ったものだ。
神子殿とは、いろいろな事を話した。
彼女とこれから、どんな風に暮らしていくつもりなのか。いつ…彼女を迎えるのか、とか…いろいろだ。
個人的なことに巻き込んでいるのに、神子殿は快く受け入れてくれる。本当に感謝しきれない、と思った。
夜の帳を引き裂くような気配を感じたのは、それから間もなくの頃だった。
見覚えのある金色の髪の女が、苑内にある祠に穢れの呪詛を張り巡らせていた。
ほどなくして彼女は私たちに気付いたようで、鋭い目をして近寄って来た。
そして、私の隣にいる神子殿を見ると、あろうことか『神子と八葉は恋仲なのか』などと、とんでもないことを言う。
私は笑って交わそうとしたが、彼女は神子殿に対して汚い言葉を吐き捨てるように言った。
心優しい神子殿を汚す言葉、あまりにその無礼さに私はつい、出任せを言ってしまった。
『この人こそ、生涯を誓った唯一の姫君』だと。
嵯峨野での事もあるし、神子殿にはその時のように、姫君になりすましてもらったのだ。
すると彼女は、更に私たちをあざ笑った。私のような男に、生涯を誓い合える相手など出来るはずがないと。
これまで、ろくな噂を作らなかった私であるから、そのように見下されても仕方が無いことだと思っていた。
しかし彼女は、それでも神子殿に罵声のような口を利く。
それは神子殿だけではなく、遠回しに私の最愛の姫君までもを蔑んでいる言葉だ。


「私は別に何を言われても構わないが、さすがに姫君にまでそんな言葉を吐かれてはね…。黙ってはいられなかったというわけさ。」
「…何を言ったんだあ?あの鬼のオバサン。おまえをそこまでカッとさせるなんてさあ〜…」
ここまで話を聞きながら、途中むずかゆい表現に頭を掻きつつ、イノリは友雅に尋ねた。
「さあね、もう殆ど覚えてはいないよ。覚えていたくもないからね、私の姫を穢すような言葉なんて。」
本当はそれほどの言葉ではない。ただの戯言程度のこと。
そこのところは、少し誇大表現で押し進めるとしよう。

「そういうわけで、売り言葉に買い言葉でね…まあ色々と私も彼女に言ってやったんだ。」
「何を言ったんだよ〜…」
「どうやら彼女も、愛しいお館様に相手にされず、寂しくて悶々と苛ついていたみたいだから、そこをちょっと突いてみたんだよ。」
……あれが"ちょっと突く"という程度だろうか…。
結構容赦なくいたぶっていたような気がするけれど…と、あかねと詩紋はそう思い出した。
「そこまで私たちにこだわるということは、相手にされない欲求不満なんじゃないか?とかね。男一人を虜に出来ない程度の女なのかい?とか」
「アンタ…結構ひでぇ毒舌…」
思わずイノリが本音を吐いた。
声には出さなかったが、他の者たちも少なからず同じように思っていたらしい。
女性を喜ばせることには長けていると思っていた彼が、鬼とあっても女性である彼女に、そこまで見下した言葉を投げるとは考えられなかったのだろう。
「普通の女性には、そんな事は言わないよ。ただ、彼女は神子殿と、私の姫君を汚い言葉で罵った。それが許せなかっただけだよ。」
だが、少なくともそれは------本心。

「ということで、そのせいですっかり私は彼女に睨まれるようになってね。だから、恨みもあって私をまず標的にしたんじゃないかな、と推測したわけだ。」
話を聞き終えた鷹通たちは、皆ううむと唸って頭を抱えた。
そういう下敷きがあったのなら、確かに彼を狙う理由もあるということか。
「さっきも言った通り、私の屋敷には姫君の部屋が用意してある。いわば愛の巣と言える場所だ。妬みも手伝って、きっと私と彼女のいる場所を狙う…と思ったんだけど、どうだろう?」
「…まあ、そういう事があったのでは、それなりに理解は出来ますが…。ただ、向こうは神子殿…と言いますか、友雅殿の姫君がお屋敷にいらっしゃるというのは、知っているのですか?」
「ああ。思い込ませやすいように、言っておいたよ。『土御門家では共に夜を過ごせないから、今は一緒に暮らしているのだ』とかね」
「そ、そうですか…。しかし、偽りとは言え、少々お戯れが過ぎるような気が…」
鷹通が困ったような顔をしてつぶやく隣で、詩紋はぼんやりと考えていた。

……そっか。
友雅さんのお屋敷の侍女さんが、あかねちゃんと話している時に言ってた、"部屋を用意して"って…やっぱりそういう意味だったんだ…。
既に彼はあかねを受け入れるために、用意を始めていること。
……ホントに、結婚するんだ…あかねちゃんたち。
と、考えている詩紋のそのまた隣では、さっきから友雅が口にしている出任せに、顔を赤くしてうつむいている。

「友雅殿、その…姫君様はどちらに?それが本当でしたら、姫君様もお屋敷に居られては危険ではないのですか?」
藤姫の声がして、詩紋も我に返った。
「私もそれは一番心配していたことだから、主上にお話をしておいたよ。今は一時的に内裏の一部屋を借りて、そこに留まってもらっているから安心だ。」
「そう…でございますか…。」
勿論、内裏でも安全が確保された訳ではない。
だが、あそこは一国の主が生活をする場所。強い結界に加えて厳重な警備体制が整っている場所だ。普通の屋敷に居るよりは良い。

「だからと言って、私に危険が無くなったわけではない。この通り、藤姫殿の占いにも、屋敷付近に大規模の穢れの予測が出ているくらいだ。このまま屋敷にいれば、相手は私の寝首をかきにやって来る可能性がある。」
その言葉に、あかねはぎくっとして手に力が入った。
一番恐れていること……それは、彼が狙われるということ。
「危険ですね…。ならばどうすれば良いのでしょう?」
八葉は一人欠けていても、その本来の力を失う。
例えそれが神子を護るための命であっても、最後の最後まで在り続けなくては、彼女を護る盾にならない。
神子のためにも、八葉の安全は確保しなくては。
だが、彼の居住地が狙われているというなら、彼はどこにいれば安全なのか。

「鷹通、ものは考え用だよ。狙う場所が分かっているのなら、待ち伏せして真っ向から勝負を掛ければ良い。」
「まさか、友雅殿のお屋敷で…ですか?」
顔を上げた皆が揃って、驚きの表情を浮かべた。
敢えて一番危険の伴う彼の屋敷で、相手が仕掛けてくるのを待つというのか。
「うちは空き部屋が山ほどあるから、八葉全員泊まり込んでも平気だ。藤姫殿の占いを宛てにしながら、しばらく私の屋敷に待機して、様子を見てはもらえないだろうか。」
待ち構えるとしても、もうそれほど長い時間はかからないだろう。
遅くてもひと月以内。早ければ…二、三日中に動きはあるかもしれない。
「それが…最後の戦いになるかもしれないのですね」
静かな口調で、永泉が言った。
「まあ…戦いというのは避けたいのですがね。出来るだけ穏便に済ませたいと思いませんか?永泉様。」
彼の性格もまた、詩紋たちと同様に直接的な戦いを避けて通りたいタイプだろう。
仏の道に身を投じていることもあるが、本来の彼もまた争いは好まないはずだ。

「ということで、実はちょっと私に策がありましてね。手を汚さずに事を済ませる方法なのですが。」
そう友雅は切り出した。
「詩紋たちには既に話してあるのだけれど、こういう事にもなったことだし…そろそろ皆にも伝えておくべき時かもしれない。」
いよいよ、この時がやって来たということか。
思った以上に早かった気がするが、まあさっさと済ませられれば、それが一番だ。
「もったいぶってないで、言えよ。どんなこと企んでるんだ?」
「ふふ…ま、いささか妙な策ではあるのだけれどもね。嘘も相手も使いようってことだよ。」

相手は踊れば踊るほど、それに集中し過ぎてほつれた部分に気付かないはず。
狙いは、そこだ。
すべては攻めのタイミング。
一人の力は些細な事かもしれないが、それらも集まれば強力なものに変わる。
何せこちらには、四神の加護と龍神の加護が着いている。
相手の首領さえ欲しがるほどの、龍神の力だ。負ける要素は一切ない。
すべてはこの策を踏まえていれば………難なく事態は終息に向かうはずなのだ。



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Megumi,Ka

suga