 |
 |
Trouble in Paradise!!
|
|
 |
| 第25話 (3) |
 |
 |
 |
「ん?お知り合いか。あの二人、こちらを見ているようだが」
シリンたちの姿に気付いた住職は、あかねたちの肩を叩いて促す。
「し、知り合いって…わけ…じゃ…」
知り合いと言えばそうだが、挨拶を交わしてにっこり、という間柄じゃ全然ない。寧ろ、顔を合わせたくない相手なのだが、住職を前にそんなことも言えないか…。
そうしているうちに、彼らの方から近付いて来た。
「お久しぶりねえ、二人ともっ!」
「……うっ!?」
ニコリと艶やかな笑顔を作りながら、その瞳は異常なほどギラギラしている。
それは、黙って彼女の後ろに着いている、少年の瞳も全く同じだ。
「なるほど。お知り合い同士、ゆっくり話でもされていたのだな。ここは人も来なくて、涼しく静かだしな。ゆっくり寛いで行くと良い。」
「あっ!じゅ、住職さんっ!」
住職はあかねたちの背中を、ぽんとシリンたちの方へ押し出した。
「せっかくだ、ゆっくりと話でもしようじゃないのよ…神子、そして地の朱雀!」
結局のところ、面倒な事に巻き込まれる運命は、回避出来なかったらしい。
+++++
住職がいなくなると、再び裏庭はしんと静まって、人の気配がなくなる。
そんな中で、あかねと詩紋はシリンたちの鋭い視線に、全身を縛られているかのように動けなくなった。
「私たちの様子を探っていたのかい?コソコソと、神子と八葉ってのは、随分みみっちいことをするもんだね」
「探っていたっていうか、別にそういうわけじゃないんだけど…」
「フン…何とでも言えばいいさ。見られたところで、痛くも痒くもないからね。」
いや、それよりも往来の多いあの場所で、あれだけ大騒ぎで喧嘩していれば、誰だって見たくなくても見てしまうと思うんだが…と、突っ込みたい気持ちを何とか抑える。
「おや、そういや…今日はあの八葉は一緒じゃないんだねえ」
ちらりと詩紋の姿を見たシリンは、不敵に口元を緩めながら、あかねにぐっと顔を近付けた。
あの八葉とは、間違いなく友雅のことを言っているんだろう。
「見限られたってわけかい?まあ…あんたみたいな小娘じゃ、あの男は満足しないだろうけどさ。」
そう見下すように言い放ったあと、彼女は高らかに声を上げて笑った。
「おまえだって、アクラム様を満足させられないくせに」
ボソッとシリンの笑い声の後ろで、セフルが言った一言。
それを彼女の耳が聞き逃すわけもなく、今度は彼をキッと睨みつける。
「うるさいんだよ、セフル!子どもは黙ってな!」
「満足させられないから、こんなものに頼ってんだろ。バカな女…。」
「ええい!もう我慢出来ないよ!覚悟しな!」
次の瞬間……目の前で取っ組み合いが始まった。
どうすればいいんだろう…。
何だか、捕らえられたような気がしたけれど、この状況はとてもそうとは思えず。
縛られているわけでもないし、見張られているわけでもない。
それどころか…相手は喧嘩の最中で、こっちの存在なんて忘れているんじゃないだろうか。
「あかねちゃん、こっそり…今なら逃げられるかも」
詩紋が小さな声で耳うちをした。
確かに今だったら、一気に走って行けば表通りに辿り着けるかもしれない。
さすがにあの混雑した市の中では、彼らだって自分達を捕らえることなど、出来ないはずだ。
「…行こうか、いっせーのーせ、で」
あかねの声に対して、詩紋はこくんとうなづいた。
「あっ!おまえたちっ…待ちな!」
二人がダッシュしたその足音に、はっとしてシリンは腕に噛み付いているセフルを、思いっきり振り払った。
逃がすものか。ここで八葉はともかく神子を捕らえられれば…アクラムの元に連れ去る事が出来れば、自分への信頼は更に確実となる。
信頼されれば…彼の心にも手が届く。慰み者の座から這い上がれるチャンス。
それを逃してなるものか。
あかねたちは全速力で走り続けるが、寺の裏庭はあまりに広すぎて、なかなか門に辿り着けない。
息をするのも辛くなって来て、膝が震えて来た。
そんな二人の前に、一瞬のうちにシリンが姿を現した。
「バカだね。私たちから逃げられると思ってんのかい?どこまでも、一瞬のうちに追いついてみせるよ。」
勝ち誇った顔の彼女が、二人の前に立ちはだかる。
そして、あかねの腕をぐっと掴んだ。
「あかねちゃんに何をするの!!」
「決まってるだろう。アクラム様への貢ぎ物さ。」
手首を掴むシリンの力は、女性とは思えないくらい強くて痛かった。
男の友雅だって、こんな力で掴んだりしないのに、まるで骨が砕けそうなくらいに容赦ない力だ。
「さあ、着いといで!あの男にも見限られたなら、もう思い残すことなんかないだろうが!」
「そ、そんなんじゃないってば…」
引きずられるのを拒むと、ますますシリンの手は強くあかねの手首に食い込む。
「惨めったらしいね!自分を捨てた男なんか、どうでもいいだろう!?あんな奴、今は他の女の所に通っているに違いないさ!」
ぐいっと手を引き上げられて、あかねは身体をよろめかせる。
慌てて詩紋が、シリンに手をかけようとした。
「その目で見たわけでもないのに、勝手な作り話をしないでほしいな」
えっ!?と詩紋は、背後を振り返った。
ガラス玉のように綺麗な色の瞳を、大きく見開いて詩紋は驚きのまま声を失う。
「私にそんな女性がいるのなら、今すぐここに連れて来れば良い。まあ、どれだけ探してもいないだろうがね。」
詩紋の肩をぽん、と友雅は叩く。
その感触は、もう心配は要らないと言ってくれているようだった。
シリンに手を掴まれながら、あかねはこちらを見ている。
驚いたような…それでいて瞳は少し怯えるように潤んでいて。
取り敢えず、この場に間に合った運命に感謝したい気分だ。
「さ、私の姫君を返してくれないか、茨の君。」
友雅は、一歩一歩少しずつ歩み寄ってくる。
「おいおい、近寄るんじゃないよ。そんなこと言って、あっさり返す私だと思ってんのかい?」
「いや、全然思わないけどね。随分と執着心も酷い人みたいだから。お館様にあれだけ無心になるのを、見ているだけで分かるよ。ホント、スゴいものだよ…呆れるくらい、ね。」
「口が過ぎるようだね、地の白虎。おまえみたいな男に、私の心が分かってたまるもんか!」
その突っかかり方を見て、友雅はふっと小さな声で笑った。
「意外かもしれないけれど、最近はよく分かるんだよねえ、そういう気持ちが。」
昔は、分からない感情だった。
でも、今は一人にのめり込む感覚が、よく分かる。
そして、呆れるくらいに彼女に溺れるのも……悪くないものだと思っている。
彼の手が、あかねの手首を掴むシリンの手に触れた。
「さ、触るんじゃないよ!」
「そうはいかないよ。彼女を返してもらうには、君の茨の手を振り解かないといけない。」
「誰がこの手を離したりするもんっ……!?」
-----叩き付けるような、鈍い音が響いた。
それは、友雅がシリンの手を、勢い良く払い除けた音だった。
急なことで手元が緩み、彼女はその衝撃に耐えかねて、ふとあかねの手首を離してしまった。
詩紋は、よろめいて倒れそうになったあかねを、慌てて両手で受け止める。
……良かった。
ホッとして顔を上げると、友雅はシリンの喉元に手刀を当てて、彼女の動きを封印している。
顎と喉を圧迫されて、呼吸さえもままならず、彼女は息をぐっと飲み込む。
「これ以上、彼女に手をかけた時は…遠慮は無しだ。」
「…くっ…」
「分かったなら、返事をしてもらおうか。その気がないなら、ここで息の根を止めてあげても良いよ。女性に手を出すのは趣味じゃないけれど、今の私にとっては…女性は一人しかいないからね。」
汗が身体中に滲んでくる。
何故、たかが一人の男に、ここまで気圧されてしまうんだ?
こんな…見た目は優男のくせして。なのに、この強い気は…。
「友雅さ…んっ!だ、大丈夫!私…大丈夫ですからっ!」
詩紋に抱えられたあかねが、叫ぶような声が聞こえると、彼の手刀はシリンの喉元から離れた。
「君の命の恩人だよ、神子殿は。感謝するんだね。」
そう言って微笑む表情からは、直前まで気圧されていた殺気に似たものは、まったく見られなかった。
|
 |
|
 |