Trouble in Paradise!!

 第26話 (2)
「いや、今日は着なくて正解だったよ。逆に気付かれにくくて、辿り着けなかったかもしれないからね。」
「あ、そう言われればそうかも…」
市に並んでいた、早採りの桃を二つ。
甘い香りを放つそれを、友雅はあかねたちに一つずつ手渡した。
「さて…彼らがまだ、その辺りをうろついていないとも限らない。ここから離れた方が良いね。」
車を外町付近に停めているから、一緒に乗って帰ろうと彼は言った。

「でも、確か友雅さんは、市に用事があったんじゃないんですか?用事、終わったんですか?」
「ああ…まあ、今日じゃなければならないわけじゃないし。後日改めて、ということにするよ。」
先に詩紋を車に乗せ、あかねは自分で抱き上げて乗せた。
車副も顔なじみであるから、彼女の姿を見ると笑顔で頭を垂れる。
「先に土御門に向かってくれ。」
今日はもう、どこかに連れ出すことはせず、彼女たちを元の鞘へ戻して上げた方が安心に違いない。

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友雅にもらった桃は、手にしているだけで、車の中が甘い香りで包まれる。
瑞々しくて、それでいて優美で豊かな香りだ。華やかで雅な香とはまた違う。
詩紋は器用に皮を剥ぎ、ひとくちそれをかじった。
すると、果汁で口の中が潤されていった。
「あかねちゃん、皮…剥いであげようか?すごく美味しい桃だよ?」
「え?あ…うん…」
両手で包んだ桃を、ぼんやり眺めながら溜息を付く。
柔らかい皮の表面に生えた、産毛のような手触りが優しい。

「あの、友雅さん…ホントに…大丈夫ですか?」
「私のこと?それとも、内裏のこととか、屋敷の者たちのこと?」
「……そりゃ、みんな気にはなりますけれど…」
真っ先に気になるのは、彼自身のことだ。
あれだけシリンと直接やりあったのだ。しかも、遠慮なく思い切り嗾けて。
よりにもよって、これで衝突は二度目。その度に、とことんまで追い詰めて相手を高揚させ…本気で怒らせて。
こんなことをして、彼の計画は実行出来るんだろうか。
成功の可能性があるのか、正直疑問が残る。
「心配はいらないよ。寧ろ
彼らを見て、ますます勝利を確信したくらいだ。」
「ホントに…?」
彼は疑う様子もなく、自信ありげにうなづいてくれたが、それでもあかねの心はすっきりしない。
屋敷の結界が破られていただけでも、あんなに不安に駆られて仕方がなかった。
今回は運が良く、大事に至らないうちにあかねが気付いたから良かったが、気付かないまま…あの状態でいたとしたら。
ほつれた結界のすき間から、敵が忍び込むことだって有り得たわけだ。

彼にもしものことがあったら…例えそれが戦闘中であっても、平常心でいられる自信なんかない。
取り乱しちゃいけないと思っても、きっと無理に決まってる。
軽く唇を噛み締めて、時折そっと友雅の姿を目で追いながら、あかねは思った。


「調子に乗り過ぎた…かな」
「え?何の事ですか?」
もう一度顔を上げると、今度は友雅と目が合った。
「良い気になって、相手を突き過ぎたかな、と思ってね。もう少し控えめにしておけば良かったか、とか。」
"今になってそう思ったって、どうしようもないけれど"と、髪を掻きあげながら彼は苦笑いを浮かべた。
「でも、何か考えた上で、ああいう風に言ったんでしょう?無闇矢鱈に突き抜けちゃったりは、しないじゃないですか…友雅さんは。」
「賢い詩紋にそう言われると、私も少し嬉くなるね。」
かじりかけの桃を手にしている詩紋を見て、友雅は微笑んだ。

「まあね、それは詩紋が言う通りなんだけど。でも…やはり神子殿のためにも、少し遠慮しておけば良かった。」
「え、な…何でそこで私の名前が出てくるんですか?」
急にコチラに話が振られたので、どきっとしたあかねは手を滑らせ、彼からもらった桃を落としてしまった。
桃はコロコロと車の傾斜に沿って転がり、向かいの友雅の膝元で止まる。
代わりにそれを取り上げ、彼女の手へと戻してやるとき、彼は手を伸ばして彼女を捕らえた。
「余計な心配をさせてしまったね、悪かった。」
友雅の手は、手首にかすかに残る赤痣を、気遣うように静かにそっと触れる。
痛みはまったく残っていない。ただ、強く掴まれていたから、その痕が消え切っていないだけ。
それでも、触れたら吹き飛んでしまいそうな綿毛を扱うように、その仕草はどこまでも優しい。

「……もうちょっと早く、気付いてくれれば良かったのに…」
少しだけ唇を尖らせて、拗ねたように言うあかねの表情が、微笑ましくて自然に笑みが沸き上がってきた。
「ごめんごめん。随分と嗾けてたように見えたかもしれないけど…でもね、勝算がない策は実行に起こさないって、前にも言ってただろう?」
わずかでも不利な展開があるなら、踏み出したりしない。
二人で紡ぐ未来を夢見ているのに、その直前で砕かれるなんて冗談じゃない。

「君を傷付けることなんて、絶対にしないと誓うよ。それと同時に、私だけじゃなく他の八葉たちも安全であるように、一番安全で一番楽な策を起こすつもりなのだからね。」
あかねと詩紋。出来れば戦うという行為を避けたい、と二人は願っている。
それならばと、別の発想で企てた策。
考えれば考えるほど、少々拍子抜けの内容かもしれないが…まあ、あれだけシリンを奮起させれば好都合だ。
きっとその結末は、更に良い方向へ転がってくれるだろう。

「信じてくれるね?」
両手で静かにあかねの手を包み、その甘やかな眼差しは彼女の姿を捕らえる。
面倒に巻き込まれるのも、自分から関わるのも好まない自分が、こんな風にひとつの目的のために動いているのは、すべて彼女のためだ。
そして、彼女の手を取って歩き出す自分のためにも。
「……分かりました。でも、ホントに無理なことはしないで下さいね。私に出来ることがあるんだったら、頑張りますし。」
「だっ、駄目だよ!あかねちゃんこそ、無理しちゃ駄目なんだよ!?」
「でも、出来ることならやりたいもの。少しでも、手助けがあった方が良いでしょ?」
じっとしていられないのは、彼女の性分である事はよく知っている。
だが、それが例え恩愛を込めた想いだとしても、どんな微量の危険も彼女には近付けたくはない。

「君が無理をしないことが、私たちにとって一番の手助けなんだよ、神子殿。」
「………」
自分の手を握ってくれる彼の手を、あかねはじっと見つめながら言葉を噤んだ。

--------やっぱり、護ってもらうしか出来ないのかな、私って。
以前から感じていたことではあったが、こういう時に自分はもしかしたら無力なんじゃないか、と思う時がある。
八葉の彼らは、怨霊と戦うことが出来る。でも、自分はには一人で戦えるほどの力がない。弱すぎるのだ。
彼らが戦ったあと、それらを封印するために力を発揮するだけ。まず、彼らに頼らなければ何にもならない。
せめてもう少し、強い力が欲しいよ。
戦うのではなくて、護るだけの耐久力で良いから、そんな力があったら良いのに。

明日から、天真くんたちのトレーニングに付き合おうかなあ…。
外に行かなくても、庭を2〜3周くらいジョギングでもすれば、結構体力作りになるよね、きっと。
早起きして頑張ろうかなあ…。
あとはストレッチとか。お部屋広いし、筋トレとかやってみようかなあ…。
力がなくても、体力がもっとあれば、何とかなりそうだし……。



「はい。少し甘いものを味わって、落ち着いた方が良いよ。」
あかねがあれこれ考えていると、目の前に皮を半分ほど綺麗に剥いた桃が、彼女の手に握らされた。
考え事をしているうちに、友雅が剥いてくれていたみたいだ。
指先が塗れるほど果汁が滴る桃をかじると、その甘い味わいは、確かに少しだけ気持ちを落ち着かせてくれたようだ。

詩紋と顔を合わせながら、桃の味について無邪気に語り合っているが、彼女がどんな事を思っていたのかは察しが着く。
自分たちと共に戦えるだけの力量が、自分には備わっていないことが悔しくもあり、もどかしかったんだろう。
たけど、八葉である自分たちから見れば、自分たちこそただ戦うだけの力しかなくて、最後に怨霊たちを鎮めることが出来るのは彼女だけに備わっている力だ。
八葉には代わりがいる。でも、彼女にはいない。
だからこそ、無茶はさせられないのだ。

……友雅にとっては、もっと特別な意味も持っている彼女だから。



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Megumi,Ka

suga