Trouble in Paradise!!

 第27話 (1)
まだ遅咲きの藤が残る庭に面した部屋が、名前通り藤姫の自室であったが、あかね達が案内された部屋は、その部屋のすぐ隣にある塗籠だった。
四方を壁で覆われた薄暗い部屋。
光が遮断される分、外部からの邪気が侵入しにくいとのことで、彼女はいつもここで占いをしていた。

「おかえりなさいませ、神子様。…まあ!そのお手は如何なされたのですか!?」
あかねたちが入って来たとたん、藤姫は彼女の手首に結ばれた衣を見て、すぐさま顔色を変えた。
「え、あ…ちょっとね。でも、全然傷とか怪我じゃなくて、痛くもないんだよ!。…ほらね。」
そう言って藤姫の目の前で、手首から衣を解いてみせた。
少し赤みの残っていた手首も、今はもう跡形も無い。もちろん傷など一切無い。
「ああ、それは良うございました…。どうぞお気をつけて下さい。今は、一層注意の必要な時期でございますから…」
「いつもより注意が必要って、藤姫、それってどういうこと…?」
隣にいた詩紋が、彼女の重めな口振りに気付いて、すぐにその意味を問った。

黒曜石にも似た瞳は、どことなく陰りを帯びていて、普段見せる輝きをあまり発していない。
それと同時にうつむいた表情は、険しさを秘めている。
「…強い穢れの兼言が、占いに出ております。」
藤姫は巻物を文台の上に広げた。
そこには京の地図が描かれている。
あかねたちからすれば、曖昧というか適当というか、おおざっぱな見取り図程度のものであるが、これが普通の時代だから仕方が無い。

東西南北を青龍・朱雀・白虎・玄武の四神に護られ、この京は存在する。
「昨晩の友雅殿のお屋敷での事もありますし、今朝から占っておりました。その結果、強い穢れが近々起きるかもしれないと、星の動きが弾き出しました。」
「強いって…今までよりも、ずっと大規模っていうこと?」
「申し訳ありません、それは…今はまだ、何とも申し上げられません…。」
穢れが実際に発生したあとなら、それを正確に感知する事も出来るが、まだ予測の段階ではそこまで細かくは分からないらしい。
「ただ、おそらく穢れが起きるであろうという場所、方角は…占いである程度判明出ましたわ。」
今度は別の地図を取り出し、藤姫は彼らの前でしっかりと開く。
それは決して曖昧な図ではなく、内裏を含む東西南北の通と道の名前が正確に記されたものだった。

「羅城門より西へ三坊、東西の洞院大路を挟む場所。おそらく室町小路か烏丸小路付近…。そして、西からは六角小路あたりが交差する…辺り。」
説明をしながら、まだあどけない小さな指先で、藤姫は地図をたどっていく。
碁盤の目の地図の上を動く指を、あかねたちはじっと目で追った。
そして、その指先が止まった場所は------------
「ここですわ。神泉苑にもほど近い、四条大路と三条大路の中間付近。この付近に、穢れの兼言が出ております。」
「…ちょっと待って!」
あかねは顔を上げると、身を乗り出して藤姫が指した場所を凝視した。
「ここ…この付近…この位置って…!!」
「やれやれ…せっかく結界を修復させたというのに、今度はいつ起こるか分からない穢れの吹きだまりに、巻き込まれてしまったと言うのかい?」
背後から地図を覗き込んだ友雅が、そう口を挟んだ。

そうだ、間違いない。四条付近のこの辺り…。
ピンポイントと言えるほど、この範囲内に友雅の屋敷は存在する。
…まさか、ここに穢れを敷くその意味は…。
その目的は…そして、その狙いは…まさか。
「やはり標的は…八葉の私かな」
「友雅殿、お待ちください!八葉が狙われるのならば、我々も同じこと。友雅殿だけが狙われる理由が分かりません。」
「八葉としてなら、そうなんだけどね。別の意味があるから、私が狙われたんじゃないかと思うのだよ、頼久。」
意味深げに答える友雅に、頼久や藤姫たちが疑問を抱いていると、次々と来客の報告があった。

「ちわー!一体何があったんだ?急に呼び出しなんかしてさぁ」
イノリに続いて、鷹通も土御門に到着した。
「遅くなりまして申し訳ございません。何があったのですか?」
そこには、ほぼ同時にやって来たイノリと、あかね、詩紋、友雅、そして頼久が待機していた。
ただ事ではないことは、明らかだった。

+++++

天真は朝から、検非違使庁の手伝いがあるとかで、まだ帰って来ない。
どこに向かったのか見当がつかないため、彼には夜にでも説明することとした。
「永泉さまは、今お着きになられたようですが…泰明殿は如何致しましょうか」
そういえば、愛宕の神社へ晴明と共に出向いている、と聞いた。
だが、あんな山奥では、すぐに戻って来いと言っても無理だろう。
彼も後日改めて、説明することにしようか…と考えていると、永泉が部屋にやって来た。

「お待たせしまして、申し訳ありませんでした。」
「……永泉さん、肩にチョウチョが止まってる」
え?とあかねの声で自分の方を見ると、紫色の美しい蝶が永泉の袈裟の色に合わせるように止まっていた。
『蝶ではない。私だ。』
どこからともなく聞こえてきたのは、泰明の声。
その声の発生源は…蝶である。
『すぐに行こうとも、ここでは無理だ。蝶に気を飛ばしてそちらに向かった』
「ああ、そうだったんですか…。でも、それなら泰明さんにもお話を聞いてもらえるから、有り難いです。」
こんな不思議なことも、もうすっかり日常的なことで驚きもしない。
特に彼は、普通の陰陽師ではないのだから、こんな所業も容易い事だ。

「……それでは、本日占いに出た内容を、今一度皆様にお伝え致しますわ」
改めて藤姫は京の地図を用意し、これまでに現れた占いの結果を八葉たちに説明し始めた。



一時が過ぎたあと、部屋には緊張感を伴った静寂が流れていた。
「つまり…友雅殿のお屋敷付近で、規模の大きな穢れの予測が出ているということですね」
「そう。これだけ広い京で、何故だかその危険地帯に入っているのは、私の屋敷だけだ。」
「ですが、何故友雅殿のお屋敷だけなのでしょうか…?」
八葉のうち、頼久、天真、詩紋は土御門に居を構えている。
だが、五人はそれぞれ住まう場所が違う。
狙える場所は六つ。なのに何故、狙われたのが友雅の屋敷なのか。
頼久はずっとそれが気がかりだった。

何故、友雅なんだろう?。
彼が朝廷に近い人物だからか?
それに加えて八葉という立場で、神子にも近いこともあっての事か?
彼を狙えば、朝廷も神子も同時に手に掛けられる可能性が高いから…とか。
確かに思い当たる事はいくつかあるが、それなら永泉の法親王の立場もまた、標的に値するのではないだろうか。

「まあ、狙われても仕方がないとは思ってるよ。私の方にもそれなりに、身に覚えがあるからねえ。」
「…友雅殿?どういうことですか、それは…」
"身に覚えがある"という彼の言葉の意味が分からず、鷹通はすぐに聞き返した。
頼久も、そしてイノリや藤姫たちも同じ、友雅が感じている心当たりの真実が聞きたかった。
「ちょっとね、向こうと個人的なことでやり合ってしまって。随分と嗾けてしまったから、それで恨みでも抱かれたのかな、と思ってね。」
「おい、何だよそれ!友雅っ、おまえ一体どんなことやらかしたんだっ!?」
鬼に恨まれるような事とは、どういうことだ。
こちらが相手を憎むならともかくとして、向こうが恨むって…全くイノリには見当がつかなかった。

そんな彼を見て、友雅は苦笑する。
そして、意味深にあかねの方をちらっと見てから、もう一度口を開いた。
「仕方が無いだろう?無粋な事をする相手には、鬼だろうと文句を言いたくなるものだよ。」
彼の発言を聞いて、思わずぎくっとしたのはあかねだけではなく、真実を知っている詩紋も同じだった。
まさか…また何かとんでもない事を言い出すのではないか!?と。
すべてを知っている二人(あかねは張本人なのだから当然だが)は、友雅がどんなことを考えているのか、いつもハラハラドキドキだ。
特にあかねは共犯者であるから、何か振られたら口裏を合わせなくてはならない。
だけど、常に友雅の発想は想像を超えているものばかりで、追いつくと同時に内容を把握しなくては、動揺するばかりになってしまう。

……何を言い出すつもりなの〜友雅さん〜!リアクションが難しいことだけは、勘弁して下さいよ〜!
あかねがそんな事を心で嘆願していることなど、生憎彼には全く伝わっていない。



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Megumi,Ka

suga