 |
 |
Trouble in Paradise!!
|
|
 |
| 第25話 (1) |
 |
 |
 |
いつもなら人通りの多い朱雀門も、朝が早いと静かなものだ。
「橘少将殿、今朝は随分と早い出仕ですね」
数人の近衛が友雅の姿を見つけると、挨拶がてら声を掛けてきた。
まだ二年目の年若い男たちであるが、育ちの割には心身共に逞しい有望株だ。
「実はちょっと、気になることがあったものでね…。屋敷に戻らずに、こちらへ来てしまったんだよ」
「ははあ…それはそれは。相変わらず、彼の姫君とは仲睦まじい限りで、本当に羨ましい限りです」
こちらが少し怪訝な顔をしているのに、彼らはニヤニヤと顔をほころばせている。
…ああ、そうか。彼女のところで一夜を過ごし、その足でやって来たと思っているわけか。
間違いではないが、残念ながらそんな魅惑的な内容は全くない。
それどころか、手枕さえも貸せなかったというのに。
「ま、私たちの事は別に良いんだけれど…ちょっと聞きたいことがあるんだが。君らは昨夜から、この辺りの夜警に携わっていたのかい?」
「はい。担当の日でしたので、昨夜から朱雀門周辺を警備しておりました。」
「その時、何か変わったことがあったりとかは?」
二人は、顔を見合わせた。
友雅の言葉を聞いて、やっとこの状況を察したようだ。
「特にそのような連絡もありませんでしたが、何か怪しい異変でも見つかったのですか?」
「うーん…それがねえ、どこまで標的になっているのか分からないので、何とも言えないんだが…」
自分が狙われているのは、屋敷の榊を取り払われていたことで自覚できた。
だが、自分ひとりを狙っているのか、それとも京全体を支配するための一環で、神子である彼女に一番近い自分を、まず狙って来たのか。
前者であれば、自分が戦えば良い事なのだが…後者の場合は広大な規模の警護が必要になる。
「とにかく、まだ詳しい事は分からないんだけれど、しばらく内裏の警備を、昼夜問わずしっかり頼むよ。少しでもおかしなことがあったら、まず私に連絡してくれるかい?」
「……大将殿には、連絡はなさらなくて良いのですか?」
「私が確認してから、そのあとで大将には伝えておくから。どんな小さなことでも良いから、異変があればすぐ呼んでくれるね?」
友雅が何度も念を押すので、二人はすんなりと承諾した。
しかし、彼がその場を立ち去ったあと、もう一度二人は顔を見合わせた。
「何かあったんだろうか…。橘少将殿にしては、いつもとは違う感じだな。」
「ああ。随分と警戒しているみたいだな…。あの方があれほど気にかけているというなら、一大事の前触れかもしれん。」
一見飄々とした雰囲気の友雅だが、その実は帝に一目置かれているだけの男だ。
見た目とは裏腹に、彼の先見の明は鋭い。
暗黙の了解で、皆彼の動向には常に着目している。
まあ、世の女性たちは、それとは違った意味で追いかけているのだろうが。
「……注意した方が良さそうだな。」
「一応、他の場所を見ている奴にも、それとなく忠告しておこう。」
彼らは頷き合うと、それぞれに別の場所へと向かって行った。
+++++
さりげなく散歩を装いながら、友雅は内裏周辺を一通り見て回ったが、これと言った変化は見られなかった。
晴明をはじめとする各陰陽師達に頼んだ結界は、どこもかしこも無事で、触れられたあともない。
まあ、結界に関しては、選ばれた者しか知らない場所に張られているので、普通の人間が悪戯を仕掛けられるはずがない。
だからこそ、それらに何か異変があった時は……普通の人間ではない何者かが、近付いているという証でもある。
「何も無いということは、取り敢えず今の所、内裏は無事ということか…」
ふう、と一息溜息を付いて、空を舞う小鳥の姿を見上げた。
主上の耳にも、内密に通しておいた方が良いだろうな。
それと…泰明殿に屋敷の結界の事を聞かなければ。
夕べは事無きを得たが、うっかり寝首をかかれたりしたら困る。
そんなことになったら、彼女の事を護れなくなるし。
誰かに頼むなんて、ごめんだ。八葉としてなら、自分の代わりは他にもいるが…もっと重要な意味で彼女を護るのは、自分しかいないのだ。
自分の存在を、それほど貴重なものだと思った事はあまりなかったけれど…………
……あんなに必死になって、私を護ろうとしてる彼女の気持ちを、蔑ろになんて出来ないしね…。
彼女にとって、自分がそれだけ大切なものであるなら、それと同じくらい、自分にとっても彼女は大切な存在だ。
どんなことよりも、何よりも…彼女だけは。
そのためなら命など惜しくないけれど、この命を求めてくれる彼女がいるから、前を向いて歩いて行ける。
「さて、と…頑張ろうか」
少しだけくすぐったい気持ちを抱えながら、友雅は陰陽寮へと向かった。
「今日は生憎と、晴明殿が執り行う神社の祭礼があるとのことで、こちらには来られないそうですよ。」
陰陽寮を訪れたとたん、友雅を待ち受けていたのは、泰明の同僚である陰陽師たちからの答えだった。
「そうなると、今日は屋敷の方に行っても、会えないという事だね?」
「おそらく。朝日峰辺りの神社と聞いていますから、すぐにお戻りになるのは無理ではないかと思いますがね」
朝日峰と言えば、上嵯峨にある山のことだ。比叡山も望めるという霊峰。
行きも帰りも、そう簡単ではない道のりだ。
「困ったな…ちょっと彼に、お願いしたいことがあったんだが」
ここには多くの陰陽師たちがいるが、泰明と比べれば力の差は歴然。
それに、泰明の背後には晴明の力もある。そう考えれば、他の陰陽師たちに頼むことは出来ない。
神子や八葉、そして鬼たちの事に関しても、あまり広く触れ舞いたくもないし。
さあ、どうしようか…。
彼らが帰るまで、もうしばらく土御門家に厄介になるか?
天真や頼久、そして藤姫などの目は厳しいものがあるが、腹心を布いた詩紋もいることだし。
常に彼女のそばにいられると思うと、それも良いかなとお気楽な考えも浮かぶ。
しかし、その間に屋敷の方に何かあっても困る。
せめて結界だけでも、補強しておかねばなるまい。
その時、陰陽寮に一人の若い男が入って来た。
「ああ友雅殿!こちらにおられましたか…」
彼は息せき切って、そこに友雅の姿があるのを見つけると、ホッとしてその場に座り込んだ。
どこかで見覚えがあるような…と考えていると、どうやら晴明の弟子の一人だと言う事が分かった。
「今朝方から、お師匠は泰明殿を連れて愛宕へ出向いているのですが、これを友雅殿にお届けになるようにと。」
そう言って彼は、一通の文を取り出して友雅に差し出した。
泰明からの文らしい。
友雅はその場でそれを開くと、中の文面はこんな内容だった。
"数日、お師匠に着いて愛宕の社へ行って来る。榊は屋敷に届けてある。家の者に補修してもらえ。"
「驚いたな…。まさか泰明殿が先に動いてくれたとは…」
その話をするために、泰明に会おうとここにやって来たのだ。
なのに、既に榊は友雅の屋敷に届けた、という。
これくらいの勘の鋭さなど、陰陽師であり晴明の一番弟子である彼にとっては、何てことないのかもしれないが…すごいものだと素直に感心する。
「有り難い。泰明殿が戻られたら、礼を言ってもらえるかな。本当に助かったと、伝えて欲しい。」
何とかこれで、屋敷の方は一旦蹴りは着いた。
もちろん、まだまだ問題解決という油断は出来ない事は、十分理解はしているが。
+++++
「そうなんだ…じゃあ私が起きる前に、もう出掛けちゃったんだ…」
詩紋から、既に友雅が土御門を発ったことを聞かされると、あかねは少し寂しそうに視線を庭へ向けた。
彼は武官なのだから、内裏や帝の身辺の変化にも、いち早くチェックを入れなくてはならない。
でも、せめて"おはよう"くらいは言いたかったな…なんて気持ちは、ちょっと暢気すぎるかなあ、と思ったりもした。
「だけど、それじゃ今日は友雅さんは、内裏に出仕してるんだよね?」
「うん。内裏の見廻りもそうだけど、主上のいる清涼殿の方の見廻りの方が、きっと大変なんじゃないかな」
一国の主の身辺だ。まずは彼の周囲の安全を保つのが先決。その分、事細かく神経を使う仕事だろう。簡単に終わるものじゃない。
……今日は、一緒に出掛けるのは無理だなあ。
内裏の方も気になるけれど、自分が顔を出したらもっと面倒をかけそうだし。
「あ…ねえ詩紋くん、今日は暇?」
「僕?うん、僕は別に何も用事はないけど…」
あかねは、もうひとつ気になった事があった。
友雅が一緒なら一番良いのだが、何もかも打ち解けた詩紋が着いて行ってくれるなら、安心していられる。
「ちょっと行きたいところがあるの。付き合ってくれる?」
ただし、詩紋一人だけで良いんだと断りを入れて、あかねは彼を誘って出掛けることにした。
|
 |
|
 |