Trouble in Paradise!!

 第26話 (1)
「二人とも、怪我はなかったかい?」
「ぼ、僕は平気です。でも、あかねちゃんが…」
詩紋は、受け止めていたあかねの背中を支えながら、立ち上がろうとする彼女を友雅に譲り渡した。
その手を取ろうとした友雅の目は、ふと彼女の手首を見る。
「ああ、可哀想に。茨で傷をつけられたのだね。」
正確に言えば傷とは言えないが、シリンに握られた手首が赤くなっている。
よほどの力で掴まれ、衝撃を与えられたのだろう。

「私の姫君の絹肌を傷付けるとは…やはり、少しこらしめてやった方が良いかもしれないねえ」
友雅が振り返ると、シリンはぎくっと身体を硬直させた。
…ちっ、まるで剣気じゃないか。こんな男に、何故そんな気が出せる?。
白虎の気か?四神から放たれる気のせいか?
だが、隣にいる地の朱雀からは、これまで強い気は感じられない。
何故彼だけが、そんな強い気を放つことが出来るんだ?。

「どうする?姫君。君が望むのなら、いくらでも仕返しをしてあげるよ。」
「い、良いです!私、取り敢えず無事ですから!」
あかねは慌てて、背後から友雅にしがみついて、シリンたちを睨む彼を阻止しようとした。
自分のために、と言ってくれるのは嬉しい。
でも、今の友雅はちょっと…いつものような冷静さを失っているみたいで、その鋭さが少し怖くて。
手を出したら、本当に容赦をしなさそうな気がする。
最後の最後まで、相手を追い詰めることさえ出来そうなほど。

「彼女がそう言うから、ここは大人しくしてあげるよ。でも、私は本気だから、甘く見ない方が良いよ。」
「…あ、あたしたちを…脅すってのかい」
「もちろん。私だけの姫君を守るためなら、力なんて惜しまないさ。」
ふうっと彼の手が空に向けられて、剣が宙を斬るかのようにシリンの方を指す。
「それくらいの台詞を、君もお館様に言わせてごらん。」
雅やかな彼の笑顔が、忌々しくて憎らしい。


「……出来るわけないだろ、こんな女に」
後ろから、突き刺すように冷ややかな突っ込みが、絶妙のタイミングで飛び込んでくる。
発言主はもちろんセフルだが、こういう状況で仲間を卑下するコメントというのも、何だかオカシイ。
「おまえっ…また余計な口を!」
「すっかり最近相手にされなくて、仕方なくこんなもん買い込んでさ。その時点で、もう負け犬みたいなもんじゃないか」
くるり、とシリンの背中がこちらに向けられる。
後ろを向いた彼女は、またもぎゃんぎゃん言いながらセフルを捕まえると、彼も負けずに彼女の指先に噛み付く。
「いっ、痛いじゃないかぁっ!お、お離しっ!」
「う、うるさいっ!おまえこそ、さっさと俺を離せえっ!」
もう何度目になるか分からないほど、繰り返されているけたたましい光景に、友雅は拍子抜けして頭を掻いた。

まあ、こんな相手ならば、それほど心配することもないか…と、改めて思った。
アクラム本人が出て来るならいざ知らず、この二人ならどうにでもなりそうだ。
「ちょっと!話の途中で逃げるつもりかい!」
あかねたちを連れて、友雅はその場を立ち去ろうとしたとき、セフルに噛み付かれたままシリンが叫んだ。
「いや?もう私たちには用事はないみたいだしね。ここにいて、君らの喧嘩を見物するのも面白いかもしれないが、生憎とそんな暇じゃないんだよ。」
カチン、とシリンのこめかみ辺りが、音を立てた。
だが、それくらいの事で、友雅は振り向きもせず足取りも緩めない。
詩紋の背中を押し、あかねを抱き寄せたまま歩き続ける。

「そうだ。せっかくそこまで苦労しているんだったら、教えてあげよう。大和国に、イラクサが多く茂る場所があるのを知っているかい?」
急に立ち止まった友雅が、意味の分からないことを口にした。
大和国?イラクサ?それが一体どうしたというんだ。
「今から摘みに行って来たらどうだい?媚薬に頼ってでも、お館様を手に入れたいんだろう?」

……………媚薬!?
その言葉に、あかねたちも後ろを振り返った。
シリンの顔は呆然としていて、ただ、その場に立ち尽くしている。
「林檎、ザクロ、甘草やスイカズラ…よくもまあ、山ほどあちこちから買い集めて来たものだねえ。」
友雅はシリンが市で購入した、籠の中のものを遠目に見ながら、少し企むような顔をして笑う。
「真偽は分からないが、みんな媚薬作用があるとか言うものばかりだ。」
えっ、そうなのか?
あかねと詩紋も、それらをじっと眺めた。
見慣れたものばかりだけれど、それが媚薬になるなんて聞いたことが無い。
そもそも、媚薬なんて本当にあるのか半信半疑だった。
物語の中にしかないもの、という気がして。

「イラクサもね、そういう作用があるとか言われてるらしいよ。だから、こんなところで油を売っていないで、そちらに行くと良いんじゃないかい?」
まさか真意を見抜かれるとは思わず、シリンは硬直して身動きが出来なかった。
白拍子に成り済まし、公達に近付いては彼らの屋敷に忍び込んだ。
塗籠にある古今東西の文献や言い伝えを覗き見し、ずっと情報を集めて来た恋薬の調合法。
それを、まさか敵である友雅に気付かれるとは…何て失態だ。
「随分と量が必要みたいだから、イラクサもお勧めするよ。信憑性は分からないけど、薬園師や内薬正から出てきた話らしいし、それなりのいわれはあるんじゃないかな。」
友雅の言葉を、シリンは怪訝そうな顔をしながら黙って聞いている。
思わずそれを見ていたら、友雅は笑い声を上げそうになった。
敵が口にした言葉でさえも、気になって仕方が無いというのが明らかすぎる。
本当に、性格だけは可愛い女だ。

「まあ、頑張ってお館様を落として、私たちにそれを見せておくれ。」
再びシリンのこめかみに、血管がぴりっと浮き出てきた。
彼の、その口調。その、上から目線の見下したような笑顔。
言葉の最後に、声にならない"無理だろうけど"という台詞がにじみ出て来る。
「覚えておいで!おまえたちに、私の力を見せつけてやるよ」
「ふうん…。でも、それは君の力じゃなくて、薬の力だろう?そんな力を借りなきゃいけないほど、君の力は弱いものなのかねえ?」

後ろで、ぷっと吹き出した笑い声がした。
犯人はもちろんセフルに違いないので、振り返って一発引っ叩きたい気持ちになったが、それよりも目の前にいる、小憎らしい地の白虎の方が腹が立つ。
「近いうちにっ…絶対おまえたちを従わせてやる!」
シリンは指先を真っ直ぐに延ばして、予告ホームランのように友雅を指差す。
「その前に、お館様を君の魅力で従わせる方が先なんじゃないかな?手間暇がかかりそうだしねえ。」

後ろで、キンキンと金切り声でわめき続けるシリンを、友雅はもう二度と振り返らなかった。

-----結界どころじゃ、済ませないよ。

その言葉を聞いたあかねたちが、一瞬動揺したにも関わらずに、彼は知らぬ顔でその場から彼らを伴って立ち去った。

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あんなひと騒動があったというのに、寺を出てみれば相変わらず、町は人で賑わっていて。
何にも変わらないまま、人々は明るい表情で歩いている。
「…でも、どうして友雅さん、あんなところにやって来たんですか?」
「屋敷に戻ったら、神子殿と詩紋が来られたと聞いてね。丁度、東市に用事があったから、もしかしたらまだ近くにいるかなと思って歩いていたんだよ。」
だが、それにしてもタイミング良く、あの場に現れたのが不思議な気がする。
東市にしろ東寺にしろ、広くて人も多いのに。
「二人の特徴を言ってみたら、結構目撃者が多くてね。東寺の方向に歩いて行った、って教えてくれたよ。」
「そ、そうだったんですか…」
自覚はあまりなかったが、やはり少し目立つだろうか。
八葉と共に外に出るときは、いつもこんな格好だったけれど…市では確かにあまり見かけない格好か。

「そうだ、この間に仕立ててもらった小袖を着れば良かったな…。それだったら、あまり目立たなかったかも。」
せっかくあんなに綺麗に、作ってもらった小袖があるのだから、こういう時こそ着なくてはもったいない。
着物を誂えてもらえるなんて、なかなか経験の無いことだし。



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Megumi,Ka

suga