Trouble in Paradise!!

 第26話 (3)
ゆっくりと進んでいた車も、いつのまにか目的地へと到着していた。
「殿、土御門に到着致しました。」
外から車副の声がして、牛車の揺れがぴたりと止まった。

詩紋は早々と下りる用意をして、開けられた前簾から真っ先に外へと降り立った。
まずは世話になった従者に礼を言い、後から下りてくるであろう彼女の手を取ってやろうと、詩紋は後ろを振り返った。
だが、開いていたはずの前簾が下ろされていて。
その後すぐに、中から友雅の声が聞こえてきた。
「悪いが詩紋、少しの間で良いから、気を利かせてもらえないかな?」
「…えっ?」
唖然としている詩紋の肩を、従者がつんつんと突いた。
彼の方を見ると、ニヤリと黙ったまま笑顔を向ける。
一瞬ぼうっとしていた詩紋だったが、はっとしてこの状況をすぐに察した。
それと同時に、少し頬の熱も上がる。
「わ、わかりましたっ!それじゃ僕っ、車寄せの外で待ってます!」
詩紋はそう答えて、たたたっと足早に車から離れると、従者たちもそれに沿って車から少し離れた場所に移動した。


「何のお話ですか…?詩紋くんにも言えないような…事ですか?」
「ああ、神子殿だけに聞いてもらえればいい事だよ。」
車から降りようとしたとき、後ろから友雅に引き止められた。
話したいことがあるからと言われて、そのままこうして車の中に留まっている。
自分だけに話すことって、何だろう。
事のすべては、詩紋には打ち明けているのだから、彼がいたって問題はないような気もするけれど。

「自分は無力だとか、考えてはいけないよ。」
どきっとして、あかねは友雅の顔を見上げた。
さっきまで悩んでいたことを、まるで覗いていたかのように指摘されたからだ。
顔色を読まれてしまったか。彼は、そういう洞察力に長けているし。
「無力どころか、君がいなければ我々八葉なんて、存在理由さえもないのだから。それだけ、君の存在には力があるという事だよ」
でも、いざという時に役に立たなければ、"力"なんてあってもなくても同じ…に思える。

「……きゃ」
ふいに友雅の手が腰に回って、くいっと胸の中へあかねを引き寄せた。
「それに…君は、どんなものより強い力を持っているだろう?」
「強い力って…私が?龍神の力以外にですか?」
「そう、驚くほどの力だ。気付いていないのかい?」
彼女の手首を避け、その身体を包むように両腕を伸ばすと、衣で覆うようにあかねを抱きしめる。
「私の心を惹き付けて離さない…想像を絶するような力だよ。」
「なっ…!いきなり変なこと言わないで下さいよっ…!」
耳元で彼が囁く声に、びくっとして慌てふためきながら、かあっと顔が赤くなる。
甘いトーンがくすぐったくて、戸惑いを隠せず彼の腕の中でじたばたするけれど、友雅はあかねを手放す気はない。
「ダメダメ、逃げないで、ちゃんと私の話を聞きなさい。」
指先で唇の動きを止め、もう一度彼女を抱き直す。
頬にかかる乱れ髪をはらって、染まる頬に手を添えた。

「君は確かに、龍神の神子には変わりない。でも、私にとっては…もっと大切な存在であることを、思い出してくれないかな。」
たった一人だけ、心を誓った姫君。
これからの未来を、共に生きて行こうと約束した…ただ一人の女性。
「私が大切なのは…何よりも君だ。君がいなければ、夢を見る事さえ出来ない。これから続く未来を、思い描く事も出来ない。」
-------だけど、彼女がいれば、それが可能になる。
「その夢を君と見たいから、私はこうしてここにいるんだよ?」
「…友雅さん…」
小さなあかねの声が名前をつぶやき、少し潤んだ瞳がこちらを見上げる。
腕の中に取り込まれたまま、近付いた彼の唇がそっと優しく重なった。

「それにね、考えてみてご覧。不真面目極まりなかった私が、今では本気で敵をこらしめようとしているんだよ?そこまで私を変えてしまったんだから、君の存在の力は凄いものだと思わないかい?」
「そ、そんなこと言われても…自分では何だか、その…」
何て答えれば良いか。苦笑いしか浮かばない。
確かに、出会った当初のふらりとした感じは、今はもう感じられないが…。
でも、それは自分が彼を見る目が、変わって来たからじゃないのかな、とも思ったりする。
彼は八葉の一人。その立場は変わりないことだけれど…でも、自分にとっても彼は別の意味で大切な人で。
そんなお互いの想いが、同じものであるなら…嬉しい。

「君が傷付けられたと知って、これは仕返しでもしてやらないと…と本気で思っていたんだよ」
あかねの手首に触れて、友雅は笑いながら言った。
「あ、あのっ…さっきの友雅さん…ちょっと…怖かったです」
「怖かった?」
「何だか…止めなかったから、本気でシリンに手をかけちゃいそうな気がして…」
「まあ、神子殿が止めなければ、そのつもりではあったけどね。」
あかねに止められたし、こんなことで彼女の首をへし折っても、その場にいた詩紋だって夢見が悪くなるだろう。
でも、本気でそう思っていた。これくらいの手首の痣なら良いが、重い傷を負わせられたら…誰が止めようと手を出しただろう。

「それだけ、本気で君が大切だってことだ。我を忘れて突っ走ってしまう私を、君はよく知っているだろう?」
友雅は笑いながら、あかねの耳元で甘く問い掛ける。
……自分が止められなくなるんだ。あの時みたいに、ね。
囁く声に身体が震えて、抱きしめてくれている腕の感触と、頬に掛かる彼の吐息の感触が、あの時を一瞬のうちに思い起こさせる。
とたんに、あかねの心音はリズムを乱し始める。

「君がいてくれることが、私を護る一番強力な力だ。誰にも出来ない、君しか私に与えてくれない力だよ。だから、自分は何も出来ない無力だなんて、もう二度と思わないようにね。」
どんな時でも振り向けば、そこに彼女がいれば…それだけで良い。
それがすべての力に変わる。力さえ蓄えられれば、相手を制するだけの威力になるのだ。
「…分かりました。でもっ、何か困ったら言って下さい。友雅さんが心配しなくて良い程度のことで良いから…」
彼はひとつ溜息を着いたが、その表情には笑顔が浮かんでいた。
「しょうがないね…分かったよ。困ったときは相談するよ。その代わり………」
あかねの身体を強く抱きしめて、息が重なるほど唇を近付けて、
「君が困った時には、まず真っ先に私を呼びなさい。お互いに護りあえるように…約束だよ?」
「…はい。」
大切なその人を護るために。
その人と生きる未来を、護るために。


「…ひゃっ!今っ、今っ…何したんですかあーっ!」
友雅の腕から、あかねは飛び出すように転がり抜けた。
「甘い桃だと言っていたから、つい味見をしたくなってね。」
「だ、だからって、急に舐めないで下さいよ!びっくりしたじゃないですか!」
顔が近付いて来たから、もう一度唇が重なるかと思ったのに…その予想は外れて、彼の舌が唇をぺろりと舐めた。
「あーびっくりしたっ!。せっかく心構えしてたのにっ…」
「心構えって…何のために?」
動揺している彼女の肩を、友雅はそっと引き寄せた。
何も答えずにうつむく顔を、指先で持ち上げて、もう一度顔を近付けて…。
今度は心構えも整わないうちに、友雅の唇はほのかに甘いあかねの唇に重なった。


「え、えーとっ…す、すいませーんっ!」
車の外から、少し落ち着きの無い詩紋の声が聞こえて来た。
「あのっ…まだ…時間掛かりますかっ?その、入口で頼久さんが待ってるみたいなんですけどっ……」
やれやれ。せっかくこうして時間の合間を探し出して、彼女との時間を味わっているというのに、それらを引き裂く輩は後を絶たない。
仕方がないので、友雅は手元にあった衣をちぎり、あかねの手首にくるりと巻いてやった。
怪我をしたらしいので手当をした、と言えばごまかせるだろう、と内緒で二人口裏を合わせてから、ようやく車から降りた。



「そうでしたか。ですが、大事には至っておられない様子。友雅殿の処置故のこと…心から感謝致します。」
「いや、これくらい当然の事だよ、大切な神子殿のお身体だからね、傷ひとつでもきちんと手当をしなくては。」
頼久はあかねの手首を見て、一瞬驚いた様子ではあったが、あかねや友雅から(二割増の)話を聞くと、ホッとして深く頭を下げた。

「それじゃ、二人を送り届けたからね。私はこれで失礼するよ」
と、友雅が立ち去ろうとするのを、頼久が呼び止めた。
「友雅殿、お待ちください。丁度良い機会ですので、藤姫様に御会いになって行かれて下さい。」
「…藤姫殿に?特に咎められるようなことは、最近はないと思うけどねえ?」
二人の関係は相変わらずトップシークレット級だが、はた目から見れば真面目な八葉の仲間入り…をしたつもりなのだが。
「いえ、そのような事ではございません。神子殿も詩紋も、ご一緒に御会いください。重要なお話があるとのことです。」
重要な…話がある?
三人は顔を見合わせたが、まったくそれが何の事なのか思い付かなかった。
頼久が言うことには、先程鷹通やイノリたちにも、出来るだけ早めに土御門へ来るように、と連絡を入れたらしい。


---------どこかで、何かが、動き出した。




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Megumi,Ka

suga